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恋人の教えその④ たまの休日は家で好きに過ごしたいと思うもの


夕方「また明日ね」と二人と別れて、軽い足取りでアパートに帰ると、部屋の前にチェスターが立っていた。


「チェスター?来てくれたの?」


いつもミリアがチェスターの部屋に行く一方で、チェスターがミリアの部屋に訪ねて来るなんて、いつぶりか思い出せないくらいだった。

チェスターとはずいぶん会っていなかったけど、彼を忘れていたわけではない。

嬉しくなって駆け寄ると、チェスターはミリアの格好と手荷物を見て眉をひそめた。


「買い物に行ってたのか?」

「あ、うん。友達とね。会社で仲良くなった子がいるの。流行りのカフェに行ってきたんだけど、すごく美味しかったよ。今度一緒に―」

「いいよ。流行りの店なんて興味ないし」






ミリアの嬉しそうに話す言葉を、チェスターは遮った。

嬉しそうなミリアが腹立たしかったからだ。


チェスターとミリアはあの日以来一度も会っていない。

なんの連絡もなくミリアが部屋に来なくなって、すでに2週間が経っている。


2週間も会わないなんて初めての事で、『さすがに言いすぎたか』と気にしていたのは自分だけで、ミリアは楽しい一日を過ごしていたらしい。


舌打ちをしたい気分だった。



チェスターはあの日ミリアに、「もしかして誰かと一緒だった?」と聞かれて、激しく動揺した。

確かにチェスターは浮気相手のティナと会っていたからだ。


ここ数ヶ月の「残業だ」「友達と会ってくる」というミリアへの言葉は、ティナと会う時の言い訳だった。


6年もの付き合いになるミリアの行動や考え方は全て知っている。

ミリアから浮気を疑われるような言葉を聞くとは思ってなくて、上手い言い訳を用意出来ずに咄嗟に怒って誤魔化してしまった。


確かにチェスターはティナと浮気をしているが、彼女はあくまでも遊びだ。

ミリアほど自分に尽くしてくれる者はいないと分かっているし、結婚するならミリアしかいないと思っている。


だけど「このまま女遊びひとつしないでミリアと結婚する」と考えたら、自分の人生がとてもつまらないものに思えた。

最終的にはミリアを選ぶことは決めているが、それは今ではない。後悔しないように遊んでおきたいと考えた時に、仲良くなったのがティナだった。


ティナは、いつも高級な服を着て豪華なお弁当を持参するチェスターを、お金持ちの子息だと誤解している。

全てミリアの援助があって成り立つ今の生活に、ブランド好きなティナが真実を知った後でも、自分に好意を向ける事はないだろう。

それにティナはお金がかかる。元々長く付き合う相手ではない。


そこを含めての遊びだと、期間限定の今を楽しんでいた。



あの日ミリアが帰った後も、「どうせ怒ったところで明日もミリアは来るだろう」と思っていたが、その日を境にミリアはチェスターの家に来ることはなくなった。


前回の休みも一日家で待ってみたが、ミリアの訪問はなかった。

「もう弁当は届けなくてもいい」と言ったのは自分だが、本当に届けなくなるとは思わなかった。

すぐに「外食続きだと身体を壊すから」と自分を心配して、届けに来てくれると思っていたのだ。


『さすがに怒らせたかも』と思ったが、自分達は6年という長い付き合いだ。たかだか1週間会わなかっただけで変わるわけがないとやり過ごしていた。


「今日こそは来るだろう」と思っていた休日の今日、チェスターは時折り時計を気にしながらミリアを待っていた。

お昼を大きく回った時やっと、『もしかしてこのまま会いに来ないつもりなんじゃ……?謝らなくては』と不安に襲われてミリアの部屋を訪れたが、留守だと分かり焦りが増した。


普段ミリアの部屋を訪ねる事がないチェスターは、ミリアの部屋の鍵を持っていない。

部屋の前でこの前の言い訳を考えながらミリアを待って、そして出会った彼女は――前と変わらず自分を見ると嬉しそうに笑い、何も怒っている様子は見えなかった。



『前に迷惑だと怒った事を真に受けただけだったか』とホッとすると、今度は怒りが湧いてきた。


ずっと自分だけが不安な気持ちでいた事が許せなかった。

いつだってミリアとの恋愛は、チェスターの方が上のはずだ。


いつもだったら『勝手な事をしてごめんなさいって、すぐに謝ってきたくせに』と、謝ろうともしないミリアが腹立たしかった。





「今日買ったお菓子があるの。チェスター、部屋に寄っていく?」


反省する様子もなく、屈託なく笑うミリアに怒りが増して、チェスターは冷めた目をミリアに向けた。


「ちょっと確認したい事があって来ただけだから、すぐ帰るよ。実はさ、ずっと社員食堂でお昼を食べてたら、料理が得意な会社の女の子が「これから毎日お弁当を作ってあげる」って言ってくれたんだ。これからは彼女に作ってもらってもいいかな?」


ミリアを焦らせて「明日からまたお弁当届けるわね」と言わせる事にした。

チェスターはミリアの事をよく知っている。

お弁当を作る機会をやれば、また夕食を作りに来るだろうと考えた。


放った言葉にミリアは傷ついたような顔になり、チェスターの溜飲が下がる。

「もしミリアが届けてくれるなら、ミリアのお弁当を食べることにするよ」と話そうとして――先にミリアに話された。


「そう……。チェスターが褒めるくらい料理が得意な子が作ってくれるお弁当は、きっと私のお弁当より美味しいよね。分かったわ」


悲しそうではあるが、チェスターの言葉に頷いた。



思い通りにならない展開に苛々して、チェスターはさらに冷たい言葉をかけてしまう。


「そう。ミリアがそう言ってくれて良かったよ。あ、そうだ。最近残業続きで疲れてるんだ。たまの休日は家で好きに過ごしたいし、しばらく休日はうちに来ないでくれないか?」


そこで「ご飯を作って片付けだけでもしに行くわ」と話すなら許してやるつもりだったが、今度のチェスターの言葉には、ミリアは少し考える様子を見せた後に頷いた。


「そうよね。休みの日くらい一人でゆっくりしたい気持ちは分かるような気がするわ。私も最近は残業で遅いから、来週はゆっくりしようかしら?

せっかく来てくれたけど、今日はチェスターも早く帰って、今からでも家でゆっくりした方がいいわよね」


納得したように言葉を返されて、チェスターは何も言わずにミリアに背を向けて苛々と歩き出した。






チェスターの背中を、ミリアはぼんやりと眺めていた。


チェスターにお弁当を作る約束をした子は、おそらく以前チェスターと親しげに歩いていた女の子だろう。

可愛いあの女の子のお弁当を、チェスターは楽しみにしているようだ。


以前は買い物といえば食材を買うくらいだったから良いものを買えたけど、これからはそこまで食材だけにお金をかけられない。服も欲しいし、友達付き合いもしたい。


お金を惜しまない食材のお弁当でも文句が多かったのに、前より質素なおかずになったら、チェスターの口に合わないどころか怒りを買うだけだろう。

「あの女の子の料理の方が美味しい」なんて言葉を聞くのも辛すぎる。


もうミリアはチェスターに、以前のように気軽にお弁当や料理を作る自信がなくなっていた。






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同じ感想あった。 だよね~。
いやぁ、もう素直に別れたら?
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