1 ガント地区
シルバルク王国の首都シルビーは13の区に分かれている。王城や主要機関の集まる第1区を中心に第13区まで同心円状に広がり、数字が大きくなるほど王城から離れていくため、自然と若い数字の地区ほど上流階級が住んでいるし、大きな数字の地区ほど治安が悪い。
ガント地区と呼ばれる居住区がある。第12区と第13区の間にあるスラム街である。
シルビーにいくつかあるスラム街の中でも規模の大きなところだ。シルビーのスラムは行政の手の及ばない狭間の地区に形成されるのだが、ガント地区はゴミ処理場に近い上、広いので、日々の活計に困った人々がだんだんと流れつき、今では掘建て小屋が軒を連ねている。
リンクとハトバは、そのガント地区で生まれ育った少年である。それぞれ夫のいない女が母親で、母同士は仲が良く一緒に住んでいたので、自分達のことは兄弟だと捉えている。はっきりしないが父親が同じ可能性もあるようだ。
母親たちもガント地区の生まれで、幼い頃から一緒にいるらしい。成長してから一緒に第10区の花街で店に入り娼婦をしていた時期もあったそうだが、子供を身籠もってガントに戻ってきた。基本的に働いていないが、たまに小金を稼ぐためにフリーの娼婦としてどこかに行っている。
そんな母たちも、リンクとハトバがそれぞれ8歳と7歳になったときに、そろそろ2人にしても大丈夫だろう、と家を出て行った。別の土地に引っ越したのだ。子連れでなければ身軽なのでどこにでも行ける。俗に言う「親に捨てられた」状態なのだが、2人の母は自分達もそうだったのでそうしただけであって全く悪気はなく、子ども2人もガントしか知らずに育っているため、それに悲壮感を感じることはなかった。それ以降母たちとは会っていない。
さて、ガント地区に住む孤児は大きく二タイプに分けられる。リンクとハトバのように、ガントで生まれ育った代々のガントっ子と、なんらかの理由でどこか他所から来た子である。親がガントに子捨てすることもあるし、親子で流れ着いたものの親が亡くなったり失踪したりして一人になることもある。もともとガントの子は親が住んでいた掘建て小屋をそのまま引き継いで住むことが多いが、他所から来た子は家がないためストリートチルドレンになるか、別の家持ちの子の住処に転がり込む。首都シルビーは縦に長いシルバルク国の中央に位置し、北部に比べればましなものの冬の寒さは厳しく、路上生活者となった子どもは冬を越せずに儚くなることが多い。よって、他所者の中でも強い子はガントっ子の弱い子から家を奪い、手下としていいように使うこともあるし、強い上正義感もあるようなリーダータイプの子が一人いれば、腕っ節は弱くとも何らかの能力に優れた子も含み込んだ徒党を形成し、傍若無人な強者と敵対関係になることもある。それに対抗するため、強者は強者でチームを組むので、ガントの孤児たちは幾人かのリーダーの下統率されたグループで抗争するようにできている。住処、食糧、日々の働き口、そういった限られた資源を奪い合うのである。
そうしたチームの人員は、大人になればガントを出て別の地区へ行くことが多い。平和な地域の人よりも格段に「チームワーク」によって「他人を陥れる力」や「搾取する力」があるものだから、力さえあれば貧しいガントにいるよりもはるかに稼げるのである。したがって真っ当な職に就くことはほぼなく、詐欺や暴力などで移り住んだ地の利権を得ようとして、結局はあまり治安の良くない地域のやくざとなっていくのである。
こうしてガントの孤児チームの卒業後は他地区のOBの下でやくざになる、という図式が完成し、ガント孤児チームOBのやくざたちは見所がありそうな孤児を自分の出身チームに入れたがる傾向にある。
ここでリンクとハトバの話に戻る。
彼らの母たちはとても自由で明るい性格であった。脳みそがちょっとおかしいんじゃないかと息子たちに疑われるほど、ガントの中でも風変わりであった。
2人とも容姿に恵まれ、リンクの母はスラム生まれスラム育ちなのに貴族じみた美貌をもち、ハトバの母も幼い頃から妙に色気のある妖艶な美女であった。これだけ美しいなら店付き娼婦としてトップを取れるのでは!?と張り切ってガントを出て行ったのが14歳のとき、持ち前の美貌と明るい笑顔、楽しいお喋りで人気を集め、店のトップに上り詰めた。そもそもガント出身でそこそこの格式の店付き娼婦になるだけでもなかなかないことなのだが、トップを取った上で更に上を目指して店を渡り歩き、高級娼婦一歩手前までいけた母たちは有能であった。
しかし彼女らは自由な変わり者だった。格式高い店の客たちの中で、上流階級なのに彼女らに本気で入れ込んでしまう客が相次ぎ、妻や妾として望まれるようになってしまった。
普通ならばスラムから貴族へのステップアップに喜びそうなものだが、彼女らはそれを煩わしいと感じた。綺麗な屋敷に住んで、お上品な人たちに囲まれて過ごすなんて気疲れしそう。そもそも今は若くて美しいから熱烈に愛を告げてくるけど、こういう人たちって女が年をとったら別の若い女にのめり込んで、なんかひどいこと言いながら捨てそう。でも上客だし断るのがすごく面倒。などなど2人で愚痴をこぼし合い、出した結論が、「そろそろ子どもも産みたいし、妊娠してガントに戻ろう」だった。小さい子ってかわいいよね!と当時の2人は言っていたが、もちろん小さいうちしか可愛がる気はないし、真っ当に育てようなどという気もない。無責任にも程がある。
こうして先にリンクの母が妊娠してガントに戻り、翌年ハトバの母も身籠もってリンクの母の元にやってきて、2人で子育てを始めたのが20歳の頃である。それからはフリーの娼婦をたまにやって日々の生活費を稼いでいた。稼ぎ方だけはガントの住人の中ではかなり真っ当で羽振りも良かった。リンクが5歳になるまでは食事を与えていたが、なんとなくリンクも自分で食糧調達ができるようになったので(方法はほぼ万引きか盗難だったが)与えるのをやめた。そしてリンクが8歳のとき、生意気になってあまり可愛くなくなった息子たちに向かって、
「もうリンクとハトバだけでも大丈夫そうだし、ママたち別の街にも行ってみたいからいくね!元気でね!」
と明るく言い置いて出て行ったのだった。口振りから察するに恐らくシルビーからも出て行っている。 ガント生まれの人々はわりあい内弁慶なタイプが多く、ガントから出るのが怖くてあまり離れられないものなのに、母たちは豪胆にも程がある行動だった。
そんな母たちのことを、「あいつらバカじゃね」と悪様にいう息子2人だったが、結局彼らも母に似た自由を愛する性格だったことが、孤児になってから判明する。
リンクとハトバは2人とも母親似の容貌だった。リンクは貴族じみた金髪碧眼の美少年だったし、ハトバもよくわからない色気が既に発揮されていた。つまり2人はとっても可愛かったので、ガントの各孤児グループに目を付けられていたのである。そして幼いが故に舐められてもいたので、家を乗っ取って支配下に置き愛玩しようと考えるグループと、そんなグループから守ってあげようと考える正義感溢れるグループから、いろんな手段で勧誘された。
しかし2人はこの家にこのまま2人で住む気だったので、めんどくさいなと辟易し、実力行使で勧誘をかわし続けた。幼い頃は流石に強い年上に腕っ節で勝つことはできないが2人の悪知恵とチームワークで撃退していて、そんなことを続けていたら、ある程度成長してからは普通にガントで一番の喧嘩番長になっていたのだ。結局どこのグループにも属さず、条件次第で臨時に手を組む傭兵のような立ち回りをしていた。これはやくざに勧誘されるようになっても変わらず、条件次第で雇われるフリーの戦闘員として小金を稼いでいたのだった。
そんなあるときのことだった。
「風の民」の話を聞いたのは。




