第27話 ドタバタ新人菓子職人、現る!
仕込みも終わって、さて今日はどんな素晴らしい一杯を作ろうかな~なんて気分を盛り上げてたんだけど、突然のアクションで私の心の準備なんて全部吹っ飛んだ。
バンッ!!
「ひゃっ!?」
いや、いきなりの音に私の手が止まる。酒場の扉が勢いよく開き、外の風がヒューっと入ってきた。おかげでカウンターの布がひらひらして、まるで店の中まで風の気まぐれにされちゃってるみたい。
で、その後に続いて現れたのは……。
「リリィさーーーん!!」
ん? 誰!?
その声と共に現れたのは、茶色い三つ編みが揺れて、エプロンの端がふわりと舞う、見たこともない若い女の子。リュックを肩に掛け、息を切らしながら、まさにギリギリで店に駆け込んで来た。
「…ちょっと、誰よ?」と心の中でつぶやく間もなく、次の瞬間が訪れる。
ずべしゃぁぁっっ!!
「ぎゃあああああ!!!」
あっという間に、その子、勢いよく転んだ!しかも、手から白い箱が飛んで、まるで空中を舞うスピンのようにふわっと。なんなんだこれは!?
「えぇぇぇ!?」
叫びながら飛び散ったその箱は、カウンターにきれいに着地。パカッと蓋が開き、その中身が見えた。
……ぐちゃぐちゃのイチゴショートケーキ。
おいおいおい、スポンジが崩れ、クリームがはみ出して、イチゴが無惨に転がってる。これはただの…ただの「いちごパニック」じゃないの。
「……え?」
私がポカンと見ていると、その女の子が涙目で床に倒れたまま、ぐちゃぐちゃになったケーキを見つめて言った。
「ううっ…せっかく完璧に仕上げたのに…」
いや、ちょっと待てって。
「…で、あんた誰?」と、思わず声をかける。
「ミネット・フルールです! 菓子職人です!」と、やけに力強く胸を張るその子。いや、そんな堂々としてる場合かよ。
そしてそのまま、まだぐちゃぐちゃのケーキを指さして言うんだから、もはや完全に流れが読めない。
「このイチゴショートケーキにぴったりのお酒を作ってください!!!」
は?
いやいや、ちょっと待てって、まず箱の中身どうなってるか見なさいよと。
「それは…その…」
しゅんと縮こまるミネット。でも、すぐに気を取り直して、また前のめりになった。
「でも、味は変わってません!王道中の王道、イチゴショートケーキ!これは絶対に変えられないんです!だからこそ、お酒とのペアリングで新境地を開きたいんです!!!」
うん、情熱は伝わったよ。でも、だからって今その状態で言われても…。
「…それ、ぐちゃぐちゃの状態で言われてもねぇ」
そしてカウンターでドラコが、じっとケーキを見つめてるんだよね。その目、どう見ても食べ物として認識してる顔だし。
「なあ、このケーキ、俺のつまみにしていいか?」
「ダメです!!!これは実験用なんです!!!」
とミネットがドラコの口を全力で阻止しようとしてる。
「まあ、でもぐちゃぐちゃのままじゃ試しようがないし──」
そう言いかけた瞬間、ミネットがリュックをゴソゴソ漁り始めた。
「……?」
まさか…と思ったのも束の間、彼女の手が素早く動き、リュックから次々と道具を取り出し始める。
「…パレットナイフ、ケーキリング、クリームしぼり袋……!」
目の前に並べられていくピカピカの菓子道具。しかも、ミネットの手際が尋常じゃない。これは…まさか!
「ん?」
思わず身を乗り出したのは私だけじゃなかった。フォルクもドラコも、興味津々な顔して見てる。
「これさえあれば、大丈夫です!」
ミネットが、ぐちゃぐちゃのケーキを手に取って、素早く作業に取り掛かる。まずは、崩れたスポンジを押し固めて土台を修復。ナイフをスッと滑らせると、あっという間に滑らかな表面が現れる。
次に、生クリームのしぼり袋を握ると、ほぼ一瞬で美しい層が完成。
「おお…?」
私も思わず声を漏らした。フォルクが感心したように唸る。
「最後に──」
仕上げに、転がっていたイチゴをさっと拭き取って、丁寧に飾る。
「完成です!」
ほんの数分前、ぐちゃぐちゃだったケーキが、見違えるほど完璧な姿に生まれ変わった。まるで高級菓子店で売られているかのように、エレガントな仕上がり。
「お、おぉぉぉ……!」
私も思わず声を漏らす。
「すっげぇ…マジで元通りじゃねぇか…」
フォルクが感心したように言う隣で、ドラコが「これで俺のつまみになるわけだな?」と口を開けてるけど、もちろんミネットが全力で阻止。
「ふふん♪ 私、ケーキの扱いには絶対の自信があるんです!」
いや、その自信、走るときに生かしなさいよ。
「さて、これなら試せますよね?」
ミネットが得意げにケーキを差し出してきた。その目は真剣で、まっすぐ私を見ている。
「この王道のイチゴショートケーキを、もっと新しい世界へ導くようなお酒を! そんなペアリングを作り出してほしいんです!!」
へぇ。なるほどね。
私はケーキを見つめ、そしてミネットの情熱的な目を見た。
「…いいわ。その勝負、乗った!」
カウンターに肘をつきながら、ニヤリと笑う。ミネットの真剣な眼差しはまるで戦いに挑む剣士みたいだけど、持ってるのは剣じゃなくてイチゴショートケーキ。これはこれで面白い勝負になりそうだ。
さて、王道中の王道、イチゴショートケーキ。この甘さと酸味、ふわふわの食感に合うお酒か…。
「フルーツ系のリキュールと合わせるのは安直すぎるし、ワインと組み合わせても普通すぎる…」
うーん、と考えながら樽を見渡す。定番を外しつつ、でもショートケーキの良さを引き立てるお酒…
「ねえ、リリィさん! 私のケーキには新境地が必要なんです!」
「はいはい、わかってるってば」
うるさいぐらいに情熱的なミネットに苦笑しつつ、私はある樽を指さした。
「よし、これでいくわ」
グラスに注いだのは、ミード。蜂蜜酒の一種で、ふんわりとした甘さが特徴。しかもこれは特製のスパイス入りホットミード。シナモンとクローブを加えた、ほんのりスパイシーな一杯だ。
「えっ、ホットミード?」
ミネットが目を丸くする。
「そ、イチゴの酸味にほんのりスパイスを加えた甘い酒を合わせる。口の中でふわっと広がるショートケーキのクリームと、この温かい蜂蜜酒のコクが絡み合って、新しい世界が開くわよ」
「す、すごい…!そんな考え方が!」
ミネットは感動したようにグラスを手に取り、一口。続けてケーキをひと口。そして、ゆっくりと目を閉じた。
「…っ!これ、すごい!甘さが膨らんで、なのにしつこくなくて…幸せが口の中で舞ってるみたい……!」
「ほらね?」
自信満々に微笑む私。やっぱりペアリングは面白い。
「新境地、開けた?」
「開けました!すごいです、リリィさん!!」
満面の笑みで手を握られる。近い近い。
「これから、もっとすごいペアリングを見つけていきましょう!」
「…え?」
「だってまだまだ試したい組み合わせがあるんです!!」
いや、気持ちはわかるけど、ペース配分というものを考えなさいよ。
「あっ、でも試食しすぎると太っちゃうから、また走ってきますね!」
嫌な予感がする。
「もしかして、走ってきたのって──」
「ダイエットのためです!」
満面の笑顔。
「試食してると太っちゃうんです!!!」
「そこを抑えろや!!」
全力でツッコむ私をよそに、ミネットは意気揚々とリュックを背負い直した。
「じゃ、次もよろしくお願いしますね! ではまた!!」
そして、今来たばかりの店を、また全力疾走で去っていった。
……いや、絶対また転ぶでしょ。
「さて、カウンターの…」
「あぁ?もうねぇよ。」
見ると、ドラコが一瞬の隙をついて、その小さな口でケーキを丸飲みしていた。
「ちょっとドラコ!」
「だって、うまそうだったし? というか、うまかったぜ。こんな客なら大歓迎だな!」
ミネットのドタバタはまだまだ続く…という確信だけが、今日の店に残った。
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