第4話 エルフの族長がやってきた!
「今日は静かで平和ね。」
カウンターを拭きながら、ふと漏れた私の独り言。昨夜の魔法樽騒動が嘘みたいに、店内はしんと静まり返っている。
…なんて油断してると、大抵何か起きるのよね。
「おい、その『平和』発言、やめとけって。」
隅っこで尻尾を揺らしていたドラコが、呆れたように鼻先を向けてくる。
「お前がそういうこと言うと、だいたい何か起きるだろ? 毎度のことだ。」
「フラグなんて立ててないわよ! 今日は静かに新作の『ドラゴンアイスエール』でも試して――」
バタンッ!
扉が勢いよく開き、静寂を切り裂く威厳に満ちた声が響いた。
「リリィ!」
振り向くと、青と金の民族衣装を纏った男――エルフの里の族長、リーヴァン・エリステアが立っている。
「り、リーヴァン!?」
思わず声が裏返る。まさか族長が酒場に乗り込んでくるなんて!
冷たい紫の瞳が店内を一瞥し、次の瞬間、私に鋭い視線を向けてきた。
「リリィ…こんな酒場を開くとは…里の恥だ!」
…それ、挨拶?
ざわつく店内。カウンターに座っていたフォルクが苦笑いを浮かべながらグラスを揺らす。
「エルフの族長って、こんなとこまで来るもんなのか?」
「来てくれるだけありがたいじゃない!」
私は愛想笑いを浮かべつつ、リーヴァンに向き直る。
「で、今日は何を飲む? 新作の『ドラゴンアイスエール』なんてどう?」
グラスを注ぎながら、さりげなくおすすめしてみる。が――
「飲まん!」
リーヴァンのピシャリとした返答が、空気を一層ピリつかせた。
「お前には里に戻り、一族の未来を担う義務がある。こんな道化のような酒場にいるべきではない!」
その言葉に、店内の冒険者たちが小声で話し始める。
「あれが族長か…ピリピリしてるな。」
「リリィさんと全然似てないよな。何で追放しないんだ?」
やめて、その声、全部聞こえてるから!
リーヴァンは眉間にシワを寄せながら続ける。
「リリィ、お前が里に背を向け、どれだけの影響を与えているかわかっているのか!」
「もちろんよ。」
さらりと言いながら、銀青色に輝く泡が立つエールを注ぐ。
『ドラゴンアイスエール』は、柑橘系の爽やかな酸味と隠し味のミントが織りなす、まるで氷の精霊が舞い踊るかのような一杯。口に含むと冷涼感が全身に広がり、後味にはほのかな刺激が残る。そして、キラキラと輝く泡は目にも楽しく、飲む前から涼しさを感じさせる。ちなみにドラコが「そのキラキラ、俺の泡みてえだな」と言い放ったのが命名のきっかけだ。
「ほら、この『ドラゴンアイスエール』を飲んでみて。涼しさが体中に広がる最高の一杯よ!」
リーヴァンは一瞬、目を細めたが、そっぽを向いたまま言い放った。
「忘れたとは言わせんぞ!かつてお前が里の水源を勝手に酒に変え、どれほどの混乱を招いたか!」
…その話、まだ根に持ってたのね。
「ちょっとした実験だったのよ! 美味しかったんだから、結果オーライでしょ?」
胸を張る私に、リーヴァンは深々とため息をつく。
「…お前は本当に変わらんな。」
そう言いながらも、渋々グラスを手に取り、一口飲んだ。そして――
「これは…」
店内が一瞬静まり返る。リーヴァンの険しい表情が僅かに緩むのがわかった。もう一口飲むと、紫の瞳が微かに輝いた。
「…冷たさと香りの調和が見事だ。」
よし、勝った! と思ったのも束の間――
「だが――」
またか!
「次は『マナスパークエール』よ!」
私は意気揚々と別のグラスを差し出した。リーヴァンが抵抗する間もなく、どんどん酒を注ぐ。
その結果、リーヴァンの顔は徐々に赤らみ、最後にはカウンターに肘をついてぼんやりと呟き始めた。
「…長老たちはいつも提案を却下ばかり…全ては世界樹のため、か…」
フォルクが笑いを堪えきれずに言う。
「リリィ、族長さん、限界っぽいぞ。」
ふらふらと立ち上がったリーヴァンは、片手を軽く振りながら店を出ていく。
「リリィ…少しは考え直してくれ…。」
その背中には、どこか哀愁が漂っていた。
静けさが戻った店内で、フォルクが笑いながら言う。
「結局、あの族長さん、お前の酒が気に入ったんじゃねえの?」
「そうかもね。」
私は笑いながら答えたが、リーヴァンの言葉が妙に胸に引っかかっていた。
隅っこで尻尾を揺らしていたドラコがぼそりと言う。
「お前の酒場、ただの酒場じゃねえな。族長が直々に来るなんてよ。」
「さぁね。」
笑って流しながらも、私の心の奥に、彼の言葉が静かに残り続けていた――。
─
その夜、店の外には黒いフードの男が立ち、静かに呟いた。
「族長まで動いたか…面白い。」
酔いどれ亭の静かな夜に、また一つ波紋が広がろうとしていた――。
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