64 初めての満腹、そして――
64 初めての満腹、そして――
「はぁ……食った食った……」
カインが 満足げに椅子にもたれかかる。
テーブルには 綺麗に空っぽになった皿 。
まさに 完食 である。
「おかわりあるでぇ」
ルナが にっこり笑って鍋を持ち上げた。
「……もう入りません」
フェリシアが 珍しくお腹を押さえた。
「お、珍しいな。フェリシアが満腹って」
カインが ニヤリと笑う。
「……満腹という感覚も、初めて知った」
「どんだけ過酷な生活送ってたんや!?」
イリスが 思わずツッコミを入れる。
「へー、フェリシア。今まで一度も満腹になったことはなかったのか?」
カインが 驚いて尋ねると――
「……暗殺者にとって、腹が膨れるのはデメリット」
「そっちの視点か!!?」
「……満腹になると、動きが鈍る」
「いや、わかるけど!? でも普通は食べるやろ!? 体力回復せなあかんやん!?」
「……食べ過ぎは判断力を鈍らせる」
「暗殺者の教育、ストイックすぎるだろ!!?」
「まぁまぁ、今日はゆっくり休んだらええねん」
ルナが 微笑みながら、フェリシアの頭をポンポンと撫でる。
「…………」
フェリシアは 少し目を丸くして、ルナを見た。
「……なんや?」
「……いや、何でもない」
「そかそか♪」
ルナは ニコニコしながら皿を片付け始めた。
フェリシアは ポンポンされた頭をそっと撫でる。
その表情は いつもより少し柔らかかった。
「さて……そろそろ寝るか」
カインが 大きく伸びをする。
「せやなー。今日はしっかり休もか」
ルナも あくびをしながら頷いた。
「ちょ、ちょっと待て」
突然、フェリシアが 真剣な顔で立ち上がった。
「ん? どないした?」
「……寝るとは、どういうこと?」
「えぇ……?」
「……この宿には、部屋が二つしかない」
フェリシアが 静かに指を二本立てる。
「そやで? それがどないしたん?」
「……男の部屋と、女の部屋、別々ではないの?」
「へ?」
カインは 思わず変な声を出した。
「まぁ、普通はそうなんやろうけど……」
イリスが 肩をすくめる。
「けど?」
フェリシアが じっとイリスを見つめる。
「……このパーティ、そんなん気にするやつおらん」
「ないなぁ」
「うんうん」
カインとルナが すんなり頷いた。
「普通は気にする!!?」
フェリシアの ツッコミが炸裂した。
「いや、だってよ? 旅の途中なんて、そんなこと言ってられないじゃん?」
カインが 当然のように言う。
「……私は気にする」
フェリシアが 真顔で言い放った。
「え? でも、ほら、今さらやん?」
イリスが ニヤニヤしながら言う。
「……今さら?」
「今までも何回か同じ部屋で寝てるやろ? 今さらやん」
「…………」
フェリシアが 固まった。
「……そ、それは……」
「ん? もしかして、意識しとった?」
イリスが からかうような笑みを浮かべる。
「ち、違う!」
フェリシアが 顔を赤くしてバッと立ち上がる。
「……なら、一緒でいいやん」
「ぐぬぬ……!」
フェリシアは 必死に言葉を探していたが――
「まぁまぁ、そんなに気にせんでもええねん」
ルナが ニコニコしながら肩を叩く。
「……はぁ」
フェリシアは 小さく息を吐いた。
「……わかった。ただし、カイン」
「ん?」
「……変なことをしたら、刺す」
「な、なんで俺が!? てか、怖っ!!」
カインが 慌てて飛び退いた。
「……当然」
フェリシアは じっとカインを睨みつける。
「……おやすみなさい」
そのまま スッと布団に潜り込んだ。
「お、おやすみ……」
カインは 冷や汗をかきながら布団を敷いた。
こうして――
フェリシアの「普通の生活」への適応は、まだまだ時間がかかりそうだった。




