月照らす太陽
大陸歴2162年人類は月に進出した。
同時に影から現れた正体不明の黒い怪物に人類は襲われた。正体不明の怪物は「影ノ怪」と名付けられ、影ノ怪に対抗するため対影ノ怪特殊部隊である「影送り」が編成された。彼らは月で発見された特殊な桂の木「月桂」の蝋から作られた「月蝋」で塗装した武器を用いたり、月蝋の灯で灯した自分の影を操る能力「影画」を駆使したりして影ノ怪を退治している。
ここは皇国立第一高等学校玄月寮の一室、さらにその隅で少年は崩れ落ちていた。
「まずい、このままでは…」
少年の名は御黒 月影。明るい名前をもらったものの本人の性格は暗くなってしまったどこにでもいる成績だけは良いが戦闘成績はかなり低い少年である。成績は良かったため第一高校に進学するも戦闘の授業についていけず、教室の窓から実戦任務に出ていく好成績者たちを眺めていた。昔から人一倍強く国防に携わりたいと、影送りに入隊したいと感じていたため玄月寮を志望したものの戦闘能力は低かった。日々級友たちと拳を交えるたびに突き付けられる己の弱さ、戦闘記録に黒星が付くたびに心が擦り減り深夜に泣くことも度々あった。
「あいつ弱いよな」
己を笑う級友達
「なぁ研究や政界に興味はないか?」
違う道を勧めてくる教師
自分がなりたいのは影送りであり政界に入りたいわけでも研究者になりたいわけでもない。鬱々とした感情を抱え暗闇に包まれた寮を一人歩く。
「わっ!」
ちょうど曲がり角を曲がりかけたとき一人の少女とぶつかる。
「ごめんね?大丈夫?」
ぶつかった少女の名前は獅子山 あかり(ししやま あかり)。いつも教師に怒られるも明るく教室の中央で笑っていて、暗い自分と対極にいるような少女。そんな少女がなぜこんなところに…
「えっと御黒君…だったよね?どうしたのこんな時間に」
「獅子山さんこそ、こんな時間に何を…」
「わぁ、名前覚えてくれているんだ!」
「それは…クラスメイトだし…いつも目立っているし…それに君だって…」
言葉の最後の方は小さくなる。普段関わらないような女子と話すといつもどぎまぎしてしまい言葉がしりすぼみになってしまう。すると少女は聞き取れなかったのか距離を詰めて聞き返してきた。しかし詰められた以上に距離をとり彼女と離れる。
「もーなんで離れるの!」
「いや……そんなことより獅子山さんはこんな時間に何をしているんですか」
「えっとね…ちょっと眠れなくて…」
「そう…なんですか…」
場を沈黙が支配する。どこか遠くで虫が鳴いている声が聞こえてくるもこの場が静寂に包まれていることには変わらず、居心地の悪い静けさが広がる。そんな静寂を切り裂いたのは二人のどちらでもなく一つの甲高い警報音だった。
「校内に影ノ怪発生、校内に影ノ怪発生、至急討伐してください」
それは学校内に影ノ怪が発生した時用に用意されていた警報音。いくら発生条件がわからないとはいえ、まさか戦闘員が数多いるような場所に発生はしないだろうと考えられるも万が一のために用意されていた警報音。創立から一度も使用されていなかったが今使用されてしまった。教員、玄月寮の成績優秀者、最優秀者である玄月寮寮長も戦闘にでる。月影はもちろん、あかりも成績優秀者ではないため戦闘に出る必要はないが避難しなければならない。動こうとした次の瞬間、悪意に満ちた殺意が二人を襲う。校内に大量に発生した影ノ怪が二人の元まで来てしまったのだ。今まで実戦に出たことがない二人。今まで向けられたことがないような殺意が二人に向けられる。この場ですぐに動けたのはただ一人。月影…ではなく戦闘成績だけは良いあかりだった。
「逃げるよ!」
あかりが月影に向かって声をかけるも、初めて向けられた殺意に月影の体は動かない。
「行くよ!」
あかりが月影の手を取り駆け出す。
(女の子の手ってやわらかいな)
非常事態のはずなのにどこか場違いな思いを抱いてしまった。
どれくらい走り続けただろうか、追いつかれないように急な方向転換などを挟み続けながら逃げ続けた結果今は使われていない倉庫にたどりつく。しかし同時にそれは袋小路に陥ってしまったということであり、これ以上逃げることはできないということだった。影ノ怪はしつこく追いかけてきて、もうすぐそばまで来ていた。
「どうしよう…」
焦りや不安が思わず月影の口から漏れ出てしまう。
「気を付け!」
ふいに聞こえた大きな声。声の主は言わずもがなあかりであり、月影は指示に従う。
「大丈夫、私は戦える。私強いから君を守るよ」
不安を感じさせないよう笑顔で話しかけてくる彼女は「あの人」を彷彿させるような笑顔であり、それでも恐怖で手が震えているのを見ると怖いのは自分だけでないと否が応でも感じさせるものであった。震えは止まらない。だけど今ここでやらなければ死ぬという思いが体を動かす。
「…わかった…僕もできるだけサポートするよ」
「お願い」
そう言って笑う彼女は非常にまぶしくて、やっぱり「あの人」みたいで、思わずあこがれてしまう。
「さぁ行くよ」
静かに、そして己を高ぶらせるように声を出す少女こと獅子山あかりは集中を高める。
その声につられるようにして自分こと御黒月影は敵対者に向け戦闘態勢をとる。
双方動かないまま時間が経過する。
静寂があたりを包み時が止まったように感じる。
その均衡が破られたきっかけは近くの草むらから一羽の鳥が飛び去ったことだった。
刹那、敵対者…影ノ怪はその剛腕を振るう。
その動きに気付けたのはまさに幸運の女神が微笑んでくれたからであろう。ぎりぎりで躱すことができたその攻撃は地面をえぐりながら振り払われた。えぐり取られた地面は周りへと飛び散り追撃となる。一度目に微笑んでくれた幸運の女神は二度微笑むことはなく、土塊は直撃し己を吹き飛ばす。吹き飛ばされた先にあったのはボロボロになった小屋。幸いにも土塊はさほど大きいものではなく、気を失いそうになるほどの痛みが襲ってくるも致命傷とはならずに済んだ。むしろぶつけた背の方が痛い。三度目の追撃に備えるため立ち上がろうとするも痛みのせいでうまく立ち上がることができない。何か掴むものをと手を動かす。その時手に何かが触れた。ゆっくりとそちらを見ると刀が転がっているではないか。思わず見つけたその武器にはしっかりと月蝋が塗られ、月の明かりを照り返していた。周りを見渡すと武器が数多くあるではないか、それもちゃんと整備されているであろう武器が。だがさらにその奥、怪しい輝きを放つ一振りの剣。手に取りかけ…
「きゃあ!」
あかりの悲鳴で我に返る。こんなことをしている場合ではない、彼女のサポートをしなければと小屋から抜け出す。
「すみません!今戻りました!」
あかりは痛みをこらえるように影ノ怪を睨む。
だが影ノ怪はさらに追撃を仕掛けようとはせずにこちらを見つめてくる。
そして、赤く光る眼を爛爛と輝かせ大きな牙が生えた口角を上げる。
【ゴオオオオオオオォォォォオオオオアアアアァァァァァ】
叫び声。耳を裂く。体の奥から震えが溢れ出てくる。
動け!
それでも体が動こうとしない。
動け!!
影ノ怪がゆっくりと、徐々に歩みを進める。
動け!!!
「ぅあぁぁぁあああああ!!!!」
恐怖をねじ伏せ、叫び声を上げながら手に持っていた刀を影ノ怪向けて突き刺す。
しかしなんの痛痒も感じていないような顔で突き飛ばされる。
それでも鬱陶しさは感じたようで邪魔な羽虫を叩き潰さんとこちらに注意を向けた。
その一瞬の隙、少女は影ノ怪に突き刺さったままになっていた刀を抜き斬りかかる。
そして彼女は脚の腱を切り裂く。
【グァァァァァァアアアア】
さすがにノーダメージとはいかなかったらしく影ノ怪は膝をつく。
「やった!」
彼女は嬉しそうな声をあげ、二撃目、三撃目と攻撃を続ける。
しかし影ノ怪はそう甘くはなく、追撃を受けることはなかった。
「仕切り直しだよ。必ずここを乗り越えよう!」
「はい!」
彼女は疲れを感じさせないように明るく声を張り上げる。その声につられるようにして自分も大きな声で返事を返す。
どのくらい時間がたったであろうか。数時間たったともまだ一時間もたっていないようにも感じる。それでも確かにダメージは与えているはずだ。牙を一本折り、影ノ怪の体に無数の傷をつけた。だがこちらも無傷とは言えず、左腕は折れ脇腹からの流血は止まる気配が見えない。獅子山さんは片目から血を流し、右腕には力が入っていないように見える。
影ノ怪は動きを止めた。
そして…嗤った。
次の瞬間彼女が吹き飛ばされた。
しかしその動きは見えなかった。
第六感が警鐘を鳴らす。
まだ動く右腕を体の前に挟む。
吹き飛ばされる。
木に叩きつけられ崩れ落ちる。
何をされた。
突き飛ばされたのか。
それとも殴られたのか。
一体何をされたのかすらわからない。
あかりは…動いていない。
これは不味い…
しかし体は脳の命令を無視し続ける。
動かねばと思うたびに体中が痛む。
そして、意識を手放した…
???「足らぬ身で足搔くその姿、気に入った」
「うおおおぉぉぉぉぉ」
どこからともなく現れた黒い剣からあふれ出した闇が体を包む。闇に包まれた腕は治ったのかと錯覚するほど痛みが取れ、影ノ怪に相対する。
動きが見える!
左上からの振り下ろし!
右横に避け、左わき腹に向け長剣を突き刺す。
振り下ろされた腕が地面を削りながら追撃を仕掛けてくる。
後ろに飛びずさり左腕に剣を突き刺し、そのまま腕を駆け上がる。
腕を蹴り影ノ怪の目を刺す。
今まで考えても動かなかった体が今は思い通りに動く。なんでもできるかのような万能感。思わず自己陶酔しそうになるも戦闘中ということを思い出し意識を深く縫い留める。
片目を傷つけた煩わしい敵を排除せんともう片方の目をさらに赤く輝かせ殴りかかってくる。しかしその動きも見えている。左に避けすれ違いざまに脇腹を深く切り裂く。影ノ怪は薙ぎ払わんと右足を軸に左の足で蹴りかかる。大質量が襲い掛かってくるも不安に感じることもなく華麗な動きでその足を飛び越える。その姿はまるで蝶のようで、影ノ怪は逃げ回る月影を捕らえることができない。二撃目、三撃目と追撃を繰り返すも、右へ左へ時には飛び越え、下をくぐり抜ける月影をもはや苛立ちを隠そうともしない影ノ怪は確実に仕留めるため大技を繰り出さんとする。
「これで最後か…良いだろう我が全力を持って迎え打とうではないか」
普段とは違う声が零れ落ちるもそこに違和感を覚えることはなく影ノ怪と相対する。
影ノ怪は右腕を引き絞る。その腕には赤いオーラが纏わりつき燦燦と輝きを放つ。
月影は剣を右後ろに構える。剣には漆黒のオーラが集まり光すら吞み込まんとしている。
攻撃を放ったのは同時であった。拳と剣は互いを滅ぼすためにぶつかる。赫と黒のオーラが交わりさらに大きなオーラとなりすべてを呑み込もうとする…が、漆黒をまとった剣がそれを許さない。剣は赤いオーラを纏った拳を切り裂き、さらにその奥の影ノ怪ごと真っ二つにしてしまう。直後赤いオーラは収束したかと思えば次の瞬間には弾け飛んで霧散する。
「や、やった……勝っ…」
その言葉は続けられることなく、声の主である月影は倒れてしまう。
そしてその意識は深い闇の中に沈んでいった。
辺りに影ノ怪を打ち破った黒い剣は、無い。
「ここは…」
最初に目に入ってきたのは自室よりも広い天井。だがその天井には見覚えが無く、どこにいるかもわからない。右を見ると青空が四角く切り取られているのが見える。左を見ようとしてふと自分の左の手が誰かに握られていることに気付く。左を見るとそこには自分と対極の位置に存在している少女がいるではないか。しかも自分の手を握った状態で。
自分が動いたことに気付いたのかあかりが顔をあげる。そしてその目は潤んでいた。
「よかったよぉぉぉ。もう二日も目を覚まさないから死んじゃったのかと思ったよぉぉ」
泣きながら彼女は月影に縋り付く。しかし少年には何が何だかさっぱりわからない。かろうじて覚えているのは吹き飛ばされたことと影ノ怪が消えていく瞬間だけ。それ以外は何も覚えていない。自分がどのようにして影ノ怪に勝ったのかも、なぜ戦闘成績低位の自分が戦闘を続けられていたのかも一切わからない。
右腕をギプスで包み首から吊り下げているあかり曰くどうやら影ノ怪を倒した時には彼女に意識があったらしく、影ノ怪を倒した直後に自分は倒れたらしい。そして同時にまとわりついていた闇も消え去ったとのこと。そのすぐ後に駆け付けてきた先生たちに託しまた意識を手放したそうだ。しかし闇が自分にまとわりついていた時の記憶が一切ないため、にわかには信じられない気持ちでいる。
激しく傷ついた校舎は修理され、学校が再開されたのはあの日から半年のことだった。学校が再開してから仕方ないこととはいえあかりと月影の距離が急接近したことに、級友達が鬼の形相で少年に詰め寄る。
どうやら御黒少年の平穏な日々は終わりをつげたようだった。
続くかもしれないけど、今回はここまで