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本日もよろしくお願いいたします
旅程は非常に順調だった。
宿は快適だったし、野盗や魔獣に襲われる事もなかった。各地の美味しい物を食べたり、風光明媚な場所では観光を楽しんだりしながら、帝都に着くころにはすっかり暖かな春の気候になっていた。
今の帝都は記憶の中にある昔の“王都”よりも発展していて、しかし変わらない部分もある様だ。帝都の風景を感慨深く眺めているうちにレフルミド家の屋敷に到着した。
玄関では侍女や侍従たちが勢ぞろいで出迎えてくれ、長旅を労ってくれた。両親は居間で待っていてくれた。
長兄は領地に移動した。次兄は騎士、下の兄は騎士見習いとして帝城で暮らしており、姉は4人とも嫁いだので、帝都の屋敷に家族は両親しかいない。
「お父様、お母様、お久しぶりでございす。ツェツェアーリただいま帝都の屋敷に参りました」
「ツェツェアーリ、久しいな。もうりっぱな令嬢だな」
「さぁさぁいつまでも立っていないで、ソファーにかけてお話しましょう?」
お互いに簡単な挨拶を交わした後ソファーに腰を下ろすと、侍女がお茶と茶菓子を準備してくれた。
「ツェツェアーリ、元気そうで嬉しいわ。大きくなったわね!急いでお衣装を作らなきゃ。お茶会や夜会の予定がたくさんあるのよ。忙しくなるわ!」
「程ほどにお願いします。社交界で頑張る気はないので」
「何を言ってるの?」
「騎士になりたという気持ちは捨てておりませんので」
「お前、まだそんな事を言ってるのか?侯爵令嬢が騎士になどとんでもない!」
「その発言は現役の女性騎士に対して失礼ですよ?それに私の剣の腕前を見てから決めて頂きたいものです」
「そんな必要は無い!」
父上は取り付く島もなかった。母は、硬い表情で黙っている。
取り合えず、今回は俺の方が引いた。
まだ1戦目だ。最終的に勝てばいいのだ。
居間を後にした俺は侍女が整えてくれた自室に入って、ベッドに飛び込んだ。まずは旅の疲れを取ろう。武具は『収納』の魔術の中だ。武術大会までは隠しておく。見つかって取り上げられたら大変だ。
▲▽▲▽▲▽
翌日から連日、母が呼んだ商人が入れ替わり立ち代わり屋敷を訪れて、俺の為のドレスや靴、装飾品などの見本を大量に持ち込んできた。その中から母の見立てで次々に購入していく。購入と言っても、既製品を買うわけではなく、商品の見本と生地見本から選び、俺の体の採寸をして商人は帰っていく。そして仕立て上げた商品が後日届けられる。母はついでに自分の物も購入していた。
採寸の時、筋肉質な体格や、服で隠れる体の部分の肌と色の違う日焼けした顔と腕、そして剣ダコのある硬い掌を母に見られてしまい、悲鳴を上げられた。
「お母様、眉間の皺が深いです。皺が戻らなくなってしまいますよ?」と言ったら、
「誰のせいだと思ってるのです!? 」と怒鳴られた。理不尽だ。
正直、今の両親は彼らが領地に帰って来る1年に1~2回の数日しか会う事がなかったし、前世の家族の記憶がある俺にとって“親戚のおじさん、おばさん”って位の感覚しかないんだよな。敬うふりはしてるが心から敬う気持ちは持てない。
どちらが悪いと言う事じゃない。仕方がないのだ。
許せ。
俺は夜明け前から裏庭で鍛錬をして、人が活動し始める頃には部屋に戻る。侍女に身支度を手伝われてドレスを身に着けてからは、令嬢としての仮面を被って昼間の生活をこなす。
そんな日々を過ごしている。
衣装が出来上がってくると、早速、母にお茶会に連行された。
貴族たちの上辺だけの世辞の応酬や、腹の探り合いには辟易する。そして、この場に居ない貴族の悪口。やれ「誰それの奥様はドレスが古臭い」だの、やれ「誰それの娘は派手過ぎて下品」だの。「誰と誰が不倫関係だ」だの。
(正直、どーでも良いわ。興味ねーし。表情筋がつりそう。早く帰りてぇ~)
いくつかのお茶会に参加したら、今度は夜会にも連れて行かれた。両親に連れられて年頃の息子がいる貴族と次々と挨拶を交わす。一通りの挨拶が終わったら、今度は殿方に話しかけに行ってこいと背中を押された。
ダンスに誘い誘われ友好を深めて来いと。
あわよくば優良株を引き当ててこいと。
はぁ~。何が嬉しくて男に媚を売らなきゃならんのよ。
無理だな。
前世では、できるだけこう言う場には近づかないようにしていた。アマラと結婚すると心に決めていたからな。
それに近衛以外の騎士団は家格の上下など関係なく団結していて仲が良かったから、貴族的な煩わしさとは無縁だったんだよ。
俺は令嬢にお世辞を言うのも苦手で、と言うか「香水がきつすぎて臭い」とかって失言をよくやらかして同僚の騎士に呆れられたりしたものだ。「嫁にきて貰えねぇぞ!」とかって揶揄われたが、俺にはアマラがいたから関係ねぇ!って思ってた。
けど、アマラとは家の派閥が違っちまって、所属騎士団が違っちまって、戦争が起こっちまって。
“運命”って言葉はあまり好きじゃねぇが、そう言う物に押し流されて引き離されっちまった。
いや、今から思えば「そんなの関係ねぇ!」ってあいつを連れて出奔すれば良かったんだ。だけど当時の俺は貴族の常識や騎士としての責務にがんじがらめになっていて、それに抗う事をしなかった。
それなのに「運命に流された」とか言い訳だな。
完全に壁の模様と化してキラキラの世界を眺めながら、つらつらと前世の思い出に心を飛ばしている間に帰る時間になった様だ。もう少し大人の方々は深夜までお楽しみになるのだろうが、うちの様に子弟が若い家族は早い時間で退席する。
そんな日々の生活を何とかこなして、とうとう武術大会の日を迎えた。武術大会の申し込みは10日ほど前に済ませてある。
父は城内勤務の騎士だ。武術大会出場の予定はないが観戦には行く様だ。兄2人も見に行くだろうが、会場に来るのは恐らく騎士の部の試合からだろう。母や姉達女性は見に行かない。
俺は「帝立図書館で読書する」と言い訳して屋敷を出た。
帝都に来てからこの間、何度か図書館に行って半日がっつり読書をして帰ってくる事を繰り返していた。
これは仕込みだ。最初の頃は何度か母に指示された侍女が私の様子を確認しに来ていた。俺が本気で読書をしているのを見て、読書好きなのだと認識させる事ができた。なので武術大会当日も、疑われずに出かけることができたのだ。
さて、俺はこの大会で上位を目指す。
俺はやれる!
勝てる気しかしねぇ!
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