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十一、親子水いらずで血をすする

 ブラッド一号がメグにゾッコンほれていることは、彼が城に来た晩には、もう調べがついていた。ブラッケン伯爵の娘の誕生パーティに呼ばれたときのことを、彼はうつろな目で顔を上気させ、くねくねと照れながら話すという、大変分かりやすい言動をした。メグにメロメロだとは一言も言わなかったが、そう断言したも同然だった。そして問題の晩、凛が町へ行って、彼の意中の女性を連れ去るため窓から侵入したとき、彼女は、ある人物にあてた手紙を書き終えるところだった。


「この前の晩は、わたくしの誕生会にお越しいただきまして、ありがとうございます。ぶしつけなお手紙で恐縮でございますが、このわたくしの心が、どうしてもこれを書かずにはおれませんでした。ブライトン牧師さまのお連れという以外には、お名前も知らないあなたのことが、あの夜からいっときも忘れられません。どうか、もう一度、あなたさまにお会いできませんでしょうか。わたくしメグ・ブラッケンは、あなたへの恋心で胸が押しつぶされそうなのです。どうぞ、もしもお慈悲がございますならば、いま一度、このわたくしと」


 凛に渡された手紙を読み、ブラッド一号は悲しみに沈んだ。最後が途切れているのは、背後から近づいた凛に気づいて驚いたからだ。

 二人はお互いに想いあっていた。そして永久に引き裂かれた。だが今は、その犯人への殺意は薄れている。

 今のメグは彼と同じで、人間の血が燃料である。ちなみに凛は機械化はしても胃腸が残ったせいで人間の食事をとれるが、メグはブラッド一号に内臓を大きく切り裂かれてしまったため、やむなく彼と同じ構造にされた。


 かように自分のせいで血を飲む化け物になってしまったわけだから、彼はメグをかいがいしく世話した。知能が幼児といっても肉体は普通に動けるので、目を離すと大変である。走り回るわ、いたずらはするわで、ときには叱って教育もしなくてはならなかった。そして素直に言うことをきけば、「ごほうび」として生き血を与える。誘拐した囚人の血をバケツに入れてストックしたが、足りなくなると、凛だけでなく彼自身も町に行って人さらいをした。監獄の警備が厳重になって、えり好みはできなくなったので、夜にまぎれて一般人を無差別にさらった。


 地下牢で恐怖に泣き叫ぶ犠牲者――それは若い女性や老人、子供のことすらあった――を手にかけ、噴き出す血をシャワーのように浴びてむさぼることに、メグはなんらの抵抗も恐れもなく、ただ喜び、ごくごくと飲み干した。血に味はないが、二人とも味覚がないので気にしなかった。血まみれでほほ笑むメグを見て、ブラッド一号は至上の幸福を感じ、自分も不幸な生贄たちの命を一緒になって楽しくむさぼるのだった。



 今の彼は、二十一世紀の日本にいたときの記憶を、ほぼ完全に思い出していた。無数の忌まわしい殺戮の思い出は、彼の心を深く傷つけはしたが、あくまで人間ではない機械に備わる人工知能は、その精神の崩壊を防いだ。生みの親の言う通り、自分が生来の人殺し、かつ大量殺人鬼であるという重すぎる十字架は、この城へ来る前なら、精神的にとても耐えられるものではなかったろうが、今はかなり慣れてきた。無邪気でたやすく人を信じ、緩みきった笑顔を絶やさなかった無垢で純真な彼が消え去った代わりに、真冬の森にさす闇のような暗い陰りに満ちた顔で、常に周囲に鋭い目を向けて歩く、すさんだ凶悪殺人犯がそこにいた。

 それでも、かつてのように理性を完全に失わずにいたのは、メグという、かけがえのない存在のおかげだった。彼はメグを愛した。今や彼の娘といってよかった。その二人でたわむれる姿を、凛は陰から、かなり苦い顔で見つめていた。


 それに気づいたように、廊下で彼は母に言った。

「裏庭に、木の棒を立てただけのいい加減な墓が三つありますが、以前、ここにいた方々ですか?」

「そうよ」

「どうせ博士が殺したんでしょう?」

「おや、よくわかるね」

「お母さんと同じように」

「あの婆は、死んで当然だったの」

「お父さんは、物心つく前に死んだんでしたっけ?」

「……」

 父の話はした覚えがなかったので一瞬固まったが、したかもしれないと思い直し、「ええ、そうよ」とだけ言った。



 作った当時から、こいつには家のことでも何でも話してきたから、親のことも覚えていて当然なのだが、研究室で一人になると、何かむかついた。元は話す機能がなかったから、気にせずわりと恥ずかしいこともべらべらと聞かせてしまったが、腹では最初からこんなことを思っていたのかも。まあ、これの人工知能は自分の脳を参考にしたから、私のひねきった性格なんかが似ているのは仕方がない……。

 だがとにかく、父のことに触れられるのは、何か嫌だった。さっさと元通りの、私の期待に応え続ける、私のためだけの、かわいい「殺人人形」に戻ってくれればいいのに。


 といって、頭をあけて脳をいじるのは、怖くてできなかった。元と変ってしまったのなら、またこっちのいいように改造すれば簡単だろうが、なんせ、こうなった原因がわからない。時空を飛んだときに、何かの作用を受けて性格や体質が変化したらしいから、もしも安易にいじくったら、そのまま機能が停止し、二度と起動せずそのままスクラップ、という最悪のオチになる可能性がある。

 ここへ来た当時は、自分で一から新たに殺人ロボットを作るつもりでいたが、こうして奇跡的に我が子に出会えた以上、それをみすみす失うのは、あまりにもったいなさすぎる。やはり、自然に元に戻るのを待つしかあるまい。



 そう思っていると、あいたドアの外で、廊下を這っている我が子の姿が見えた。だらしなくニヤけた顔のその背には、新参者の娘が、またがって上下に揺れている。

(まあ、きゃっきゃと楽しそうに乗ってやがること……)

 またイライラしてきたので、さっさとドアを閉め、研究に戻った。

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