2 小遣い稼ぎの拉致強盗
「風の民?」
そんな日々を送っていたあるとき、妙な仕事の依頼が来た。
リンクは19歳、ハトバは18歳になっていて、ふらふらと遊び歩いて、手持ちが少なくなってきたら顔見知りのグループのところに行って仕事はないかと御用伺いをする生活を送っている中、出てきた依頼が「風の民から船を奪ってきてほしい」という依頼だった。
「風の民ってなんだよ」
依頼をしてきたのは、二人もよく出入りしている、緑猫というグループだ。老舗で、頭領は52歳、何となく政治色が強い大手グループである。緑猫の事務所の椅子に座らされて、二人は中間管理職的立ち位置の30歳くらいの赤毛の男から話を聞く。
「金持ち御用達の運送会社でさ、まだ若い、お前らくらいの年の奴らがやってて、最近よくこっちの方にも来るんだよ」
「堅気の運送会社?」
ハトバが首をかしげる。しぐさだけは可愛いが、身長が2メートルもある巨大な男なので別に可愛くない。
「会社ってほどの規模でもないんだが、そいつらの持ってる船がすごくてさあ」
「船?」
リンクは海を走る船を想像して眉根を寄せる。船を奪うって、どういうことだ。海賊か。
そんなリンクの表情に、面白そうに笑みを浮かべて赤毛は言う。
「見たことあるか?空飛ぶ船」
「たまに空にぷかぷか浮かんでるやつ?金持ちがそれに乗って空中散歩をしてるんだろ。運送会社になんか関係あるの?」
二人も巨大な飛行船は目にしたことがあった。銀色で、プロペラが付いていて、金持ちが地上を見下ろして楽しそうにしているのだ。乗るとことが少なそうだったので、郵送に使える気がしないし、奪っても巨大すぎて邪魔である。緑猫の事務所に置き場などない。
「いやさ、風の民の空飛ぶ船は、あんなのじゃないのよ。機動力が全然違う。午前中にサシトラで受け取った荷物を、夕方にはシルビーに運べてるんだぜ。実際に見たやつがいるんだけどさ、ちっさい猫車くらいのサイズの船に人が一人乗って、ひゅーんって風に乗って運んでたって。それで『風の民』ってあだ名がついて、金持ちからも重宝されてるんだと」
へえ、とハトバは目を丸くする。
「なにそれ楽しそう。とってきてほしいものって、その猫車の船?」
「そうそう。あれだけの機動力があれば、俺らにもできることが増えるからよ。ただ、猫車だけとってきても、使い方もわからんし、量産もできるかわからんから、風の民の奴らも一緒に連れてきてほしいんだよな。うちの若いのは、今別件で忙しいから、お前らに頼むわ」
「いいよー」
その仕事がとても楽しそうだと思ったのか、ハトバはにこにこととても乗り気だ。仕事内容は、要するに強盗と誘拐だが。
「ハトバがやりたいならいいけどよ、そいつらどこにいんの?空にいるやつを捕まえるなんてできんよ、俺ら飛べんし」
リンクが半眼になって言うと、赤毛はけたけたと笑って、
「いくらお前さんらでも、空を飛べとは言わんよ」
などと言いながら、地図を出してきた。
シルビー周辺の地図だ。第13区の西側から出た道を、ずっとずっと西へ行ったところにある、隣の町を指さした。
「ズン町?がどうしたの?そこにいるの?」
「いやね、シルビーの金持ちの間で風の民の噂が出てるからって、ズン町の長者のスカインが調子の乗って対抗して依頼したって吹聴してたのをさっき小耳にはさんでね。多分明日くらいにスカインのところにくるはずなのよ、こいつら」
「急だな」
「とにかく、それが一番早いチャンスだから、頼むわ」
「わかった」
報酬のやり取りをし、前金を受け取ると、二人はズン町に向かった。
二人ともシルビーからあまり出ることはなく、ズン町も別に面白くもない閑静な住宅地なので滅多にいくことはない。シルビーとズン町の間はちょっと砂漠じみた景色が広がる殺風景な道である。車の行き来がある舗装された道の脇を、早歩きで二人は進む。
途中の茶店で軽食を取り、5時間ほど歩いて日の高いうちには到着した。
ズン町の知り合いの事務所に顔を出して、スカインの家の所在地を確認し、あまり目立たない潜伏場所を確認し、陽が落ちるまでそこにいて、ターゲットが来ないことを確認してから、本日の宿へ向かう。
普段であれば少し遠征したら花街に遊びに行って楽しく過ごすのだが、生憎ズン町はつまらない閑静な住宅街である。油断しきった金持ちにちょいとスリを働いて小金を稼ぐくらいしか面白いことがない。早々に宿で休むこととした。
翌朝、日が昇るかのぼらないかくらいの薄暗い時間帯に、二人は潜伏場所へ向かう。なんといってもターゲットがいつ来るかわからないので、早め早めの行動が必要になってきてしまう。
昨日事務所で貰った、おやつのりんごバーを齧りながらぼんやりしていると、まだ朝も早い内に、変なものが目に入ってきた。
「兄貴、兄貴、なにあれ!!」
ハトバが興奮した様子で身を乗り出す。それもそのはず、自転車にでも乗っているかのような手軽さで、ふわりと少年がスカインの家の玄関に舞い降りたのだから。
同い年くらいの少年だった。中肉中背で、頭にターバンを巻いている。服も空気を含んでふわりと広がるような、変わった装備で、この辺りでは見かけない装束だ。快活そうな表情をした少年は、凹凸の少ないつるりとした顔立ちで、このあたりの人と比べて肌は色黒、瞳は紫がかった茶色のような、見たことのない色をしていた。
少年の乗っている乗り物は、赤毛は「猫車」と称していたが、猫車とは似ても似つかないものだった。二人は海のない場所で育ったので知らなかったが、波乗り用のボードがイメージとしては近い。
「よし、いくぞ」
こうして二人は少年がスカインの家に入る前に、手慣れた手順で拉致することに成功した。
ハトバは自分をスカインの使いの者だといい、場所が変わったのでついてきてほしいと伝えて街はずれまで連れて行き、そこでリンクと合流した。ハトバは人畜無害そうな人懐こい表情で人を騙すのが得意で、連れてくる間も楽しくトークをしながら連れてきていたので、少年は気が付いたら街はずれにいて、明らかに目つきの悪いリンクが現れたことに、少し驚いた様子で目を白黒させた。
「あれ?もしかして俺、騙されたのかな?スカインさんのところの人じゃないよね?」
騙されたと気づいた割に、そこまで怯えた様子もなく飄々としている少年に、
「そだよー!ごめんね、ちょっと君に用があって、ここまで来てもらったの」
と人畜無害スマイルでハトバが言う。
「何の用事?…っていってもあれかな、前もあったよこんなの。コレが欲しいんでしょ?」
ちょっと呆れたような笑みを浮かべて少年は乗り物を指さす。
「コレ、あげても君たちには乗れないよ」
「うん、わかってる。だから、依頼者にはお前も一緒に連れてくるようにいわれててな。一緒にシルビーまで行こうか」
リンクが少年の腕を取り、ハトバが乗り物を持つ。
うーん、と少年は少し考えて、
「依頼者…ってことは、君たちの親分ではないの?」
と尋ねる。
「ちげえよ、俺らはフリーだから。金で雇われただけ」
「いくらで雇われたの?」
「何でそんなこと聞くわけ?」
リンクは平然としている少年に不快感を覚えて眉根を寄せる。
「いやね、俺もちょっと考えてたことがあってさ。その報酬よりも高い給料払うから、君らウチに来ない?」
拉致しようとした相手に勧誘されて、二人は目を丸くするが、すぐに噴き出して、
「やだよ、何言ってんの。さっさとシルビーに行くぞ」
と言いながらけらけら笑い、少年の腕を引っ掴んで大通りへと移動を始めた。何といってもこの二人は幼少期からしょっちゅう勧誘されてきたので、勧誘されたら即断るというのが習慣になっていた。
「なんで?楽しいよ。一緒に旅をしようよ。ウチは広いけど、俺と弟の二人しかいないからさ。空の旅をしながら、お届け物の依頼を受けて小金を稼いでるんだけど、今日みたいな感じで不良に絡まれることもあるし、腕っぷしの強い兄ちゃんを仲間にできたらなーって思ってたんだよね」
少年は現在進行形で拉致されながら、動じることなく勧誘を続ける。豪胆にもほどがある。
「お前、運送会社やってるんじゃなかったの?」
「会社?そんなんじゃないよ。基本的に俺たちはただの旅人だよ。使いっ走りして小金稼いでるだけ」
どうやら、本人とやくざの間に大きく認識の相違があったようだ。そして、空の旅人の用心棒という職種は、現在のやくざの使いっ走りよりも、二人の心の琴線に触れた。
「なんか楽しそう、それ」
ハトバに至っては、素直にその気持ちを口にした。
「楽しいよー!うちの弟は天才でさ、この『ツバサ』も最近弟が作ってくれたんだけど、乗っててすごく楽しいよ。ウチに来たら君らの分も作ってあげるよ」
乗り物の名前は『ツバサ』というらしい。そんな魅力的が提案をしてくるものだから、根が自由気ままな二人は、もうそうしたくてたまらなくなってしまった。
「ハトバ、緑猫にはごめんねって言って、こっちに寝返ろうぜ」
「うん、そうしよう。シルビーともバイバイだね」
こうして、二人は金だけでつながっていた緑猫を裏切ることにした。無責任にもほどがあるが、根無し草に依頼をした緑猫が悪い。他人にものごと依頼をするときは見極めを慎重に!