118 死神の絶壁へ
118 死神の絶壁へ
「はぁ……はぁ……ごっつい山道やな……」
イリスが額の汗を拭いながら、ゼエゼエと息を切らしていた。
足場の悪い岩道を踏みしめるたび、小石が転がり落ちる音が響く。周囲はうっそうとした森林で、背の高い木々の間からゴツゴツとした鋭利な岩山が顔をのぞかせている。
「足場が悪いし、崖ばっかりだ……。まさに”絶壁”って感だな……」
「ほんまやなぁ……ちょっと油断したら落ちてまうで、これ」
ルナも慎重に歩を進めながら、谷底をちらりと見下ろした。遥か下に広がる霧に隠れた断崖の深さが、どれほど危険な場所かを物語っている。
「それにしても、静かだな……」
カインがぼそりと呟いた瞬間――。
「ピキーッ!!!」
鋭い鳴き声が響き渡り、空気がビリビリと震えた。
「ん? なんか聞こえなかったか?」
カインが耳を澄ますと、風を切る羽ばたきの音がどこからともなく近づいてくる。
「うわ、あれは……“ブラッドホーク”やないか!?」
ルナが空を指さすと、赤黒い羽を持つ巨大な猛禽類が群れでこちらに向かってきていた。
ブラッドホーク――魔物化した猛禽類で、獲物の血を好む習性を持つ。鋭いクチバシと爪は鋼をも砕くという。
「こ、こんなん普通の鳥ちゃうやん! 絶対魔物やんか!」
イリスが警戒するが、ブラッドホークたちはすでに戦闘態勢。鋭い目を光らせながら、カインたちの頭上へ急降下してくる。
「よし、じゃあ”聖なる調理器”の出番だ!」
カインは満面の笑みでフライパンを構えた。
「アンタ、そんなんで戦うつもりなんか!?」
イリスが目を見開くが、カインは自信満々にフライパンを軽く回した。
「このフライパン、伝説級だぞ?」
「知らんがな!」
だが、その瞬間――。
ゴッ!
「ピギィィィ!」
カインのフライパンが一直線に振り抜かれ、空中で迫るブラッドホークの頭に直撃した。まるで落ち葉のようにクルクルと回転しながら墜落し、そのまま地面に突き刺さるように倒れる。
「……マジか」
イリスがポカンとした表情で呟いた。
「ま、まだや! あと五匹おるんやで!」
ルナがそう叫んだ瞬間、カインは「ちょうどいいぜ」と笑いながら次々とフライパンを振るった。
ゴッ! ゴッ! ゴッ!
「ピギィィィ!」
「ピギュウウウウ!」
「ピピィィィィ!」
次々とブラッドホークが頭を打ち抜かれ、「ピギィィ!」という哀れな悲鳴を上げながら墜落していく。
一羽が鋭い爪を振りかざしてカインの頭上へと襲いかかるが――
ガンッ!
「ピギャッ!?」
カインはまるでホットケーキをひっくり返すかのように、絶妙なタイミングでフライパンを振り、ブラッドホークを跳ね返した。
バウンドするように弾かれたブラッドホークは、ちょうど飛び込んできた別の仲間と衝突し、そのまま二羽まとめて谷底へと消えていった。
「……」
その場にいた全員が沈黙した。
「……あ、あんたの武器、ほんまにフライパンなん?」
イリスが眉をひそめる。
「ただのフライパンじゃない。調理器だ!」
カインがドヤ顔でフライパンを掲げると、ルナとイリスは深くため息をついた。
「こ、こんなんで最強目指すつもりなん?」
「まぁ、カインなら案外いけるんちゃう?」
ルナとイリスが呆れたように言い合うなか、フェリシアは静かに呟いた。
「……そのフライパン、怖い」
その言葉に、誰もが納得せざるを得なかった。




