1 巨大な船と追いかけっこ
「リジェ―!セリー!」
あるとき、マザーダリアン号の見張り台で当直をしていたリンクが、異常に気付いて家主兄弟に声をかけた。
「どうしたのリンク。えらく慌てて」
のんびりとリジェが見張り台に上ってきたので、リンクは以上を指示した。
「いや、なんかでっかい船がこっちに向かってきてるんだよ!俺あんなでっかい船初めて見るんだけど!よくあるのか、こういうの!」
大航空時代だけあって、空で他の船とすれ違うこともないことはないのだが、空は広いし上や下にも空間があるので、海で航海するときほど遭遇率は高くない。そして、地上人の技術的にあまり大きな船は作れないので、マザーダリアン号よりも大きな船がはそうそう見かけないし、ほかの船が一直線にマザーダリアン号に向かってくるということはまずない。
「いや、俺も初めて…。なんでこっちに来るんだよ、危ないな。避けようかー。」
のんきな口調でそんなことを言いながら、操縦席に向かう。セリとハトバもやってきた。
「まあ、あんなでっかい船じゃあスピードでないから、こっちが動いたらついてこれないと思う」
「なんか高そうな船だねー。かっこいいエンブレムが付いてるわ。…あれ、なんか見たことある?」
そんな感じで3人がふわふわした会話をしていたところ、大きな船からすごい勢いで何かが爆発して飛んできて、逸れて後方に行った。
「…今撃たれた?」
「なんだこれ、めっちゃ危ないことするじゃん。リジェ―!撃たれたよ!大急ぎで逃げてー!」
威嚇射撃なのか、当たらないものの撃ってくるので、3人は頭を引っ込めてリジェに報告する。
「なんで攻撃してくんのかな、とりあえず逃げるか!雲があるから、そこに入ってとんずらするよー!揺れるからどっかにつかまっといてね!」
そんなことを言いながら急降下で雲の中に入り、乱気流に揉まれながらマザーダリアン号は戦線らしきものから離脱したのだった。
一旦近くの空島の近くに停泊し、一行は息をついた。
「はー、びっくりしたね。何だったんだろあれ」
運転に疲れて床に寝っ転がるリジェ。同じく乱気流に翻弄されて床で伸びていたハトバがはっと気が付いたように立ち上がった。
「船についてたエンブレムさ、俺どこで見たか思い出した!プーセ離宮だ!」
「ってことは…」
リジェは一旦部屋を出て行って、新聞を手に戻ってきた。
「これか。ルドラシア帝国の紋章だね」
ルドラシア帝国で発行されたその新聞には、片隅に発行した国を示す紋章が入っているのだ。
「なんで帝国が攻撃してくんの?心当たりが、この前の仕事のときにいたおっさんしかないんだけど」
リンクが半眼になって言う。
「うーん…できそうだったら一回王女様に連絡とってみる?とりあえず疲れたから寝ようか…」
そう言って、一同はもう一度床に伸びた。
同じころ、プーセ離宮のナターリア王女のところに、訪問者が来ていた。
「エリナ、失礼するわ」
ナターリアは身内にエリナと呼ばれているが、訪問者も彼女をそう呼んだ。
文机で何か書き物をしていたナターリアは、訪問者を見て目を見開いた。
「マウセル、いらっしゃい。珍しいわね、何かあったの?」
マウセルと呼ばれた訪問者は、ナターリアとあまり年頃の変わらない少女だ。ただし、ナターリアのようにデイドレスを着ているわけではなく、非常に動きやすそうな、軍服に近い服装をしている。オレンジ色の金髪に、理知的な瞳は翡翠に近い色で、派手な色彩だが落ち着いた印象を持たせる身のこなしをしている。
「ダビデが、よくないわ。ちょっと調べてるから、この前会ったことを教えてくれる?」
そう言われて、ナターリアは緊張した面持ちで頷いた。