第29話 妹よ!どこに行った!
扉が勢いよく開き、冷たい夜風と共に現れたのは、エルフの里の族長リーヴァンだった。青と金の民族衣装が風に揺れ、紫の瞳が鋭く光る。店内がざわついていたのが嘘みたいに静まり返る。冒険者たちが「あの厳格な族長が?」と小声で囁く中、私はカウンター越しに彼を見つめた。
「リリィ、話がある。」
その一言で、嫌な予感が胸をよぎる。こんな夜遅くにわざわざ来るなんて、良い話であるはずがない。
「何よ、リーヴァン。こんな時間に急に乗り込んできて。お酒が飲みたくなったとか?」
私は努めて軽い調子で応じた。けれど、リーヴァンの険しい表情は変わらない。
「フィリアがまだ戻らない。」
その言葉で、グラスを拭いていた手が止まった。
「…フィリアが? あの子、いつもみたいに素材探しに夢中になってるだけじゃないの?」
そう軽く流そうとしたけど、リーヴァンは首を横に振る。その仕草が重々しく、ますます嫌な予感が膨らむ。
「違う。召喚魔法の痕跡が見つかった。だが、その術式が反転していた。」
その言葉に胸がざわつく。フォルクも眉をひそめて口を挟む。
「反転って、それ…召喚するどころか、フィリアが逆に召喚されたんじゃないか?」
リーヴァンは重々しく頷いた。
「その可能性が高い。どこか異世界に引きずり込まれたのかもしれない。」
その声には族長としての冷静さと、兄としての深い不安が混じっていた。
「もう、リーヴァンってば、大げさなんだから。」
私はそう言いながら大きくため息をつく。「あの子なら平気よ。ちょっとやそっとでやられるわけないわよ。」
それでも心の奥では、もしかして…と不安が頭をもたげる。でも、それを見せるわけにはいかない。私はわざと明るい声を出した。
「そうだ、こんな時こそお酒よ! ちょうど満月にインスパイアされた新作があるの。リーヴァン、あんたも一杯飲んで、心を落ち着けたら?」
カウンターに手を伸ばし、琥珀色に輝く液体をグラスに注ぐ。銀色の光が中で揺らめき、まるで満月の光そのものを閉じ込めたように幻想的だ。
「その名も、『ルナ・シルヴァ』! これを飲むと、満月の下で風に包まれる気分になれるわよ。」
私は得意げに差し出した。
リーヴァンは困惑した表情でグラスを受け取り、恐る恐る口をつける。その瞳がわずかに見開かれるのを見て、私の胸が少しだけ軽くなる。
「これは…月そのものを飲んでいるようだ…。完璧だ。」
その一言に、店内の冒険者たちが「おお」と感嘆の声を上げる。
「褒めすぎよ、族長様。あんたってそうやってすぐに気に入るから、私、調子に乗っちゃうじゃない。」
そう茶化しながらも、ちょっと得意になっている自分がいた。
「だが、フィリアの件は――」
リーヴァンが再び深刻な顔に戻りかけたので、私はすかさず声を張り上げた。
「はいはい、わかったってば! もう一回言うけど、あの子なら絶対無事よ!」
そう言いながら、カウンターの奥から魔法陣が描かれたスクロールを取り出した。
「おい、リリィ、それ…」
フォルクが驚いているのを無視して、私は床に広げた魔法陣を展開する。黒い光が淡く輝き始め、店内に独特の緊張感が走る。
「ダークエルフが得意な転移魔法だけど、私にとっては楽勝よ。」
そう言って私は、リーヴァンの方を見上げた。「ま、あんたは里に戻って大人しく待ってなさいってこと。」
リーヴァンが何か言おうとした瞬間、魔法陣が輝きを増し、彼の体が闇の光に包まれていく。
「転移完了!」
私が手を一振りすると、リーヴァンの姿はふっと消えた。
「…さすがだな、元オリハルコン級冒険者ってのは。」
フォルクが苦笑いしながら言う。
「ふふん、これくらい朝飯前よ!」
私は胸を張り、わざと得意げに笑った。だって、今は心配顔を見せる場合じゃない。
「とりあえず一杯飲んで落ち着きましょうか。」
私は新しいグラスに『ルナ・シルヴァ』を注ぐ。琥珀色の液体に揺らめく銀色の光が、満月そのもののように幻想的で、どこか心を落ち着けてくれる。
グラスを掲げながら、私は言葉に力を込めた。
「きっと無事でしょ!だって私の妹なんだから!」
その言葉に店内の冒険者たちも頷き、笑顔が戻ってくる。私だって本気でそう信じてる。だって、あの子は誰よりも強い子なんだから。
グラス越しに見える満月がやけに大きく輝いて見えた夜だった。
─
「召喚の魔法陣を逆に設計することで、異世界への扉が開くか…。」
「酔いどれ亭そのものを巨大な魔法陣で包み込めば…いや、しかし、それでは魔法樽まで飛ばされてしまうか。些か、大胆すぎる策だな」
「今回は使えぬ一手だが、いずれ活路となる可能性はある。研究を続け、本部に報告しろ」
「はっ!」
かすかな衣擦れの音がし、影がひそかに動き出す。闇の奥では、また新たな企みが蠢き始めていた。
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