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魔女の拾いもの  作者:
5/9

5.真実の愛

「第一王子殿下に!」

 進行役の宰相閣下が進み出て杯を掲げる。

「第一王子殿下に!」

 人々が唱和し、喉を潤す。私はそれを笑顔で受け、このくだらない茶番が早く終わることを祈っていた。「王子様」の登場から季節は巡り、夏。十六になった私は成人の祝いを開くことになった。結局、あの青年と対面する機会は今の今までない。

 日頃は宮中の混乱をおさめるのに忙しい宰相閣下や国王陛下、王妃殿下やその縁戚まで集まっているので、王城で一番広いこの場所も今はやや手狭に見える。街ではよい口実を得て盛大な祭りになっているらしい。

 そう。

 口実だ。

 他ならぬ私を含め、会場の視線を集めているのは未だ若々しい美貌の王妃殿下でも偉大な国王陛下でもなく、件の侯爵子息であった。とにかく話題の尽きない彼のことを一目見ようと、普段は領地に籠もりきりの辺境伯までやってきている。好奇、肉欲、あるいは嫌悪の視線から彼を守る家族一同はさながら騎士のごとく。王族の誰よりも厳重な警備体制である。

「聞きしに勝るね」

「殿下……くれぐれも、お願い申し上げます。ご自分から向かわれるのは」

「わかっているとも。ご令嬢方を見極める席なんだから、男性は対象外だというんだろう」

「殿下にはまだ婚約者がおられませんから」

「破棄する婚約もないわけだね」

 念押しがしつこい補佐官を笑顔で退ける。

「三ヶ月の間に婚約破棄が五件、離婚が二件か。それで全員振られたって?」

「はい。のべ十三名です」

 老若男女に関わらず、全方位から求愛されるのだから、青年の魅力は恐ろしいものがある。宮廷付き魔法使いからは、先天性の魅了魔法を疑う声も上がっていたものの、結果は白。彼の美しさはもはや罪だ。騒乱罪。

「で、いまだに恋敵気取りの連中がああしてわめいている、と。舞台として見るぶんには面白いね」

 私は一応「主役」なので広間の一段高いところで長い祝いの口上を聞き流し、その合間に補佐官と話していたのだったが、人々の動線の素直さにはうっかり感心してしまった。

 まずは両陛下へ、次に私へご令嬢を紹介し、宰相閣下の手腕とその令息たる補佐官の優秀さを褒め、次の者の邪魔にならぬように下がる、と見せかけて侯爵家と距離を詰めて挨拶やら求愛やら。侯爵家の面々の顔が一切揺るがないのが、余計に職務中の騎士を思わせる。

 今夜の主役はふたりいるというわけだ。

 表向きには私が。

 そうして実際には、侯爵家の「王子様」が。

「どういうおつもりです、侯爵閣下。この晴れがましい席に被り物などをさせて」

 功績はなくとも、領主である。爵位持ちの威厳というやつだろうか。侯爵は補佐官のかわいらしい棘に怯みもしない。

「愚息はとかく騒がれる身の上でありますので……お目汚しのないようにと隠しております。陛下には事前に許可をいただきました」

 悪い魔女と揶揄され哀れな王子と求愛されるのは、とにかく浮き世離れした美貌が原因なのだから、花嫁装束じみていようが道化じみていようが、ヴェールで隠しておくのは賢明な判断だと私は思う。生真面目な補佐官殿の意見は、まあお察しの通り。

「真実の愛を、探しているとか」

 空々しい私の言葉に、ややうつむいていた青年がつと視線を上げる。

「ええ、殿下。愛と、そして永遠の眠りを」

 彼がささやく。異国の楽器が突然目の前で鳴ったような驚きが胸をよぎる。甘い、気だるい、美しい声。懐かしい。

 息が止まる。


 ……ヒトの世界に、真実の愛を探しに行くのよ。愛と、それから永遠の眠りをね。だから求愛の魔女。風みたいにあっちこっち行くの……。


「殿下?」

 遠くから補佐官の声がした。それよりずっと近くに彼がいる。

「……私は、あなたを、知っています。覚えている」

 彼は微笑んだ。風がヴェールをふわりと波打たせる。

「ぼくも覚えているよ。君の瞳、懐かしいね」


 あのもりにはわるいまじょがいて、ひとがはいることはゆるされない。


「魔女……」

 ねえさま、と覗き込んだのは誰だった?

 いもうと、とたしなめたのは?

 私は疑問を口に出しただろうか。わからない。けれども求愛の魔女は言うのだ。

 それは太陽の魔女たちだよ、と。


「魔女?」

 王妃殿下の震える声が広間に落ちる。

「そなた、まさかあの森の」

「王妃」

 それを止めたのは国王陛下だ。雄弁とは程遠い厳格なお方だから、私はこの方を父と呼んだことがない。

「おぬしが何者か、この場で問うことはするまい」

 節の目立つ手をすっとあげる。

「連れて行け」

 命じられた騎士の中には、求愛の魔女に熱を上げる者も含まれる。だが反論などできなかった。圧がある。

「恐れながら国王陛下」

 魔女とその「家族」の前へ出る。騎士たちの多くは私が立ちふさがったことに戸惑いを浮かべた。

「この方の正体よりも先に、明かすべきことがあるのでは?」

「……何のつもりだ」

 国王陛下の冷たい瞳も、その傍らで潤む慈悲深い新緑の瞳もずっと。

「どうぞ私にもお尋ねください。知りたいことは山ほどありましょう。お前は何故知っているのか。何を思い出したのか。……お前はあの日、一体どこから戻ってきたのか、と」


 ずっと、嫌いだった。


 どこから戻って来たのだ。忌まわしい子が、瞳の色まで変えて……おまけに記憶もなくしただと? 魔女の気まぐれか?

 それでも陛下。この子はわたくしのかわいい子ですわ。前よりずっといい子ではありませんか。だって黒い瞳なら……わたくしはこの子を愛することができます。


 喜劇役者のように手を広げ、大げさな身振りで叙情的に、私は語る。

「幼い頃」

 人々は息を潜めている。それでいい。観客は黙っていなければ。

「私は塔におりましたね」

 王妃殿下は青ざめている。二度の妊娠、出産を経験したとは思えぬ若々しい容貌が歪んでいる。

「とても寂しい場所でした。赤い瞳を持つ私を誰もが疎んでいた」

 そうともお優しい王妃殿下さえ、本当は私など消えてしまえばいいと思っていたのだ。でなければ毒を盛られるはずがない。あの塔にいた者は皆王妃殿下に心からの忠誠を誓っていたのだから。

 不吉なものは不吉な場所へ「かえして」、あなたは愛する夫ともう一度やり直そうとした。第二王子が幼くして病で儚くなって、もう子どもは望めぬ身体になってやっと、あなたは私を思い出したのだった。

「魔女の森に棄てた我が子が戻ってきてしまった時、どんな気分でしたか? 喜びましたか? それとも、恐ろしかったでしょうか。記憶をなくした我が子を哀れみ嘆くよりも、特に王妃殿下は、そう。不吉な瞳を魔女が奪い去った幸運に感謝しておられましたね」

 不吉とはいうものの、かつて赤い目の色をした暴君がいたらしい、くらいの曖昧な話だ。あまり喜ばれるとか褒められた外見ではないけれど、かと言って迫害するほどでもない。私の赤い瞳は、常ならばまるで問題にならなかったはずなのだ。


 でも両親にとっては致命的な汚点だった。


 国王陛下はかつて身分の低い王妃を迎えるためにたくさんの謀をした。当時の婚約者に冤罪を着せ、自分に都合の良い物語を役者たちに演じさせた。「真実の愛」故結ばれた国王夫妻。苦言を呈した部下まで左遷して、恨みを買わない方がおかしい。

 貴族たちはここぞとばかりにささやくだろう。

 あんな王だから。

 あんな王妃だから。

 あんな、不吉な子どもがうまれる……。


 この国で「真実の愛」が流行したのは、彼らが率先してそれをした過去があるせいだ。咎めたって、どの口で言うのだと誰もが思う。


「赤い瞳の子どもが、何年か越しに森から戻ってきた。そうしたら目は黒くなっていて……私がいつまでも王太子に指名されないのはそのせいなのでしょう? ふとしたはずみで元の色に戻るかもわからない。不安でしょうね? 王妃殿下。あなたは夫を心から、真実、愛している。けれどその子どものことは、夫をつなぎとめる道具にしか見ておられない」

「やめてちょうだい。お願いよ……」

 すすり泣く姿はあまりにも未熟だ。いつまでも少女のようだなんて、王妃という身分では褒め言葉になりやしない。

「真実の愛、か」

 嘲りを含んだ台詞が広間に響く。


ありがとうございました。次回は23日です。

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