第34話 リリィ伝説、出版決定!?
カウンターの上に並べたグラスが、月明かりに照らされて静かに煌めく。私は手際よくそれを拭きながら、今夜も平和な時間が流れていることにほっと息をついた。
――その静寂をぶち破るように、店の扉がバァン!!と開いた。
「リリィ!!君を出版させてくれぇぇぇ!!!」
「……は?」
反射的に顔を上げると、そこにはボサボサの髪を振り乱し、インクまみれの原稿を抱えた男が、目をギラギラさせて立っていた。男は息を切らしながらカウンターに駆け寄ると、満面の笑みで私を指さした。
「君だ!!! 君こそが、次の"伝説の一冊"の主人公!!!!!」
「…いやいやいや、何の話!?」
いきなり宣言された意味不明な言葉に、店内の常連たちも一瞬、手を止める。フォルクがジョッキを置き、ドラコは尻尾を揺らしながら呆れたように私を見る。
「おいおいリリィ、今度は何に巻き込まれたんだ?」
「私が聞きたいわよ!!」
男――ルーカス・フェルドは、まるで天啓を受けたかのような目で、さらにまくしたてる。
「昨日、君の店で飲んだ"千夜語りの杯"……あれがすべての始まりだった……!!」
ああ、アレね。
私が遊び心で作った魔法じみたカクテル、『千夜語りの杯』。
ベースには《星霜の語り酒》、そこに《銀月の囁き》を加え、仕上げに「知識の雫」を浮かべたもの。飲んだ者は、自分の魂が語りたがっている"物語"を幻視するという、一風変わった一杯だった。
そして、昨日それを飲んだルーカスは――
「すごい…見えた…"最高の物語"が…!!!」
「へぇ、どんな?」
「"酒と自由を愛するエルフ"…!! その名はリリィ・グラスフィル!!! 俺はこの物語を世に出さねばならない!!!!!」
「やめてぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
――ってな感じで、完全にトリップしていたのよね。
まさか翌日になっても熱が冷めてないとは……。
「さて、タイトルはどうするか…」
ルーカスは勝手にノートを開き、私の人生を勝手にまとめようとしている。
「"酒場の聖女、酔いどれの奇跡" はどうだ?」
「私、聖女じゃないわよ!!!」
「"酒と自由のエルフ、リリィ・グラスフィルの冒険"!!」
「もう冒険者は引退したの!!!!」
「"伝説のカクテルと破天荒なエルフ"!!!」
「そんなに破天荒じゃない!!!!!」
「"酔いどれ革命、酒場の反逆者"……!!」
「革命なんか起こしてない!!!!」
フォルクが酒を飲みながら爆笑する。
「おいおいリリィ、せっかくだし本の主人公になってみたらどうだ?」
「絶対イヤよ!!!!」
ドラコが尻尾を揺らしながらニヤリとする。
「お前の作る酒のレシピも載せりゃ、店の宣伝になるんじゃねぇか?」
「そういう問題じゃないの!!!!!」
ルーカスは目を輝かせて頷いた。
「そうか…!!君の酒も本に載せよう!! "リリィの究極の一杯" という章を作るぞ!!!」
「やめなさぁぁぁぁい!!!!!」
もうダメだ。このままじゃ、本当に私が一冊の本になってしまう。
私はカウンターをバン!と叩き、特別な一杯を用意することにした。
リリィ特製!『白紙の夢』。
まず、ベースとなるのは《静寂のブランデー》。樽の奥で長い年月をかけて熟成された、深くまろやかな香りが特徴の酒。口に含むと、最初は濃厚な果実の甘みが広がり、次第にスモーキーな余韻へと変化していく。
次に、思考の暴走を鎮めるために《夜霧のアブサン》をブレンド。草木の香りがすっと鼻を抜け、ほどよい刺激が脳を冷静に整えてくれる。
そして仕上げに、《夢見草の蜜》をほんの一滴。これを加えることで、飲んだ者の意識をふわりと解きほぐし、まるで白紙のように何も考えたくなくなる効果を持たせる。
「さぁ!! これが『白紙の夢』よ!!!」
グラスの中で、琥珀色の液体が静かに揺れる。光に透かすと、とろりとした質感が際立ち、まるで飲む前から脳を蕩けさせるかのような甘美な誘惑が漂う。
「おおお!!!これが…!!伝説の一杯か!!!!」
「違う!!!!!!!」
ルーカスは興奮したまま、グラスを手に取ると、一口。
――ゴクリ。
その瞬間、彼の瞳が一気にとろりとした光を帯びた。
「…っ…」
舌の上に広がる芳醇な甘み、しかしすぐに訪れるスモーキーな深み。息を吐くと、青々とした草の香りがわずかに漂い、それがどこまでも深い闇へと意識を溶かしていくような錯覚を覚える。
「…あ、れ…?」
ふらふらと揺れ、呆けた顔をしたまま、ルーカスはその場でゆっくりと――
バタン!!!!(机に突っ伏す)
「よっしゃああああ!!!!!!」
――店内、大歓声。
だが、効果は一時的なものに過ぎなかった。
案の定、翌日――
「リリィ!! 昨日のカクテル…すごかった!!! 最高だった!!! つまり、これも本に載せねば!!!!」
「まだ諦めてなかったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
私はカウンターを叩き、ルーカスを睨む。
「じゃあ条件があるわ。『白紙の夢』を執筆する時には、必ず飲むこと。どう?」
「くっ…それじゃあ毎回倒れてしまう…! くそぉぉぉぉ!!!」
ルーカスは天を仰ぎ、悔しげに拳を握りしめた。
「つまり、出版は無理ってことね?」
「ぬぅぅ……! 」
こうして、無事に"リリィ伝記本計画"は頓挫することになった。
――だが。
なんだかんだで常連になったルーカスは、相変わらずカウンターで酒を飲みながら、何やら熱心に筆を走らせている。
「なぁ、ルーカス。何を書いてるんだ?」
フォルクがジョッキを傾けながら覗き込むと――
"とある酒場の奇妙な日常"
「おい、それ結局書いてるじゃねぇか!!!!!」
「諦めろぉぉぉぉぉ!!!!!」
こうして、酔いどれ小屋には、さらに厄介な常連が一人増えたのだった。
ページを下にスクロールしていただくと、広告の下に【★★★★★】の評価ボタンがあります。もし「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、評価をいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
@chocola_carlyle




