第14話 美食屋は厄介だ!
宵闇が迫る酔いどれ亭。 いつもより静かな夜、珍しく客足もまばらで、酒瓶を拭く手がゆったりと動く――そんな穏やかな時間が、ドカン!! という轟音とともに粉々に砕かれた。
扉が勢いよく開き、冷たい夜風が店内に吹き込む。その瞬間、背筋に嫌な予感が駆け巡る。こういう時に限って、厄介なのが来るのよね……。
振り返ると、そこに立っていたのは大柄な男。立派な口髭に、分厚いグルメガイドを片手に持ち、まるで自分が主役だと言わんばかりの堂々たる態度で 店内へと踏み込んでくる。
「やぁ、ここが噂の『酔いどれ亭』か! 大陸一の美食家、ロウレン・ガストロがついに降臨したぞ!!」
店中に響き渡る大声。
いやいや、降臨って何よ。神か何かのつもり!?
カウンターに座るフォルクとドラコがチラッと顔を見合わせる。
その表情は、「ああ、また面倒なのが来たな…」 という、諦めと達観が入り混じったものだった。
ロウレンはカウンターの椅子にどっかり腰を下ろす。店内にいたジーナがチラリと鋭い視線を向けながら呟いた。
「また厄介そうなのが来たわね。」
「さて、何を注文するんだ?」
私は半ば面倒くさそうに聞くと、ロウレンは手を振りながら豪快に笑った。
「いやいや、注文など不要だ!出されたものをそのまま味わう。それこそが真の美食家の流儀だ!」
…いや、じゃあ帰れよって言いたいのをぐっと堪える。仕方なく、棚から『エルダーフラワーとスパイスの焼き実』を取り出し、カウンターに出した。香ばしく焼き上げたナッツに、エルダーフラワーの甘みと特製スパイスをまぶした自信作だ。
ロウレンは一粒口に入れると、突然大きなリアクションを取ってグルメガイドを開き始めた。そして何かを書き込みながら顔を上げ、こう言い放つ。
「香りは良い。しかし、甘みに対して酸味がやや足りないな。それにスパイスの後味が少々弱い。」
「は?」
私の顔が引きつる。ジーナが冷たい視線を向けながら口を開く。
「この店の味にケチをつけるなら、他の店に行ったらどう?」
一瞬たじろぐかと思いきや、ロウレンは得意げに笑った。
「いやいや、これはケチではない!味の分析だ!」
「分析?ただの嫌味じゃないの?」
フォルクが肩をすくめながら言う。ドラコは尻尾を揺らしながら「あーあ、始まったよ」と小声で呟いた。
そのやり取りを聞きながら、ふと棚の奥にある瓶に目をやった。「あっ、隠し味忘れてた!」私は慌ててドライベリーパウダーを取り出し、ナッツにふりかけてもう一度差し出した。
ロウレンは慎重に一粒口に入れる。そして――。
「なんだこれは! この甘みと酸味の調和、まるで交響曲のようだ!!」
感動のあまり、ロウレンは勢いよく立ち上がり、胸を張って腕を振り上げた。
その瞬間――バサァッ!!彼の袖が隣のテーブルのランプに引っかかり、それがフォルクのビールジョッキを直撃。勢いよく弾かれたジョッキは回転しながら宙を舞い――ドボォン!!
ジーナの膝の上に、豪快に着地した。
「ぎゃあああああああ!! 冷たいっ!!!」
びしょ濡れになったジーナが慌てて立ち上がった弾みで、テーブルに肘をぶつける。ガシャン! ナッツの皿が飛び跳ね、ナッツは天井へと舞い上がる。
「うおっ!? くそっ、どこ行った!?」
ドラコがナッツを目で追いながら立ち上がった瞬間――カツン!ちょうど頭の上を飛んでいたナッツが、彼の角に絶妙な角度でぶつかる。まるで弾かれたボールのように飛び、カウンターの棚に一直線。
カタカタカタ……ゴトン―― バリン!!!そこにあったワインボトルが耐えきれずに棚から滑り落ち、床に派手な音を立てて砕け散った。
「ちょっと!! 何やってんのよ!!?」
リリィが叫ぶが、ロウレンはどこ吹く風。
「いやはや、これは壮大なハプニングだった! しかし、この店にはただの食事以上の劇場がある!!」
フォルクは呆れた顔でビショビショのジーナを見て、肩をすくめる。
「お前、グルメガイドじゃなくて劇評でも書いたらどうだ?」
「いやいや、それは違う! 美食とは、まさに劇的な体験なのだ!!」
ロウレンは愉快そうに大笑いし、散らばったナッツの中から一粒を拾って口に放り込む。
「…うむ、このナッツの香ばしさは絶品! この瞬間をグルメガイドに記録しよう!!」
そう言い残し、満足げに去っていった。
――店内には、割れたグラス、ナッツの散乱、びしょ濡れのジーナ、そして呆れ果てた私たち。
私は深いため息をつきながら呟いた。
「ほんと、二度と来ないでほしいわ。」
ジーナは濡れた服を絞りながら、静かに同意する。
「こんなに後始末が面倒な客、他にいないわよ…。」
フォルクが片付けながら苦笑する。
「いや、また来るだろうな。次は何かもっと変な食べ物を求めて。」
こうして、一騒動は幕を閉じた…はずだった。だが数日後、さらに分厚いグルメガイドを抱えたロウレンが、誇らしげに店の扉を開ける。
「リリィよ!! 新たな美食の探求に来たぞ!!!」
お願いだから、今度こそ静かにしてよ…
─
魔法樽を狙う一派の影は、店の様子をじっと観察していた。「面倒なことになった…。グルメガイドに載ったとなれば、客足は確実に増える。その中に魔法樽の存在に気づく者が現れるのも時間の問題だ…。早急に手を打たねばならん…」
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