第33話 族長、満月の夜に覚醒!?
夜風が心地よい晩、カウンターにはシトラスの香りが漂うカクテルが揺れていた。ブルームーン・ジンにほのかな甘みを加えるエルダーフラワー・リキュール、ミントの爽快な刺激が後味を引き締める。横には、ローズマリーとオリーブオイルでマリネした焼きナッツの盛り合わせ。カリッと噛めば、香ばしい香りとともに塩気が舌をくすぐる。このまま静かな夜が続けばいいのに――と、私は心から願った。
しかし、そういうときに限って。
バァァァン!!!!
店の扉が勢いよく開き、白銀の髪が月光を受けて煌めいた。
「リリィ!!! 私は…私はお前の酒が必要だ!!!」
エルフの族長、リーヴァン・エリステア。
ただし、今夜は何かが違った。
「お、おい…リリィ…こいつ、光ってるぞ…」
ドラコがナッツをつまんだまま固まり、尻尾をピタリと止めた。
私はグラスを拭きながら、特に気にする様子もなく肩をすくめる。
「ああ、はいはい。満月酔いね」
「…え? 何それ?」
「エルフってのはね、満月の夜に"月のマナ" を浴びすぎると、ハイになっちゃうやつがいるのよ」
「普通に厄介じゃねぇか!?」
「そう、それが今の彼よ」
リーヴァンは胸を張り、腕を組みながら高らかに笑う。
「ふはははは!! 力が漲る!!!!」
「ほら、厄介でしょ?」
「リリィ!!酒を寄越せ!!!月の力を抑えねば、私はこのまま"覚醒" してしまう!!!」
「はいはい、そんなのいらないから、落ち着いて」
「お前に分かるか!?この体の奥底から溢れるマナの奔流が!!!」
「分からないし、分かりたくもないわ」
リーヴァンはズカズカとカウンターに近づき、勢いよくグラスを掴んだ。
「フフフフフ……」
「な、何よ、その不穏な笑い方……?」
「この酒を飲めば……私の力は……」
――ゴクッ。
「……」
「で、どう?」
「…月がさらに美しく見える!!!!」
「ダメじゃない!!!!!!!!」
リーヴァンの瞳がさらに輝き、手元から微量のマナが漏れ始める。
「くっ…月のマナが、制御できぬ……!!」
「いや、だからなんでそんな体質してんのよ!?!?」
――ズドォォォン!!!!
店の隅にあった空の樽が、リーヴァンの漏れたマナで吹き飛んだ。
「ちょっとぉぉぉ!?!?」
ジーナが溜息をつきながら腕を組む。
「リリィ、これ、何とかしないと店が壊れるわよ」
「だから何とかしようとしてるのよぉぉぉ!!!!!」
私はカウンターをバン!と叩き、特別な一杯を用意することにした。
リリィ特製!『月の静寂カクテル』
グラスの中で、青白く透き通った液体が揺れる。まずベースとなるのは、エルダーフラワー・リキュール。甘く繊細な花の香りがふわりと広がり、まるで夜風に乗る月の光を味わっているような感覚を生む。
そこに、ブルームーン・ジンをブレンド。月夜に照らされた湖面のような美しい輝きを湛え、ほんのりとした苦みが奥行きを与える。さらに、このジンはマナの共鳴を緩やかにし、過剰な力を静かに鎮める効果を持つ。
そして、最後の仕上げにスノーミント・エキス。グラスに落とした瞬間、まるで冷たい霧が舞うようにひんやりとした香りが立ち昇る。それはまるで、満月を覆う薄い雲のように、優しく、しっとりと飲み手の心を包み込む。
仕上げにグラスの縁には、砕いた氷晶塩を散らし、氷月の煌めきを表現。ひと口含めば、まず最初に花の優雅な甘みが広がり、次第にジンの穏やかな苦みが寄り添い、最後にミントの清涼感が余韻を引き締める。すべての味がゆっくりと重なり合い、静かに、しかし確かに心の奥まで浸透していく。
「さぁ!! これを飲んで、落ち着きなさい!!!!」
リーヴァンは目を輝かせながらグラスを受け取った。その指先が微かに震えている。
「…これは…」
「いいから飲みなさい!!!!!」
――ゴクリ。
「…っ!!!」
グラスを傾けた瞬間、彼の瞳が大きく見開かれる。
「…ふむ…この味…」
「でしょ!!!!!?」
「…月が…遠く感じる…」
「つまり効果抜群ね!!!!!」
リーヴァンは深く息を吐き、肩を落とした。
「ふぅ…ようやく、落ち着いた…」
「もう満月の夜に店に来ないで!!!!」
そして――
「…いや、待て。もしかして、満月の力を抑えつつ、それを上手く利用できる"特別な酒" を作れれば……!」
「待って、その目つきは何!?」
リーヴァンはピンと背筋を伸ばし、堂々と宣言した。
「決めた!! 私は"月のマナを活かした究極の酒"を開発する!!!」
「はぁぁぁ!?!?」
「月の力を封じ込め、自在に操れる酒…!!それができれば、エルフ史に刻まれる伝説の一杯となる!!!」
「やめなさいってばぁぁぁ!!!!!」
こうして、酔いどれ小屋は新たな"酒の研究所"として半ば強制的に指定されてしまったのだった。
「…エルフの族長って、こんなに自由でいいのかしら…」
私はカウンターを拭きながら、静かに遠い月を見上げた。
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