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恋人の教えその③ 友達の付き合いは恋人より優先するべし


ミリアは薬草加工課へ異動となった。


ミリアが受け持つ加工業務は、他の者のように力仕事ではなく料理に通じるものが多いので、趣味を兼ねた作業になる業務はとても楽しいものだ。


マメ科の薬草から豆を取り出す作業も、様々な薬草を刻む作業も、無心になっているうちにあっという間に時間は過ぎていた。

「助かったよ」と感謝の言葉を聞く時は、言葉に出来ないくらいの喜びがあった。


残業を厭わなくなったミリアに、女性陣達の態度も柔らかくなって、会社での居心地もよくなっている。

以前は挨拶程度の会話しかなかったみんなと、お昼を一緒に食べながら気軽におしゃべりするようになった事も大きな変化だった。


チェスターだけを見ていた時は、みんなとは距離を感じていても「結婚するまでの付き合いだし」と割り切っていられた。

だけどこうして仲良くおしゃべりするようになると、一人でいた以前の自分が信じられないくらいだった。


そして仲良くなると、相手の生活の都合も見えてくる。


「今日は子供が熱を出して寝てるから、早く帰れるといいけど。おばあちゃんが見てくれてるっていっても、続くと頼みにくいのよね」


「今日は姉と約束しているの。今日こそ早く仕事を終わらせて待たせないようにしたいわ」


おしゃべりしながらみんなの会話を聞いていると、みんなにはみんなの事情がある事に、今更ながらに気がついた。

仲良くなった者の事情が分かれば、協力したくなる。

定時までにミリアの仕事が終わっても、「出来る事があればお手伝いします」と周りに気遣いを見せる事が出来るようになった。






遅くまでの残業に付き合う事で、ミリアが知った事がある。


それは遅くまでの残業があった日は、ダン所長がその後ご飯に連れて行ってくれる時があるという事だ。


「今日は遅くまで悪かったな。お腹が空いただろう」と、会社近くの食事処でみんなにご馳走をしてくれる。


チェスターは外食に誘ってくれる事がないので、今までミリアは自分の料理しか食べていなかったが、こうして仕事の後にみんなと食べるご飯は特別美味しく感じられた。


チェスターが「外のご飯の方が美味しい」と言っていた言葉は確かに本当だった。

『今度チェスターの家に行く時は、出来合いのものを買っていこうかしら?』とミリアは考えた。




そして残業をキッカケに知った事はもう一つある。


それはダン所長の住むマンションと、ミリアの住むアパートはすぐ近くだという事だった。


残業後にダン所長に食事をご馳走になって、帰り道がいつまでも同じだった。

『夜遅いから送ってくれているのかしら?』と思い、ダン所長に「あの、私大丈夫ですから」と声をかけたら、「僕の家も同じ方向だ。決してミリアくんを尾けてるわけじゃないぞ」と返された。


「あ、いえ。送ってくれているのかと思ってしまいました」

「暗いからいくらでも送るのは構わんが、こんな厳つい僕に送ってもらう方が怖いだろう?」


ミリアが自意識過剰な自分に恥ずかしくなって俯くと、ダン所長が笑って言葉を返す。


「所長を怖く思う人はいませんよ」

「それは褒め言葉なのか?」


暗い夜道を笑いながら帰っていると、ダン所長の住むマンションの裏がミリアのアパートだった。


何年も会社に通っているけど、同じ会社の者が目の前のマンションに住んでいるという事に気が付かなかった。

それはミリアがいつも、チェスターの家を回って会社を往復していたからだろう。チェスターの家に寄ろうと思ったら、アパートを出てすぐの道を反対方向に向かう必要があったからだ。


ダン所長と別れて部屋に戻ると、『チェスターの言葉を参考にしてから、色んな発見があるわね』と、おかしくなってふふふと笑った。







今日は仕事の休憩時間に、ミリアはステラから休日の誘いを受けた。


「今度の休みの日に、この前聞いたカフェに行こうってリサと話してるんだけど。ミリアさんも一緒に行かない?」


ステラの言うカフェとは、最近恋人が出来たばかりの子が教えてくれたお店の事だ。可愛いスイーツが充実したお店らしい。

営業課のリサはステラの親友で、ステラと仲良くなったミリアもリサとはよくおしゃべりする仲になっている。


休日の誘いにミリアが驚いた顔になると、ステラは焦ったように言葉を付け足した。


「もちろん都合が悪かったら遠慮なく断ってね。最近残業ばかりだし、恋人さんと行きたい店だよね」

「いえ!ステラさんと行きたいわ!誘ってくれてありがとう。……すごく嬉しくて」


急いでミリアは返事を返した。

友達の誘いなんて学生の時以来でびっくりして一瞬固まってしまったが、本当に嬉しかったのだ。




前回の休みは古びた服の片付けと、新しい服の買い物で忙しくて、チェスターの家には行けなかった。

今度の休みは久しぶりに行ってみようと思っていたが、ミリアは友達とのお出かけ予定を迷いなく選んだ。



最近のチェスターは、休みの日にミリアがチェスターの家で家事をしていても、「少し友達と会ってくる。仕事先の友達付き合いは大事だろう?」と出て行ったまま、なかなか帰ってこない事もある。


それは恋人よりも友達を優先すべきだという考えだからだろう。


『私も友達を優先しよう。……いえ、優先したい。休みの日も、ステラとリサとカフェでおしゃべり出来るなんて!』


ミリアは次の休日が今から待ち切れないくらいだった。

『何を着て行こうかしら?』と、浮き浮きと悩む時間も新鮮だった。





会社以外で会う友達とのお出かけは、本当に楽しかった。


教えてもらったカフェは、聞いた通りにスイーツが充実していて、ゆっくりおしゃべりを楽しむ事が出来た。


「ミリアさん最近綺麗になったよね。恋人さんと上手くいってるの?」

恋バナ話題になった時に二人に聞かれて、思わず事情を話してしまったが、「ミリアさんにはもっと良い人がいるわよ!」と自分のために怒ってくれた事が嬉しかった。


自分の中だけで抱えていた思いを話した事で、心も軽くなれた。

『友達に話を聞いてもらえるって、こんなにも心が救われる事なんだ』とミリアは気がついた。



カフェを出た後もそこで別れるのが惜しくて、そのまま三人でブラブラとショッピングもした。

安くて可愛い服屋さんを教えてもらったり、素敵な雑貨屋さんを案内してもらったり、ミリアが知らなかった店もたくさん教えてくれた。


服屋さんで「ミリアさんに似合いそうな色」と二人が見立ててくれた服は、普段ミリアが選ばないような色合いだったが、試着してみると確かにミリアに似合っていた。

新しい色への挑戦と、選んでくれた嬉しさで即買いしてしまう。



こんなふうに勢いづいて買い物するのも初めてで、『確かに友達付き合いは、恋人より優先するべきかも』と思えた。

こんな時間はチェスターとは持てない時間だ。新しい気づきもあるこの時間は、確かに大切にすべきだった。








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― 新着の感想 ―
美味しい外のご飯って往々にして常食すると健康に悪いんだけどなw そういうのに気を使った美味しいお高い店もあるにはあるけど……
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