3.おかえし
今回はとても短いです。
どうしたの、怖い顔して。ふふ。久しぶり、ね。それやめなさいって、あたし何度も言ったわね。アサヒが怖がるじゃないって。
きっと、本当のところ、あんたは怖がってて、悲しんだりもしてて、でもあたしたちにそういう感情はなかったから、少しでも顔を歪めたら全部「こわい」って思っていたの。
しょうがないわ。魔女だもの。ヒトの表情なんてわからないわ。獣の笑顔があんたにわかる? 木々の苦しみが聞こえる? 結局ね、あんたはあたしたちの拾いものだわ。この森の生き物じゃない。そうでしょう。目が見えたって、わからないことばかりね。
どうしてって、おかしなこと聞くのね? あなたが望んだことだわ。あたしたちはあなたに約束をした。目が見えるようになったら、あなたもきっとあたしたちを怖がってしまうわ。それは、やっぱり、悲しいんだもの。だから、呼んだって顔なんか出さないわ。もう決めたの。……決めたの。
「あんたの目をもらったわ」
「赤くてきれいな、あたしたちの大好きな目を。見えなくたっていいの」
「あたしたちには目が四つあって、そのうちの二つが見えないくらいどうってことない」
「代わりにあたしとユウヒねえさまの目を片方ずつあげるね」
「ちゃんと見えるようになったでしょう」
「あなたの嫌いな色はなくなって、不便な杖を使わなくてもよくなったわ」
「あたしたち、約束を守ったのよ。望んだとおりになったじゃない」
「あ、あのね。あのね! 求愛の魔女に聞いたの! あなた王子様だったのね?」
「本物のお城に住んで、たくさんの人にいろんなことを命じられるんでしょ。もう自分で薬草を煮込んだり、試しに呑んだりしなくていいのよ」
「よかったわ。よかったのよね? なのに、ねえどうしてかしら」
どうしてこわい顔してるの?
「本当にわからないんですか」
と、拾いものが泣く。
ついつい姿を見せてしまいそうになって、あたしたちはお互いを引っ張って止めた。
「わからないわね」
いみご、と呼ばれたことがある。あたしたちがまだヒトの中に紛れていた頃、この森に捨てられる前のことだ。あたしたちは魔女なので、その頃のこともちゃんと覚えている。ほんとに短い時間だったけれど、あたしたちがヒトでないのだと自覚するには十分だった。
でもこの子はあたしたちとは違うから。
ヒトの形をしてるから。
きっと戻ったってやり直せる。
「送ってあげるわ」
手がかりなんてないって言ったけれど、森はどこまでもあたしたちに優しい。忘れずにいてくれたのだ。珍しいヒトの子がどこからあの泉に紛れ込んだのか、ちゃんと覚えていた。
拾い物に姿が見えないように、気づかれないように樹でくるむ。そのままゆっくり眠らせて、記憶の箱のふたを閉じる。次に目を開いたとき、拾い物の目に映るのはどこかの豪華な天井で、この森の何もかもを忘れているはずだ。
「落とさないようにね」
「やさしく運んで」
もちろん、と木々はこたえる。
ざわざわ葉のこすれる音が遠ざかっていくのを、あたしたちはじっと見つめる。赤と黒の瞳で。
「さようなら」
「さようなら」
陽が昇り、陽が沈む。
赤く染まる魔女の森に、あたしたちの声だけが響く。
ありがとうございました。次回は19日です。