第31話 数字に恋する数学者、現る!
バァァァァン!!!!
酔いどれ小屋の扉が、爆発でもしたみたいに勢いよく開いた。
「ひゃっ!? な、なにごと!?」
慌てて振り向くと、見たことのない男が店に飛び込んできていた。ボサボサの黒髪、ギラついた丸眼鏡の奥の瞳は異様な輝きを放ち、くしゃくしゃの白衣にはコーヒーやインクの染みが散らばっている。手にはチョークを握りしめ、まるで命より大事なものみたいに強く握っているのが気になる。
なんなの、この人…借金取りでもないし、酔っ払いでもない。でも、絶対まともじゃない。
男は荒い息のまま、カウンターまで駆け寄ってきた。
「リリィ嬢!! 私はついに気づいてしまったのだ…!!! この世界は、数学でできている!!!!」
「…知ってたわよ!!!!!」
なんなのよ、この盛大な前フリ!!
カウンター越しに即ツッコミを入れるけれど、目の前の男はまるで聞いちゃいない。
「酔いどれ小屋の配置…カウンター、テーブル、イス、その間隔!! 黄金比が潜んでいる!!」
「どこよ!!?」
「見よ!! このメニュー表の長辺と短辺の比率!! ほぼ1.618…つまり!! 酔いどれ小屋は、数学的に美しいのだ!!!!!」
この人、数学のことになると止まらないタイプだ。いや、そもそも自己紹介くらいして!?男は興奮のあまり、ポケットからチョークを取り出すと、床にガリガリと数式を書き始めた。
「見よ!! 酒場の理想的な客の回転率を求める方程式!!」
「お店の床に書くなーーー!!!!」
「そしてこれが…おつまみと酒の完璧な比率を導く公式!!」
「そんな計算しなくても、合うものは合うのよ!!!!!」
「だが、数学で導き出せば、究極の味のバランスが実現するのだ!! そして…黄金比カクテルを作るのだ!!!!」
「…は?」
急に話が飛躍したんだけど!?
「つまりだ!! 1:1.618 の割合 で材料を配合すれば、究極のバランスを持つ酒が生まれるはずなのだ!!!!」
「んなバカな…まぁ、面白そうだから試すわ」
どうせこのままじゃ収まりがつかなさそうだし、とりあえず作ってみるしかない。私はカウンターの奥から材料を取り出し、言われたとおりの比率でブレンドしてみた。
ベースはフルーティな白ラム、そこにほのかな甘みのエルダーフラワー・リキュールを黄金比の割合で加える。仕上げにレモンの皮と蜂蜜のシロップを同じ比率で調合し、スパークリングウォーターで軽やかに仕上げた。グラスに注ぐと、淡い黄金色のカクテルが美しく輝く。
「…できたわよ、『ゴールデン・エレメント』」
男は目を輝かせ、ゆっくりと口に運んだ。
「…っ!!! う、美しい!!!!」
「味の感想を言いなさいよ!!!!」
「この味わい…まさに完璧な均衡…!!!! つまりだ!!! 酒の世界も、数学で制することができるのだ!!!!」
「だから何なのよ!!!!!」
興奮しすぎた男は、手にしていたチョークを放り投げて店内を走り回る!!
「皆の者!! 素数の酒が最高の味を生む理論を試そうではないか!!!!」
「やめてぇぇぇぇぇ!!!!」
でも、時すでに遅し。
「7杯!! 11杯!! 13杯!! すべて素数で!!!!」
「ちょっと待ちなさい!!!! お酒は数じゃないの!! 心で味わうの!!!!」
「もはやこれは実験だ!! 研究費でなんとかする!!!」
「そんな研究費あるわけないでしょ!!!!」
どうやら彼は、お酒と数学の神秘を証明したいらしい。でも、理論だけで飲み続けられるほど、お酒は甘くないのよ……。
案の定、フィボは飲みすぎてカウンターに突っ伏した。
「…うぅ…この店の黄金比の心地よさに溶けてしまいそうだ…」
「もう帰りなさい!!!!」
私は大きく溜息をつきながら、ぐでんぐでんに酔った彼を見下ろす。さっきまでの勢いはどこへやら、完全に飲み疲れている。
「…リリィ嬢…」
「まだ何か言うつもり?」
「…そういえば自己紹介がまだだったな…私の名は、フィボ・カントール…数学を愛し、酒を愛し、理論と情熱の狭間で揺れる男…」
「揺れすぎて今にも倒れそうなんだけど!?」
「…それじゃあ、またこの奇跡を確かめに来るとしよう…次こそは、新たな理論を引っさげて…」
こうして、数学に人生を捧げた謎の男 フィボ・カントール は、「お酒と数学の神秘」を確かめるために、またふらりと酔いどれ小屋へ現れることになるのだった――。
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