第1話 酔いどれ亭、開店!
グラスに注ぎ込まれる琥珀色のエール。その泡がぷくぷくと弾ける音を聞きながら、私は満足げに笑みを浮かべた。
「さぁ、見てよ、この完璧な一杯! 私が目指した夢そのものじゃない!」
好きなお酒を、好きなだけ飲める場所――それが私の夢だったのよ。
ただ飲むだけじゃつまらない。最高のお酒を作って、仲間と一緒に飲む。そうすれば、もっと楽しくなるし、美味しくなる。お酒ってそういうものよね。それに、こうして酒場を開けば、私が飲みすぎて潰れても、誰かが面倒を見てくれるし――ね、これ以上の楽園ってある?
その夢が、ついに叶ったわけ!
ここ、『酔いどれ亭』!
冒険者時代の蓄え? ええ、全部使ったわ。後悔? そんなのするわけないじゃない!
「さてと…」
開店準備を終えた私は、一度鏡の前に立つ。
うん、この髪、今日もいい感じ!
陽光を浴びるたびにきらめく柔らかな金色の髪が、肩をほんの少し超えるくらいに揺れてる。そして、この明るいエメラルドグリーンの瞳――エルフとしてはちょっと派手すぎるけど、これが私の誇りなの!
「そして…このエプロン!」
冒険の戦利品を特注で仕立ててもらったワインレッドのエプロンをキュッと締め、鏡に向かってポーズを取る。白いブラウスとの相性も抜群ね。
「ふふっ、バッチリ似合ってるじゃない! さあ、いよいよ開店よ!」
店内には、冒険で拾い集めた珍しい酒瓶や素材を飾った棚、魔法樽が鎮座するカウンター、温かみのある木のテーブルと椅子――すべてが私のこだわりよ。
カウンターの隅で、看板ドラゴンのドラコがのんびりと座っている。猫くらいのサイズで、深い青い鱗が陽の光を受けて虹色に輝いている。その金色の瞳がじっと私を見つめ、長い尻尾をゆっくりと揺らしている。
「ドラコ、今日は泡を吹きすぎないでよ? 初日なんだから。」
「わかってるよ。俺だって初日は特別だって思ってるんだ。」
ドラコはしっぽを揺らしながら、不満げに呟く。
「それならいいけど…って、ちょっと、つまみに目を向けない!」
私は棚に置いてあった燻製ナッツの皿を彼の視線から守るように手で覆った。
「おい、リリィ。初日だからこそだろ? 少しくらいくれてもいいじゃないか。」
「ダメに決まってるでしょ! 初日はちゃんとお客さんに出すのが先!」
ドラコはふてくされたように長い息を吐き、丸くなる。
――扉のベルがチリンと鳴った。その音が、私の緊張を一気に引き締めた。
冒険者風の青年たちが陽気な声を上げながら店内に入ってくる。
「ようこそ! 『酔いどれ亭』へ!」
私は笑顔を作りながら、声を張り上げた。
「ここが噂の新しい店か?」「エルフが店主なんて珍しいな!」
冒険者たちは目を輝かせながら店内を見渡している。
「今日のおすすめは『マナスパークエール』よ! 泡が弾けるたびに味が変わる魔法酒。試してみない?」
私の言葉に、彼らは興味津々でグラスを眺めたが、その視線がふとカウンターの隅に移る。
青年たちは興味津々でグラスに目を向けたが、その視線がふとカウンターの隅に移る。
「おい、あれ…ドラゴンか? 猫みたいにちっこいな。」
「翼も小さくて可愛らしいけど、こんなにおとなしいドラゴンは初めて見たぞ!」
「おとなしいって?」
ドラコがじっと冒険者たちを見返し、声を上げる。
「おい、俺を見た目で判断するなよ。おとなしいドラゴンなんて、安易なラベルを貼るな。」
「うおっ! 喋った!」「こいつ、すげえな!」
冒険者たちは目を見開いて驚きの声を上げる。
「そうでしょ? うちの看板ドラゴンよ!」
私はここぞとばかりに胸を張り、誇らしげに言ってみせる。だけど――。
「看板ドラゴン? そんなこと聞いてないんだけど。」
ドラコが首をかしげて、じと目で私を見上げる。
「今日からそうなの!」
私は即答して、話を流そうとする。初日なんだから印象が大事なのよ!
「ようし、いよいよ本番だな! まずはエール四つ頼むぜ!」
記念すべき初注文!私は張り切ってグラスを手に取った……が、勢い余ってそのうちの一つを床に落としてしまう。
カランッ!
「あっ!」
床に転がるグラスを見て、思わず固まる私。初日からこれってどうなのよ。でも、冒険者たちは気にした様子もなく、楽しげに笑っている。
「まあまあ、慌てるなよ、エルフの店主さん!」
「冒険者だって初めての任務はドタバタするもんだ!」
その軽いフォローに少しホッとしつつ、私は新しいグラスを取り出してエールを注ぎ直す。琥珀色の液体がグラスに満ち、ぷくぷくと泡が弾ける音が心地よく響く。
泡が弾けるたびに、ほんのり甘い麦芽の香りが漂い、鼻腔をくすぐる。その後に追いかけてくるスパイシーな香りが、飲む前から期待を膨らませる。
「これ、うまいな!」「魔法酒って、こういう味なのか!」
青年たちはグラスを傾け、驚きとともに顔を見合わせる。
「最初は甘いのに、後からスパイスの刺激が追いかけてくる…こんなの初めてだ!」
「喉を通った瞬間、体がじんわり温かくなるな。この一杯で疲れが吹っ飛ぶ感じ!」
私は彼らの反応に満足しつつ、次の準備に取りかかる。
「リリィ! つまみがまだ来てないぞ!」
ドラコの声にハッとする。急いで厨房へ駆け込み、準備しておいた燻製ナッツを皿に盛り付ける。
魔法燻製を施した「エルムナッツ」は、金色に輝く表面が美しく、香ばしい香りが漂う。鼻をくすぐるスモーキーな香りと、ほんのり甘いキャラメルのような香りが絶妙だ。これがエールに最高に合うのよ。
しかし――バサッ!
「ああっ!」
ナッツが盛大に床に散乱する。
「リリィ、これはひどいな。」
ドラコがすかさず滑り込んできた。
「俺が拾ってやる! 食べ物を無駄にするのはドラゴンとして許せない!」
「いや、それ床に落ちたやつだから! お客さんのじゃないって!」
ドラコはそんなことお構いなしに、器用にナッツを拾い上げて、一つ口に放り込む。
「うん、香ばしいな。燻製具合が絶妙だな。さすがリリィ!」
「だから! お客さん用なんだってば!」
冒険者たちはそのやり取りに笑い声を上げ、店内はさらに賑やかさを増していく。
冒険者たちがナッツを口に運ぶと、目を見開いて感嘆の声を上げる。
「このナッツ、なんだこれ! 燻製の香りがすごいな!」
「エールとの相性がバッチリだ!」
こうして、『酔いどれ亭』の初日は、ドタバタと笑い声に包まれながら幕を開けた。でも、これで終わりなわけがない。だって、今日は始まりの日。これからどんなことが起こるのかなんて、私にもわからない。でも、まぁいっか! 笑って飲んで楽しめば、それで最高よ!
グラスを片手に微笑みながら、私は次のお客さんを迎える準備を始めた。
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