第30話 馬車内ラブ禁止令!?
夕暮れの酔いどれ小屋。カウンターではいつもの常連たちが酒を片手に気ままに盛り上がり、ドラコはカウンターの上でまったりとナッツを転がしていた。
…穏やかで、平和な時間。
そう思っていたのに。
バァン!!!!
店の扉が勢いよく開き、何やら怒り狂った男がズカズカと入ってきた。
「おい!! もう限界だ!! こんな馬鹿げたこと、許されていいのか!?」
店内がしんと静まり、フォルクが「…なんだ?」とジョッキを置く。
私もカウンター越しにじっと男を眺めながら、ゆっくり口を開いた。
「…ええっと、何かあったのかしら?」
「何かあったも何もねぇ!! 俺は王都御用達の御者だ!! 毎日、大切なお客さんを馬車で送り届けてるってのに、最近の若いやつらはなんだ!!!」
御者はカウンターをドンッと叩き、深いため息をつく。
「最近のカップルってやつはな、馬車の中でイチャイチャしすぎなんだよ!!!」
「……は?」
一瞬、店内が妙な空気に包まれる。
「俺の馬車はな! 荷物を運ぶためのもんであって、愛を育む密室じゃねぇんだよ!!!」
「まぁ…うん…そうね…?」
「今日なんかひどかったぞ!?若い二人組を乗せたと思ったら、出発して数分で手を握る!そのうち肩を寄せる! そして俺が前を向いてると思ったら後ろで…チュッ♡とか聞こえるんだ!!俺の耳は腐った!!!」
「うわぁ……」
フォルクとジーナが同時に顔をしかめる。
「で、それを俺たちにどうしろと?」
「なんとかしろ!!」
「無茶ぶりがすぎる!!!」
御者は頭を抱えながら続ける。
「そもそも馬車ってのはな、揺れるんだよ!!イチャイチャする余裕があるなら、ちゃんと座席に座ってろ!!こちとら大事なお客さんを安全に運ぶ仕事だってのに…後ろで盛り上がられたら馬も困惑するんだよ!!」
「そりゃ馬も気が散るでしょうねぇ……」
「今日の馬なんか、突然首をブンブン振って、もう走るのがイヤになってたぞ!? 俺の愛馬にトラウマを植え付けるな!!!」
…馬も大変だなぁ…。
店内の誰もがどう反応していいのかわからず、妙な空気になったそのとき――
「ま、まあまあ…とりあえず飲みなさいよ!」
私はカウンターの奥から特製の一杯を用意した。
《御者の嘆き》
しっかりとした飲みごたえのあるブラックラムに、スモーキーなオークウッドビターを加え、どっしりとした味わいを強調。そこにほんの少しのワイルドハーブシロップを加え、ほろ苦さの中に仄かな甘みを忍ばせる。仕上げにシナモンスティックを添え、まるで御者がくわえる手綱のようなイメージに仕立てた。
「はい、これでちょっと落ち着きなさい」
御者はグラスを手に取り、一気に飲み干す。
「……っ!!! くぅ~~~~!!」
喉の奥からしみ出るような声を漏らし、しばらく目を閉じたまま沈黙。な、なんか悟りでも開いたの? と思ったら、ゆっくりと目を開けてしみじみと呟いた。
「…苦く、深く、そして最後に広がる甘さ…まるで人生そのものだ…」
えっ、そこまで!? 私の酒、人生語らせるレベルだった!?
「分かった…俺は長年、馬車の御者をやってきたが、ついに気づいた…!」
「な、何に?」
御者はゆっくりとグラスを置き、真剣な顔で語り出す。
「馬車に乗る者が恋に落ちるのは、ただの気の迷いではない!それは、馬車という閉ざされた空間が生み出す“錯覚”だったんだ!!!」
店内が一瞬静まり返る。え、錯覚? なにその新説。
「馬車は適度に狭く、揺れによるスリルが心を高揚させる。そして、車輪の音がまるで心臓の鼓動のように響き、相手との距離を錯覚させる…!!」
店のみんなが「なるほど…」と妙に納得しかけるのが怖い。
「つまり、俺が求めるべき解決策は…」
御者は勢いよくテーブルをバンッと叩き、声を張り上げた。
「馬車に、ものすごく冷めた解説役を置くことだ!!!」
「…解説役?」
「そうだ!!例えば、カップルが肩を寄せ合った瞬間に『人間というのは、急激に接触が増えると親近感を抱く習性がある』とか言ってくれる奴がいれば、ロマンチックな雰囲気が台無しになる!!!」
「なんだその対策!?!?」
「いや、でも意外と効果あるんじゃねぇか?」フォルクが腕を組んで考え込む。
「恋愛ってのは雰囲気が大事だからな。理屈を並べられたら冷めるかもしれねぇ」
「でも、そんな役をやる奴なんている?」
全員が考え込む中、カウンターの上でくつろいでいたドラコが、唐突に前足を上げた。
「俺がやるぜ」
「……は?」
御者の顔が完全に固まる。
「よく考えてみろよ。俺みたいなドラゴンが前の席に座ってて、ずっと冷静に恋愛心理学の話を語ってたら、さすがにイチャイチャなんてしてられねぇだろ?」
「…確かに、ドラゴンが『その感情は閉鎖的な馬車の空間がもたらす影響だ』とか言ってきたら、冷めるわね…」ジーナが考え込む。
「いや、ちょっと待て!!」御者が慌ててツッコむ。「それよりも問題は、馬が驚くだろ!!?!」
「そこかよ!!??」
店内は爆笑の渦に包まれた。
御者は「いや、でも真剣に考えなきゃ…」とまだ悩み続けていたが、その横でドラコがニヤリと笑い、グラスを傾ける。
「まぁ、どうしても解決したいなら、シンプルな方法があるぜ?」
「なんだ!? 教えてくれ!!」
「馬車の座席、多少乗せられる人数は減るが、前後に縦一列に並べればいいんじゃね?」
「……は?」
「こうすれば、お互いの顔も見えねぇし、距離も取られるし、そもそも横に寄る余裕すらなくなる。イチャイチャなんてしてる暇ねぇだろ?」
御者は固まったまま天井を見つめ、そして震える声で呟いた。
「…それだ!!」
「え、マジで!? そんな単純なことで解決すんの!?」
「いや、これは革命だ!!俺は今まで何をしていたんだ!!」
ガタッと立ち上がった御者は、決意に満ちた表情で拳を握りしめた。
「すぐに馬車組合に提案する!!」
「いや、そこまでしなくていいでしょ!!??」
大真面目な顔で去っていく御者を見送りながら、店内は再び笑いに包まれた。
その日から数日後、縦一列の座席になった馬車が登場したという噂が広がったが、果たしてそれが本当に効果を発揮したのかは――誰も知らない。
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