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九、魔女の悪い噂

 ブラッド一号が、ブライトン教会から突如姿を消してから、今日で三日目。初日から上へ下への大騒ぎを続けているのは、もちろん年配のご婦人と若い女性の二人で、当主のブライトン牧師は困惑しながらも(厄介ごとの種が減った)と内心ほっとしており、榊は例によって、なんの反応もなく、ただ真顔キープなのは言うまでもない。


「警察はなにをしているの! あんた、もっかい署まで行って、せっついておくれよ!」

 ホールでホリスに怒鳴られて、夫は眉を寄せて、ますます困惑顔になった。

「そうは言うても、わしがつついたからって、見つかるものでもないだろう」

「きっと、あの子になにかあったんだよ!」と泣きそうになる老婆。「ブラちゃんほどやさしいいい子はいないから、だまされてさらわれたかもしれない」

「あの怪力で、それはないでしょうね」

 向かいで壁にもたれて腕組みしていた榊が、いつもどおり無感情に言った。

「まったく、あの子のお友達なのに、あんたはほんとに冷たいねえ」と嘆くホリス。

 榊は「友達じゃないんで」と言おうとしたが、ある意味そうかもしれないと思い直し、黙った。



 イイッと扉があき、高見が息を切らせて入ってきた。蒼白い顔と目の下のくまが、寝不足と疲労をうるさいくらいに物語っている。

「だめ、町まで行ったんですけど、あの子の影も形も……」

 あえぐように言うと、歩き疲れて断る余裕もなく、さっさとテーブルの椅子に腰かけて続ける。

「それで、帰りに警察に寄って……あ、ありがとうございます。(ブライトン牧師からホットミルクのカップを受け取り、一息ついてから)新情報が入ったんです!」

 急に叫ぶので、ホリスは目を丸くした。

「な、なんだい?」

「あいつら、森の奥のほうまで行ってなかったんです。私が聞くと、どいつもヘタレで、おびえた顔振って『とんでもない! 森の奥には魔女の城がある!』なんてビビりまくるばっかで。あした私らで、その城まで行きましょう」

「とんでもない!」


 顔を引きつらせて叫んだのは、こういうときにいかにも言いそうな爺さんではなく、婆さんだった。

「魔女の城へ行くだなんて、死にに行くようなもんだよ! 城だけじゃない、あのへん一帯は呪われてるんだ。ああ、ブラちゃんがそこへ入ったんなら、もう終わりだよ!」

 そしてめそめそ泣きだしたので、神父が椅子に座らせて背中をさすってやった。やりながら、高見のほうを向き、重々しく言う。

「魔女の城というのは、去年までは少々おかしい医者が住んどった城でな。たまに村や町に来て診察なんかをしとったんだが、それがぱったり来なくなった。それからじゃ、村の者が城の近くで、夜な夜な白いカラスの羽根をつけた女の姿を見かけるようになったのは」

「で、そいつがどんな悪さを?」と榊。

「森の奥で、無残に殺された動物の死骸が大量に見つかってな。家畜をやられたものもおる」

「警察は?」

「行ったさ」


 背をさするのをやめ、榊に向き直ると、ぎょろ目を脅すように、さらに大きくして続ける。

「最初は二人。バラバラになって川に浮いて戻ってきた。次は五人。森のはずれで見つかった。血を残らず抜き取られてな。ついに警察総出で山狩りに行ったが、森の奥から恐ろしい音が響いてくると言って、全員が逃げ帰った。それ以来、誰もあそこへ近寄るものはない」

「なっさけなー」とあきれる高見。「いくら中世でも、弱すぎでしょ。なんだよ、音ぐらいで」

「魔女が恐ろしいことは証明されとる。数日前も、町の刑務所から囚人が何人も盗まれたそうだ。看守が、逃げる魔女の姿をはっきり見たと言っとる」

 高見が何か言おうとしたとき、いきなり榊が後ろから腕で首締めして、強引に椅子から引っ張りだした。「ぐえー! なにすんですかー!」とあえぐ部下を引きずり、榊はきょとんとする夫婦に「二人だけで話があるので」と、奥の間に引っ込んだ。



 話が済むと、高見は榊の予想どおりにブチ切れた。

「なっ、なんっで、そんっなに、大っ事なことを、今までえええ――!」

「あんたが知ったら、よけいなことするかもしれないでしょ」

 高見は目を吊り上げ肩をいからせてしばらく震えたが、すぐ冷静になった。こいつにキレるくらい無駄なことはない。車が動かないからって、エンジンに怒鳴るのと同じくらいに不毛だ。


 ため息をつき、壁にもたれて言う。

「じゃ、ほんとにブラちゃんは動物の血を……」

「ええ。あいつ、確実に元のブラッド一号に戻ってるわ」と背を向ける。

「どこに行くんです」

「武器の用意」

 振り向いて真顔で言う。

「明日は山狩りでしょ?」

 高見は少しほっとした。

 そうだ、魔女の城とやらに行けば、きっと何かわかる。そこにあの子がいるかは分からないが、手掛かりくらいは見つかりそうだ。


 二人がホールに戻ると、夫婦はあいたドアの前に並んで背を向けていた。気づいて振り向くその向こうに、二人の警官の姿が見えた。

「ど、どうしたんです?」

 様子がおかしい二人に高見が聞くと、ブライトン神父がおびえた目をぎょろつかせ、うめくように言った。

「メグが――メグ・ブラッケンが、魔女にさらわれた」

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