第44話 謎の老人、来たる!
昼下がりの酔いどれ小屋。いつもなら、のんびりグラスを磨いて、新作の酒のことを考えたり、ドラコの適当な発言にツッコんだりするだけの穏やかな時間。けど今日は、何かが違う。外の空気がやけにピリピリしてるし、遠くから人のざわめきが聞こえてくる。なんだか妙な胸騒ぎがするわね…。
扉のベルがチリンと鳴った。
店内のざわめきがふっと静まり、小柄な老人がゆっくりと店に足を踏み入れる。杖をつきながら慎重な足取りでカウンターへと向かい、その姿には妙な威厳が漂っていた。
「お主がリリィか……」
低くしわがれた声。鋭い眼光。手にした杖には複雑な紋様が彫られ、纏うローブは見たこともないほど上質なもの。そして何より――この人、どこかで見たことがある気がする。
「……誰?」
思わずそのまま聞いちゃった。
すると老人は、まるでそれを予期していたかのようにニヤリと笑い、ゆっくりとカウンターに腰を下ろした。そして杖をそっと横に置くと、じっと私を見つめた。
「お主のことは噂で聞いておる。なかなかの腕を持つ酒場の女主人だとか…試してみる価値はあるな」
「…試す?」
なんなのよ、このやけに含みのある言い方は。
老人はニヤリと口元を歪め、ゆっくりと指を一本立てた。
「一番度数の高い酒を出してもらおう。それと…まだ誰も飲んだことのない新作があれば、なお良い」
「はぁっ!?」
思わず声を上げてしまった。度数の高い酒ならともかく、誰も飲んだことがない新作って、そう簡単に言わないでよ!
カウンターの隅でのんびりしていたドラコが尻尾を揺らしながら口を挟む。
「ただのじーさんだろ、リリィ。適当な酒でも出しときゃ満足すんじゃねえの?」
「アンタは黙ってて!」
私はドラコを一蹴し、頭をフル回転。誰も飲んだことがないお酒…よし、エルフならではの素材と魔法樽を使えば、何とかなるかも!
すぐさま魔法樽を取り出し、中の試作品に特別な調整を加える。エルフの森でしか採れない「ルミナスリーフ」のエキスを隠し味に混ぜ込み、香りと色合いを引き立たせる。さらに、度数を上げつつもすっきりとした飲み口を目指して……。
「お待たせしました! 新作、その名も『蒼穹の烈風』!」
透明なグラスに注がれた液体は、ほんのり青みがかった輝きを放ち、まるで空そのものを閉じ込めたような美しさ。表面に浮かぶ微細な泡が、風の流れを思わせる。
老人はゆっくりとグラスを持ち上げ、くんくんと香りを確かめると、静かに一口含んだ。
――その瞬間。
「…っ!!!」
彼の瞳がわずかに見開かれる。
舌の上に広がるのは、冷涼なハーブの爽やかさと、ほんのり甘みを含んだ深い余韻。のどを通った瞬間、ふわりと広がる微かなスパイスの刺激が心地よく、まるで疾風が駆け抜けるような感覚が残る。
「…これは…!」
老人はグラスを置き、しばし静かに目を閉じた。そのまま数秒、味の余韻に浸るように考え込み――
やがて、満足げに微笑んだ。
「素晴らしい…これほどの酒が、この小さな仮店舗で飲めるとはな」
思わずガッツポーズしそうになる私。よし!これは合格ってことでいいわね!?
「でしょ? 誰も飲んだことがない新作ですよ!」
誇らしげに胸を張ると、老人はふと遠い目をして、ぼそりと呟いた。
「しかし、酒ギルドから営業停止の進言を受けておるゆえ、どうしたものか…熟考せねばなるまいな」
「えっ、今なんて言いました!?」
聞き捨てならないワードが飛び出して、私は思わず身を乗り出した。しかし、老人はそれ以上何も言わず、杖をついてゆっくりと店を出ていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか!?」
慌てて追いかけようとするも、老人はもう背中を向けたまま、手だけをひらひらと振るばかり。
「あのじーさん、なんだか怪しいよな」
フォルクが腕を組みながら首を傾げる。
「私も同感よ。どこかで見たことがあるような気がする……」
ジーナも腕を組んで険しい表情。
一方、ドラコは尻尾を振りながら鼻で笑う。
「ただのじーさんだろ? いちいち気にすんなよ」
……いやいや、気にするわよ!!!!
胸にざわめく不安を抑えきれないまま、私はカウンターに手をついた。
「…いや、これは…何か、とんでもないことが起こる前触れな気がするわね…」
そう呟いた瞬間、扉の向こうから聞こえてきたのは、街のざわめきがますます大きくなっていく音だった。
─
「酒ギルドが本気を出したか…」
昼下がりの光の中、静かな声が響く。
「営業停止の進言か…最初からこの手段を取るべきだったのではないか?」
一つの影が少し考えるように答える。
「いや、根回しが必要だったのだろう。酒ギルドと言えども、すぐに上申できるわけではないからな。」
「なるほど、か…結果はしばらく見守るとしよう。」
影たちは互いに静かに頷き、昼の光に溶け込むように動き出した。
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