八、晩飯
「その顔は、お腹すいてしょうがない、って顔ね」
「す、すびばぜん……」
顔面蒼白で身を震わせ、テーブルを見つめて桂枝雀みたいなことを言うブラ公を、魔女は地下室へ案内した。彼の燃料である体内の生物の血液量は、もう限界である。すぐに補給しなければ、機能が停止するレベルだ。
だが、大喜びで部屋に飛び込んだ彼は、びたっと立ち止まり、目を見開いて後ずさった。そこは地下牢で、向かいの壁に鎖でつながれた二人の囚人が、絶望しきった顔でうつむいて並び、壁際に座り込んでいた。向かって右は眼光の鋭い太った年配の男で白い口ひげをたくわえ、左はやせた若者で、蒼白い顔のまんなかに並ぶ二つのおびえた目がぎょろぎょろうごめいている。二人とも黒い横縞の囚人服で、刑務所から直行したような身なりだった。
ブラ公は離れて向かい合ったまま、彼らと同じく座り込んでしまった。が、すぐに後ろで面白そうに見ている凛に気づき、怒鳴るように言った。
「てっきり動物だと思ったのに、なんですか、これは?!」
「なにって、君の食事だよ」と、笑みのまま腕組みする。「もう君にはウサギなんかより、こっちのほうがいいでしょ?」
「だ、だって人間じゃないですか!」
「大丈夫、こいつらは研究用に町で買ってきた死刑囚で、生かしとく価値もないよ。右の爺は保険金詐欺で部下を使って何人も殺した凶悪犯だし、若いほうは女性を十人もレイプして殺した殺人鬼だから。まあ君と同じだね。あっと、性器ないからレイプは無理か」
けらけら笑う女を見て壮絶に不快になったが、殺人鬼呼ばわりは地味にショックだった。
「や、やっぱりぼくは、未来の日本で人を殺していたのですね……」
「うん、何千、何万という数の人間をね」
そういうと前のめりで腰に右手をそえ、妙に優しいまなざしになった。
「でも、それを悔やむことはないよ。素晴らしいことなんだから。少なくとも私には」
「じ、自分が作ったものが、そんな酷いことをして、うれしいんですか?」
「あったりまえじゃない!」と両腕を広げる。「未曾有の大量殺人をしたってことは、君が誰よりも無敵だってことなんだから! こんなうれしいことはないよ! ブラちゃん、君は私の誇りだ!」
ふとブラ公の頭に高見やホリスの顔が浮かび、どっと悲しくなった。目に涙があふれ、うつむいて顔を振る。
「……や、やっぱりダメです、できません。ぼ、ぼくには大切な人が何人もいるんです。そんなことをしたら、絶対にその人たちを悲しませるはず。無理です」
「ふん、そんないい子ぶっていられるかな?」
凛はそう言うと、つかつかと寄って彼の背をどんと蹴り、囚人たちの前に押し出した。四つん這いで顔をあげた目先に、男たちの朽ちた革靴と縞のズボンがあった。それに包まれた肉体の温度を感知し、彼の体内センサーが鳴った。
ピコーン、ピコーン……。
(チガ、ナイ!)(チヲ、タダチニ、ホキュウセヨ!)(ホキュウセヨ!)
「う、うわあああー!」
ブラ公は叫んで頭を抱え、飛び上がって部屋から出ようとした。が、凛はとうにおらず、鉄の扉は硬く閉まっていた。だが、彼なら難なく破壊できたはずだった。この恐ろしい悪魔の誘惑から逃れるため、扉をたたき割るくらいは造作もないはずだった。
それでも彼は、扉の前で固まった。そしてゆっくりと二人を向いた。そのくすんだ顔に、はなんの感情もなかった。右手から長いサーベルが突き出すのを見て、二人の人間は恐怖に目を見張った。その肉体に回転刃が押し込まれ、ブラ公の晩飯になるまで、一分もかからなかった。
終わると、小窓から覗く凛に、返り血にまみれた顔を向けた。その目は完全に昔の殺人マシンだったころの、無感情で冷たいガラス玉でしかないそれだったので、彼女を小躍りさせた。
(やった! あのときの、かっこいいブラちゃんが帰ってきた!)(非情、残虐、死と破壊の神、戦争の親玉の復活だ!)
だが、その顔はすぐ失望にしおれた。ブラ公の瞳はたちまち暗く悲壮な色に満ち、床に突っ伏してぼろぼろと泣き出した。元・戦争の親玉は、まっかな血の海の中でいつまでも泣き続けた。