破滅は回避したけれどある意味バッドエンドを迎えた転生悪役令嬢
ロザリンドは夢を見た。それはロザリンドとは別の人物の記憶。ロザリンドの前世である。
この世界とは別の世界、日本という国に生まれた少女。彼女の人生が鮮明にロザリンドの中に流れて来た。
(夢……だけと、夢ではない。私の前世……)
目を覚まし、ゆっくりと起き上がったロザリンド。
(ここは前世で楽しんだ乙女ゲーム『エターナル・ラブ』の世界。そして私、ロザリンド・イトロジェーヌは断罪されて処刑される悪役令嬢……)
自分の運命を知り、ロザリンドは朝から憂鬱だった。
乙女ゲーム『エターナル・ラブ』の悪役令嬢ロザリンドはエレマン王国王太子であるアラン・エレマンの婚約者だ。しかし、ゲーム開始前に婚約解消されている。まだアランに未練があるロザリンドは学園でアランと親しくなるヒロインに嫉妬して嫌がらせを行い、アラン達攻略対象から断罪されるのだ。おまけにロザリンドの嫌がらせは度を越した犯罪行為も含まれていたので処刑されてしまう。
(死ぬことだけは……嫌。前世は大学二年の時に死んでしまったのだから、もっと長生きしたい)
ロザリンドの手は震えていた。
܀ꕤ୭* ܀ꕤ୭* ܀ꕤ୭* ܀ꕤ୭*
この日、ロザリンドは王太子妃教育の為に登城していた。
現在ロザリンドは十三歳。アランとの婚約解消は十五歳の時だとゲームの設定集に書いてあった。学園に入学し、ゲームが開始する一年前である。
(すぐに婚約解消して、学園は通わず修道院に入りましょう。質素な生活になったとしても、破滅して死ぬよりはずっと良い。周りが女の人ばかりだとしても……親世代くらいの年上となら上手くやっていけるはず)
ロザリンドは少し自信がなさそうだが、そう決意した。
その時、正面からアランや攻略対象達が歩いて来る姿が見えた。
チャンスだと思い、ロザリンドはアランに話しかける。
「ロザリンド、どうした?」
アランは怪訝そうな表情である。
ロザリンドとアランの仲は、悪くはないが特別に良いわけでもない。この先ゲーム通りならば、ロザリンドはアランへの好意を露わにして彼から辟易されるのだが、今はまだその段階ではない。
「アラン殿下……その……婚約を解消していただきたいのです」
ロザリンドは必死に懇願した。
「婚約解消……!?」
アランにとっては寝耳に水らしく、驚愕している。
彼の側近候補である攻略対象達も、ロザリンドの発言に驚いた表情だ。
「はい。私は王太子妃に相応しくありません。アラン殿下には、もっと相応しい方がいらっしゃいます。ですから、私との婚約を解消してください」
死にたくないあまり、ロザリンドの目からはポロポロと涙が零れる。
それを見たアランはハッとした。
ロザリンドの見た目は少し冷たそうだが、かなりの美形である。そんな彼女が涙を流す。アラン達はロザリンドを放っておけなくなった。
「ロザリンド、君がそんなにも思い悩んでいたことに気付けなくてすまない。俺の方からもっと歩み寄るべきだったな」
アランは優しげな表情でロザリンドの涙を拭った。
「いえ、そうではなく……」
「ロザリンド、王太子妃教育が辛いのなら、王妃殿下に頼んでカリキュラムを変更してもらおう。この先少しでも不安なことがあったら、俺を頼って欲しい」
戸惑うロザリンドだが、アランは優しく頼もしげな表情でロザリンドの手を握った。
「俺達は婚約者同士だ。今までロザリンドの気持ちを考えず、国王陛下が勝手に決めた婚約者だからという理由で少し冷たい態度を取ってしまって本当にすまない。これからは、君が辛い時は、俺を頼って欲しい」
「……はい」
ロザリンドは思わず頷いてしまった。
アランの真っ直ぐで真摯な思いに押されたのだ。
(うぅ……流されてしまったわ……)
ロザリンドは内心ため息をついた。
「あの……アラン殿下、他に気になる女性が現れた場合、すぐに婚約解消を受け入れます。ですから、心変わりした場合はすぐに仰ってください」
ロザリンドは必死に破滅を回避しようとした。
「ロザリンド、俺は婚約解消をする気はない。そんな気はなくなった」
しかし、アランの言葉にロザリンドは困ったように微笑むしかないのであった。
こうして、ロザリンドとアランの婚約は十五歳になっても解消されることはなかった。
おまけに他の攻略対象もロザリンドに好意的になったのである。
܀ꕤ୭* ܀ꕤ୭* ܀ꕤ୭* ܀ꕤ୭*
ロザリンド達は十六歳になり、学園に入学した。
ロザリンドはヒロインを警戒したが、ヒロインはロザリンド達を気にした様子はない。ヒロインは転生者ではないようだ。おまけに攻略対象達とは無関係の婚約者がいるらしい。
(……ゲームのシナリオが変わっているわ。それなら、もしかして私は破滅して死なずに済むのかしら?)
ロザリンドは安心しつつも、少しだけ警戒はしていた。
ロザリンドは味方になってくれたアランの役に立てるよう、前世の知識を活用して様々なことを提案した。
例えば衛生面である。この世界は前世のロザリンドが暮らしていた日本よりも衛生観念が遥かに低い。よってロザリンドがアランや国王に提案して手洗いうがい、入浴を広めただけで病気になる者が年間で大きく減少した。それにより医者にかかる者は減ったが、本当に医者を必要としている者がきちんと診察を受けられるようになり年間死者数も激減した。
また、前世のロザリンドは親族に下水道処理知識を持つ者や、技術者がいた。ロザリンドは前世彼らから聞いた知識を使い、エレマン王国を発展させた。
更には国民皆保険なども提案し、ロザリンドは大活躍していた。
「ロザリンド、君は本当に素晴らしいことを思い付く。そんな君が俺の婚約者だなんて鼻が高い。だが、無理だけはしないでくれ。辛いことがあれば、俺が守るから」
学園のサロンにて、アランはそんなロザリンドに優しい眼差しを向ける。
ロザリンドとアランはソファに隣同士になり座っていた。
「ありがとうございます」
ロザリンドは安心したように表情を和らげた。
(多分破滅して処刑される道はもうなくなったはずよね)
ロザリンドはアランに体重を預け、アランはそんな彼女を優しく抱きしめた。
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衛生面の向上や改革面で評価されるロザリンドだが、彼女には大きな問題点があった。
それは同性との交流である。
ロザリンドは同世代の令嬢達とのコミュニケーションが得意ではなく、学園では孤立気味だった。アランや攻略対象、その他男性陣のお陰で完全に孤立することは防げているが、ロザリンドには同性の友人がいなかった。
おまけにロザリンドは破滅を回避することばかり気にしていた為、同世代の令嬢達とのコミュニケーションが疎かになっていたのだ。
ある日、ロザリンドが学園の廊下を歩いていると、令嬢達の話し声が聞こえた。
「皆様、ロザリンド様のことをどう思っておりますの?」
「ロザリンド様……衛生面の向上に関しては評価出来ますが……」
一人の令嬢が問いに対してそう口ごもる。
「ええ。改革面は素晴らしいと思いますわ。でも、ロザリンド様は男性としかお話しなさらないですわね」
「ロザリンド様は男性から守られてばかり。そのような方が未来の王妃だなんて。この前も、ロザリンド様は令嬢同士のトラブルに巻き込まれた時、王太子殿下に泣きついて対処してもらっておりましたのよ」
「公爵令嬢でましてや未来の王妃となるのに、社交界において自分の身を自分で守れないだなんて」
令嬢達の言葉には棘があった。
(そんな……)
ロザリンドはショックを受ける。
(どうして女の人は私のことを悪く言うの? 前世でもそうだったわ……)
ロザリンドは前世を思い出す。
ロザリンドは前世、容姿に恵まれていた。そのせいで学校の男子からは言い寄られ、女子からは嫉妬されて嫌がらせを受けて孤立していた。
だからロザリンドは同性に苦手意識を持っていたのだ。
前世の小学校時代はまだそうではなかったが、中学生になってからは同性からの嫉妬や異性から言い寄られる頻度が増えた。
高校でも同じだった。
大学でも、男子学生に囲まれて女子学生からは少し敬遠されてしまう。
だから前世のロザリンドは異性といる時間が長かった。異性なら自分に優しくしてくれるからである。
今世でもロザリンドは同性を避けて異性とばかり過ごしていたのだ。もちろん、間違いが起こらないよう側に侍女や護衛にいてもらい、異性と二人きりにならないようには注意していた。
ロザリンドは気付けば涙を流していた。
「ロザリンド? どうかしたのか?」
そこへ、アランや攻略対象達がやって来る。
「アラン殿下……実は……」
ロザリンドは令嬢達の話をアランに話した。
「未来の王妃になるロザリンドを悪く言うとは……!」
アランは早速行動に移し、ロザリンドを悪く言った令嬢達を注意する。
「君達、ロザリンドは未来の王妃だ。そんな彼女を悪く言うのなら、それなりの覚悟は出来ているということだな?」
アランが冷たい声で令嬢達を注意すると、彼女達は黙り込む。
その場は一旦収まるが、令嬢達はロザリンドに冷たい視線を向けるのであった。
ロザリンドの学園生活はそんな日々が続き、アラン達と過ごす時間以外は地獄だった。
その後、ロザリンド達は卒業し、アランと結婚して王太子妃となった。
改革面では評価されて、ロザリンドは平民達からの人気は高かった。
また、言語の違う他国の女性とはそこそこコミュニケーションが取れたようで、外交面も評価された。
しかし、国内の令嬢達とのコミュニケーションが上手く取れず、ロザリンドは貴族令嬢達から総スカンを喰らうのであった。
王妃もロザリンドの社交の下手さには辟易としているそうだ。
破滅は回避したが、アランに守られてばかりのロザリンドは気心許せる同性の友人が一人もおらず、別の意味でバッドエンドを迎えていた。