第12話 高貴な猫には困りもの!
昼下がりの酔いどれ亭は、のんびりとした時間が流れていた。カウンターでは新作のおつまみを試作中。今日は特別な「花のタルト」を作っているところだった。サクサクのタルト生地の上に、薄くスライスした「ミッドナイトフラワー」という青く光る花びらを敷き詰めた一品だ。口に含めば、花の爽やかな香りとほんのりした甘みが広がる、まさに自然の恵みそのもの。
「これで完成っと…」
満足げにタルトを眺めていると、扉がバタンと開いた。その音に思わず顔を上げると、そこには銀色の毛並みを揺らす巨大な猫――ダイアナ・シルヴェールの姿があった。
「リリィ、今日は私のための特別席を用意してあるわよね?」
いつもの上品ぶった口調と共に、彼女はカウンターに優雅に飛び乗る。その動作の滑らかさは美しいが、正直、これから面倒になる予感しかしない。
「はいはい、ダイアナさん。今日も自由にやってくるのね。」
私が呆れ気味に言うと、ダイアナはチラリとタルトに目をやった。
「これは何かしら?ずいぶんと美しいわね。まるで星空を閉じ込めたような一皿。」
「新作の『ミッドナイトタルト』よ。まだ試作中だけどね。」
「ふむ。それなら当然、私が最初に味見をするべきだわ。」
ダイアナは当然のように前足を伸ばし、タルトに触れようとする。
「ちょっと待って!まだ仕上げ中なんだから!」
私は慌ててタルトを引っ込めるが、ダイアナは優雅に微笑みながら言い返した。
「リリィ、この私が味見をすることで、このタルトは真の完成品になるのよ。早く差し出してくださらない?」
またその理屈か。私は頭を抱えつつ、試作の一切れを仕方なく彼女に渡した。
ダイアナは一口かじり、目を細めて満足そうに喉を鳴らした。
「悪くないわね。この花びらの風味は素晴らしいわ。けれど、少しアクセントが足りない気がするわね。例えば…そう、『ルナリーフ』を散らせば、もっと洗練されるのではなくて?」
ルナリーフ――月光を浴びて育つ希少なハーブ。その言葉に、私は思わず唸った。確かに合いそうではある。でも――。
「いやいや、そんな簡単に手に入るものじゃないのよ。」
「大丈夫よ、棚の上にあったわ。」
「えっ?」
ダイアナの言葉にギョッとして振り向くと、彼女はカウンターを軽やかに跳び降り、棚に向かって悠々と歩き出した。
「ちょっと!それは今度の特別な予約客用の材料だから!」
私は慌てて追いかけたが、ダイアナは先に棚に飛び乗り、足でルナリーフの瓶を引き寄せている。
「ふむ、これを使えばあなたのタルトはもっと高貴になるわ。」
「高貴にならなくていいから!お願い、やめて!」
私が叫ぶ間もなく、彼女が瓶を軽く転がしたせいで、瓶のフタが外れ、中のルナリーフがカウンターに散らばった。
「わっ、やめてってば!」
私は急いで拾い集めるが、その間にダイアナは空いたスペースを見つけて堂々と横たわり、満足げにグルーミングを始める。
「もう…何やってるのよ!」
「リリィ、落ち着いて。私はただ、この店をより良くしようとしているだけよ。」
その理屈が一番困るんだけど!
店内のドタバタを見ていたフォルクが肩をすくめながら言う。
「リリィ、あいつ、ほんとに店をより良くしてるか?」
「してないわよ!むしろ混乱を生んでる!」
私は怒り混じりに言い返すが、ダイアナは優雅に尻尾を揺らしながらこう締めくくった。
「でも、リリィ。このタルト、星空のように美しいと言ったのは私よ。それだけで、このタルトは永遠に記憶に残るものになるわ。」
その言葉に、私もフォルクも、何も言い返せなかった。いや、言い返せなかったというより、呆れすぎて言葉が出なかっただけだ。
こうして『ミッドナイトタルト』は、ルナリーフをあしらった特別仕様になり、後日お客に振る舞われ大好評となったものの、私は次回からダイアナが棚に登らないよう厳戒態勢を敷くことを心に誓った。
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