第9話 お酒で厄払い!
仮店舗「酔いどれ亭」の朝。私は新作おつまみの試作に没頭していた。今日の目玉は「黄金苔のディップクラッカー」。黄金に輝く苔を練り込んで焼き上げたクラッカーに、植物性素材だけで作った特製ディップを添えた一品だ。
クラッカーは焼きたての香ばしさが漂い、ディップは絹豆腐をベースに、ローズマリーとレモンオイルの爽やかさが引き立つ。塩と胡椒でアクセントを加えたペーストは滑らかで、クラッカーにたっぷり乗せると最高の相性を誇る。
「これ、絶対に売れるわね!」
クラッカーを一口頬張ると、サクサクとした軽い食感が広がり、苔のほのかな塩味がディップの爽やかな酸味と調和する。ハーブの余韻が鼻を抜け、思わず至福のため息が漏れる。これならどんなお酒にも合わせられる――そんな自信が湧き上がる。
しかしその瞬間、扉のベルがチリンと鳴り、嫌な予感が胸をよぎった。
「いらっしゃいませ!」
反射的に笑顔を作って振り返ると、目の前には見覚えのある筋骨隆々の男。
「よぉ、エルフの姉ちゃん。元気そうだな。」
酒ギルドの幹部、バレル・レッドフォードが高級そうなスーツを着込み、余裕たっぷりの態度で店内を見渡している。
「…何の用? あんたが来るってことは、ロクな話じゃないんでしょ。」
私は即座に顔をしかめる。酔いどれ亭への嫌がらせがまだ記憶に新しいのだ。
「まあまあ、そうつっかかるなよ。」
バレルは不敵な笑みを浮かべながらカウンターに腰掛け、指でグラスをコツコツと叩き始めた。
「仮店舗を開けたって聞いてな、どんなもんか見に来てやったんだよ。」
彼の声には、明らかな侮蔑が混じっている。
「見に来るだけなら結構よ。用がないなら出て行ってちょうだい。」
私はつまみの皿を引っ込めながら冷たく言い放つ。
「そう言うなって。ちょっと忠告しに来ただけだ。」
バレルはニヤリと笑うと、胸ポケットから一枚の紙を取り出して私の前に置いた。
「営業規模違反通知」――嫌な予感が現実のものとなる。
「何これ?」
私は紙を手に取り、眉をひそめる。
「簡単な話さ。酒ギルドの規約では、一定の規模と条件を満たさない店は営業が認められない。つまり、お前のこの『酔いどれ亭』はルール違反ってわけだ。」
バレルが勝ち誇った顔で説明する。
「何ですって!?」
思わず声を荒げる私に、バレルはさらに追い打ちをかける。
「正式に営業したいなら、酒ギルドに加盟することだな。それが嫌なら…まあ、閉店するしかない。」
彼の口調には悪意が滲んでいる。
「ルール違反って言うけどね、この店はちゃんとお客さんが来てくれてるわ!」
私は負けじと声を張り上げる。
「客が来るかどうかは関係ない。ギルドの許可がないなら、それは違法営業だ。」
バレルが肩をすくめる。
「じゃあ、そのギルドの許可とやらを取るのに、何をすればいいの?」
私は腕を組んで彼を睨みつけた。
「簡単だ。お前がギルドに加盟して、うちのルールに従えばいいだけだ。」
バレルは満足げに笑う。
「つまり、あんたのギルドの言いなりになれってことね。」
私は静かに吐き捨てる。
「まあ、そう取ってもらって構わないぜ。」
余裕を崩さないバレルに、私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。そして、毅然とした態度で言い放った。
「悪いけど、私は誰にも縛られたくないの。自分の作った酒とおつまみでお客さんを笑顔にする。それが私のやり方よ。」
バレルは一瞬目を細めたが、すぐに冷笑を浮かべると紙を乱暴にテーブルに叩きつけた。
「そうか。だったら覚悟しておけよ。ギルドを敵に回すってどういうことか、思い知らせてやる!」
そのまま店を出て行くバレルの背中を見送りながら、店内に静寂が戻る。
カウンターの隅からドラコが長い尻尾を揺らしながら、面倒そうに呟いた。
「リリィ、また面倒なことになったな。」
私はドラコに苦笑いを返す。
「ほんとよ。でも、なんとかするしかないでしょ。」
棚から新作の酒瓶を取り出し、グラスに注ぐと、真っ白い液体がゆらゆらと揺れ、滑らかな表面が光を受けてほのかに輝く。その透明感のある白さには、まるで柔らかな雲を閉じ込めたような神聖な雰囲気が漂っていた。
「これが新作、『厄払いのクリアミルク』よ!」
名前は今決めたばかり。厄を追い払い、心まで軽くする――そんなイメージにぴったりのお酒だ。ミルクを発酵させて生まれたこの一杯は、さっぱりとした酸味とほのかな甘みが絶妙に絡み合い、白い色合いから光属性のマナを彷彿とさせる見た目も相まって、思わず手を伸ばしたくなる。
ドラコが長い尻尾をゆっくり揺らしながら、じと目で私を見つめる。
「それ、飲んで厄が払えるんなら苦労しねえだろ。」
「いいのよ! お酒は気分が大事なの!」
勢いよくグラスを掲げ、一口飲むと、ふわりと鼻をくすぐる爽やかな香りが広がる。口いっぱいに広がるのは、クリーミーなのに軽やかな酸味と、ほんのりとした甘さ。喉を通るたびに優しい涼しさを感じ、後味にはかすかなフローラルな香りが残る。これ以上ないくらいスッキリしていて、体の内側から浄化されるような感覚だ。
「ふむ…これはいい感じじゃない!」
満足げに自画自賛しながらうなずくが、その直後――。
「うっ…ちょっと濃すぎたかも…。」
思わずクラッと頭が回り、そのままバランスを崩して床に崩れ落ちる。
「またやっちまったな、リリィ。」
ドラコがため息混じりに呟く声が、遠ざかる意識の中に響いていく。
それでも私はめげない。心の中ではすでに、次なるお酒のアイデアが湧き上がっていた――。
─
「…動き出したか。酒ギルドが。」
影の奥で、冷ややかな声が響く。
「ふ…今回は我々が手を下す必要はない。ただ眺めていればよい。」
「酒ギルドのトップが《神々の杯》に関心を示さぬはずがない…。」
黒いフードの奥で、唇がわずかに歪む。
「では、見届けるとしよう。酔いどれ小屋とやらが、魔法樽を手放さざるを得なくなるその瞬間を…な。」
暗闇の中、静かに笑いがこぼれる。影たちはすでに次なる一手を見据え、闇へと溶けていった。
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