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魔女の拾いもの  作者:
1/9

1.拾いもの

よろしくお願いします。

 呪いのにおいがするわ、といもうとがささやいた。

 人も獣も、まともな生き物はあまり立ち入らない深い森の中。遠目には起伏もほとんどない平野で、とにかく木々が多いこの土地では、どんなに優れた狩人でも方向を失う。

 太陽や月、星なんてものは木々に隠されているし、運良く見えたとしても信じるに値しない。なにせ「魔女の森」だ。あたしたちの気分で朝になり月が陰り雨が降る。木々の居場所さえ変わる。そんな森を迷いなく歩けるのは、あたしたちとお友だちだけだ。

「ねえ、ねえさま、におわない?」

「ええ、ええ。魔女の(まじな)いではないみたいねえ。いもうと」

「珍しいのね。これってヒトの呪いよ?」

 右を歩くいもうとがひらり手を振る。行く先を塞いでいた枝葉が慌てて避ける。

「こんな深いところまで、まあご苦労なことじゃないの」

 左を歩くあたしが地に足をつける。草花がけなげに身をさらす。裸足でも平気なのはこの子達のおかげ。


 この森はちょっと、かなり、過保護なのだ。


 生まれつき風に愛される魔女がいるように、双子の魔女っていうのは、森に育てられるものなのだそうだ。豊穣の巫女だとか現人神だとか、そういう大仰なものとして祀られていた時代もあるらしい。あたしたちは違うけどね。

 なついた狼の頭が三つに増えたり、蛇が虎の尾にくっついたり、泉の守り樹が螺旋に絡み合ってほどけなくなったり。そういうの全部が、この森なりの親愛の印。贈り物ってやつだ。

「ねえさま、ねえさま」

「なによいもうと。ちょっともう、引っ張らないでよ」

 いもうとは贈り物を見つけるのが上手だから、この時も、あたしは口ではいろいろ言いながらいもうとについていった。

「だってほら! 見て! こっちよ! これってヒトかしら。捨てられたのかしら」

 そこであたしたちは、わかるでしょうけど、あんたを見つけたの。

「あらあら。確かに珍しいわねぇ。でも捨てられた? あたしたちみたいに? どうかしら」

「ちがうの?」

「だっていもうと。これ、ヒトの形してるわ。あたしたちとは違うじゃない」

「ほんとね! ふしぎ!」

「違うわよ、いもうと。ふしぎなのはあたしたち。だから捨てられたんでしょ」

 あんたってば、泥まみれで血まみれで、今にも死の国に降りていきそうだったわ。それなのに、あたしたちが上から見下ろしてぎゃあぎゃあ騒ぐんで、ゆっくり目を開けたの。


「目、を」

「まあしゃべったわ! ねえさま!」

「ええそうよ。思い出した?」

「……こんな声がしました。泉の縁で、ぼく」

「ぼく、っていうのね? 自分のこと。あなたあたしたちのお友だちみたいなしゃべり方だわ」

「そうよ。そのうるさいのが、あたしたち。……いもうと。ちょっと静かにしてなさいな。話がちっとも進まないから」

「そうなの? ごめんなさい」


 でも、いもうとが騒いだのも無理ないことだと思うのよ。あたしたち、ヒトってものには本当に縁がなかったものだから。

 それで、そう。あんたは目を開けた。あたしたちは、あんたが森からの贈り物だって確信したの。

「わあきれい!」

「真っ赤ね」

 先に言っておくわね。

 あたしたちは何しろこんなナリだから、常識ってやつを知らないの。それで困ることなんか今までなかったし。

 まあ、今、困ってるけれど。

 だからね、あんたの赤い目が何だか不吉だとか? 縁起が悪いとか? そんなこと知らないのよ本当に。第一それじゃあたしたちはどうなのって話じゃない。とにかくその赤いのがあんまりきれいなんで、あたしたちはあんたを拾ったのよ。


「わかる? わかったらその怖い顔やめてくれない? いもうとが怖がってるじゃない。ていうか、あんたこそもうちょっと怖がるべきだと思うけれどねえ」

「なぜですか?」

「だってあたしたち、こんなでしょう……あら。あんたもしかして」

「ねえねえ、もういいかしら? 怖くないから、かわってよねえさま。あたしも聞きたい!」

「あらあら、はいはい。それじゃあ代わるわ。はい、どうぞ」



 あのね、あのね。

 その目はなんで赤いのかしら? りんごみたいね。美味しそう。生まれたときからその色なの? ふしぎ。だって知らないもの。あたしたちこの森からあんまり出ないの。あたしたちってヒトの形してないんですって。

 あ、やっぱり! 見えないのね。だからあたしたちが怖くないんだわ。そうでしょう。

 じゃあね、それは途中からなのかしら? 見えないのがってことよ。え? だってあなた、目を開けたもの。生まれたときから見えないなら、驚いてもいちいち目を開けたりしないんじゃない? うふふ。当たったわ。ね、あたしだってちょっとは賢いんだから! 見直した? ねえさま。

 でもそしたら、あなたなにか悪いことでもしたの? ヒトの形なのに森に捨てられるなんて、すっごく珍しいわ。それは呪い? それとも毒? それで目が見えなくなったのね。森に置いていかれたのね。大変ね。あたしたちずっとここにいるのに、あなたみたいなのって初めて見たわ。

 ずっとはずっとよ。

 ええっと、そうね。たとえばこの森の全部の木を、あたしたち数えきったの。覚えたの。どこに何の木がいくつあって、そのどこにどんなものが棲んでいるか、全部知ってるのよ。すごいでしょう。ここはあたしとねえさまのお城なの。魔女の森なの。うふふ。

 あら、だめよ。見えない目でどうやってどこに行くの? 魔女に拾われたんだから、あなたは魔女の言うとおりにしなくちゃ。

 う、怖い顔しないでよ……あ、うそうそ! 怖くないよ! だってねえさまがいるもの!

「強がらなくっていいのに」

 ねえさまは優しくなでてくれるけれど、甘えるのはあんまりよくないと思うの。だって双子だもの。ねえさまばっかり頑張って、疲れちゃうなんてよくないわ。

「だって、ねえさま。あたしだって魔女なのよ! 強くてこわーい魔女なの!」

「その割に後ずさりしてるじゃないの」

 うぐぐ。

 でも、本当に怖くないのよ。あなたは森の獣のほとんどより弱いんだし、森はあたしたちの味方だしね。

「さっきは転ばせちゃってごめんなさい」

 あたしは一歩だけあなたに近づいてみた。もちろんねえさまと一緒によ。

「いえ。ぼくが勝手に転んだだけなので……」

 ねえ、あなたは賢いし、本当は気づいているんじゃない?

 あたしはあなたを転ばせたのよ。三つ首のお友だちに引っ張ってもらってね。

 あなたはとてもぼんやりしてた。何も考えていないような顔をしてた。

「それで? あんたどこかに行くつもりなの?」

 ねえさまが訪ねた時だって、うなずいたのは無意識でしょう。ねえさまは言わなかったけれど、あなた、別に目的なんてどこにもないような感じだった。行く当てのない、ってやつ。合ってる? こういう言葉、ちょっと使ってみたかったの。お友だちは、もっと上手にたくさんの言葉で話すんだけどなあ。

「やめときなさいな。あんたこの森から出られるの? どこから来たのかなんて、あたしたちは知らないわよ」

 あなたはそこで初めて、表情が変わった。

「ぼくの上着のポケットに、ハンカチがありませんでしたか?」

 ししゅうがあるはずってあなたが言ったの、覚えてるわ。刺繍って、あれのことなのね。お友だちが時々持ってくる、きれいな糸のかたまり。あたしはわかってるふりをして黙ったんだけど、もしかして気がついてた? だとしたらちょっと恥ずかしいなあ。

「ハンカチ? ぼろぼろだったから捨てたわ。森も『洗った』し、手がかりなんか残っていないと思うけれど」

「森を、あらう?」

「そうよ。地面をこねて、穢れは散らして薄めてしまうの。樹に動いてもらったりするの。草花もはやすのよ」

 あなたの頬が引きつってたのが、面白かったわ。魔女だけしかしないのかな? こういうこと。だから驚いていたのかも。

「でも目が見えないと不便ねえ……そうね。杖をあげるわ。あたしたちが前に使っていたのが、余っていたと思うのよ。どこだったかしらねぇ」

「ねえさま、探すよりもう一度もらったほうが早いんじゃないかしら」

 森はあたしたちに優しいけど、あたしたちから何かをねだることってあんまりしないの。

 だからこの時はね、見えなかったでしょうけど、いろんな樹や草がちょっとずついろんなものを渡してくれたの。どうぞ使ってちょうだいってね。太陽が急に遠くなったの、わからなかった? あなたの頭越しにいろんな枝が伸びてきたのよ。

「ほらできたよ。どうぞ。使ってみて。そうそう、それでゆっくり立ち上がってね」

「あらあら、ちょっと長すぎたみたいね……なぁに? 今の怖い顔はどういう意味?」

「……ぼく、すぐに大きくなりますよ。あなたがたより」

「すぐに大きくなるものなの? ……ああわからないわ。どうして今ので怒りだすのかしら」

 ねえさまが困ってるときってね、眉毛がくしゅってするの。とてもかわいいの。あなたにも見せてあげたいなあ……あ、ううん。やっぱりだめ。ねえさまはあたしのねえさまだから、あなたには見せてあげないわ。ふふふ。

「ねえさまが困るなんて珍しいのね」

「だって本当にわからないもの。ヒトってそういうものだった? すぐに大きくなるような」

「ねえさまが覚えていないのに、あたしが覚えてるわけないじゃない!」

「……自信たっぷりに言うことじゃないと思うのだけれど」

 森って、すごく気まぐれなの。朝が来るのも夜が来るのも、あたしたちが頼んだら変えてくれる。でも時々急に頑固になって、ずっと満月のままだったりもする。だから、ここじゃ時間ってあんまりあてにならない。あたしたちは結構長いことここにいると思うのだけれど、それは嘘で、もしかしたらすごく短いのかもしれない。でもねえさまとあたしが一緒にいることだけは間違いない。

「とにかく、決まりね! あなたは森に捨てられたんだから、森の生き物になったんだわ。それってつまりあたしたちの物ってことよ。いい? ちゃんとごはんを食べてね。毒なんか入ってないんだから! そしたら大きくなってね! え、だって自分で言ったんじゃない。大きくなるんでしょう。明日にはもっと大きくなってね。あたしたちより? ならない? なんで? うう、だから怖い顔しないでってば!」

読んでいただき、ありがとうございました。1日おきに更新します。

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