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本日もよろしくお願いします
俺は医師の安静解禁の許しが出てから、さっそく書庫で歴史書を確認した。
「やっぱ、負けてんじゃねぇか!んで、第一王女殿下が帝国を立ち上げたと。
第一王子殿下はダルベート大陸の南側で国を立ち上げたけど、長く内戦が続いたあと小国に分断されて、事実上第一王子殿下のパミドロル国は崩壊か。
王女殿下に王都を追い出されて南に逃れた護国派と第二王子殿下は、イミペネム国を立国し第二王子が初代王になったが、パミドロル帝国とパミドロル国の板挟みで苦しみ、臣下に裏切られて国を乗っ取られ、イミペネム家は滅亡っと。
ご愁傷様って感じだな。
第二王子が11~12歳の頃に遠目で見かけた位だけど、争いの嫌いそうな、気弱な感じだったよなぁ。俺が生きてた頃でさえ家臣の傀儡だったけど、その後は不要扱いされちゃったか。
で、ここ10年ほどで、昔パミドロル国に滅ぼされた旧レチノール国付近に新レチノール国が立国、台頭してきて小国を併合して勢力拡大中って事か。第一王子殿下のイミペネム国も新レチノール国に取り込まれたか。
今のダルベート大陸はパミドロル帝国と新レチノール国が二大巨頭って状況か・・・俺が死んでから80年ほど経ってるんだな」
(あいつはもう死んでんだろうな・・・約束守れなくてすまねぇな)
「ま、済んだ過去の事をいつまでもウジウジ考えてても仕方がない。これからどうするかを考えなきゃな。
俺は貴族の娘だ。このままでは、いずれ結婚話が来るに違いない。だけど、俺は男を愛するのは無理だと思う。思考は完全に男なんだ。
はぁ~何で、女なんかに生まれ変わったんだよ・・・
幸いなのは、政略結婚の駒としてそれほど期待をかけられていないって事だ。
早いうちに騎士になる道に進むとか、適当なところでさっさと出奔するとかしないとなぁ。
出家して修道院に入るのは無しだ。
帝国は女性騎士の需要はあるんだろうか?」
俺はまだ5歳だ。
急ぐ必要は無い。
とにかく今は、体を鍛えておこう。
それに今世では魔術も真剣に取り組もうと思う。前世では剣技一辺倒だったからな。
▲▽▲▽▲▽
あれから俺は自主鍛錬を始めた。前世の記憶があったって、ガキの剣士ごっこでは勝てても、訓練を積んだ大人に勝てるわけがない。
まず体ができてない。
そして剣と言う物は、大人の剣士でも「3日使わなければ腕が落ちる」と言われる。戦いの勘も鈍る。だから一流の剣士は生涯に渡って日々弛まぬ鍛錬が必要なのだ。
最初は朝早くに軽く走り込みと素振りをやる程度で、昼間は相変わらず悪ガキ7人で遊んでいた。で、夕方は書庫で読書。歴史、地理、貴族名鑑、魔術などを順番に読み漁った。
この様な生活は1年近く続いた。
貴族やその家臣の子弟は8歳位になると、家庭教師や親が付いて、男子は勉学や鍛錬、乗馬そして領地経営の手伝いを、女子は行儀作法などを学ぶようになる。そうなると今までの様に気ままに遊びまわると言う事はできなくなる。
年嵩の子から順に、一人、また一人と遊び友達は減っていき、それに合わせて俺の自主鍛錬の時間は増えていった。
屋敷にはまだ他に自分よりも年下の男の子達がいたが、精神年齢が違い過ぎるし、毎日遊ぶほどは仲良くならなかった。
それでも時間があえば、いつもの7人で遊ぶこともあった。
そしてツェツェアーリも8歳を迎えて家庭教師が付いた。淑女としての立ち居振る舞いや話し方、お茶会の作法、ダンス、裁縫に刺繍、音楽や乗馬などを教えられた。手紙や小説を読める程度に文字も習った
勿論、習わずとも読み書きできる訳だが、初めて習うふりをした。
同じく、男子と共通するような行儀作法や乗馬は問題なかったが、裁縫や刺繍、淑女らしい優雅な立ち居振る舞いやお茶会の作法を習う時間は死んだ魚の眼をしながら受けた。
笑い方は徹底的に矯正された。大口を開けて「わははっ!」と笑ってたら、おちょぼ口で「おほほ・・・」ですわ!と目尻を吊り上げた家庭教師が鞭を振るってくるのだ。
数年にわたる厳しい教育の甲斐あって、気を張っていれば、何とか女子っぽく見せられるようになったと思う。まぁ気を許すと直ぐに股が開いてしまったり、肩で風を切って歩いたり、大口で笑ったりしてしまうのだけど。
しかし、裁縫と刺繍はどうにも上手く行かない。まず柄の選択で間違う。できるだけ手のかからない単純な柄を選びたがる俺に、刺繍の教師は草花とか風景とか人物画とか複雑な物をさせたがる。
次に色選択を間違う。太陽の絵柄に薄い水色の刺繍糸を、森の木々に赤色の刺繍糸を使ってたら、叱られた。だって丁度真夏でさぁ、毎日暑くて暑くて、涼し気な太陽にしたかったんだよ。それに森が全部、緑色って詰まらないかなと思ってさ。
何より、ちまちまちまちま・・・・やってると、思わず髪の毛を搔きむしって「うがぁ~~~~~!」って叫びだしたくなるんだよぉ。
ダンスは前世でもあまり好きじゃなかったけどちゃんと覚えていた。ただし男の側のパートをね。その記憶とごっちゃになってしまって、反対の足を出してしまって相手の足を踏んでしまったり、変に離れてしまったりと中々上手く行かなかった。今はだいぶマシになったけど、それでもちょっとぎこちない。
自由に馬に乗れるようになってからは、時間を見つけてはいつもの7人で馬の遠乗りに出掛けた。馬に乗るのはテムズ兄さんが一番上手かった。12歳やそこらで前世で乗馬の経験がある俺よりも上手いのだ。俺も前世で馬が大好きだったから乗馬には自信がある。でも、テムズ兄さんには乗馬に天賦の才能があるのだろう。
男子は13~15歳になると、小姓や騎士見習いとして本格的に騎士や従者となるための厳しい教育が始まる。テムズ兄さんも14歳で帝都へ旅立って行った。帝城に上がって騎士見習いをするらしい。
因みに長兄のバトゥは騎士になっており、次兄のカラは騎士見習いだ。
家臣の子弟たちも、従者としてそれぞれの父親について行動する様になる。
たまに行っていた馬での遠乗りの時間も無くなって、俺はいよいよ鍛錬に身を入れる様になった。
女子は12歳頃から社交界に出るのだけど、ツェツェアーリは13歳になっても帝都の両親に呼び寄せられる事無く、未だに領地で自由に過ごしていた。あまりにもツェツェアーリに興味が無くて、年齢を忘れてるんじゃないか?
この頃は家庭教師の授業はずいぶん減って、未だに落第な裁縫と刺繍とダンスの授業だけだから午前中で終わる。
なので午後は自由な時間だ。
鍛錬の時間だ。
嫌がる家臣の兵士を説き伏せて剣の訓練を付けてもらっている。
最初は「お嬢に傷を負わせたりなんかしたら、俺の命が危ない」と嫌がっていた兵士も、13歳の女の子に剣の模擬戦で打ち負けてからは、本気で相手してくれるようになった。
実は俺、前世では自分で言うのも何だけど、けっこう強かったんだよな。年に1回行われる騎士の剣技大会でも上位に食い込んだ。3回出場した事があるが、最高で5位だった。本当は優勝も狙えてたんだけど、貴族同士の力関係の色々な事情で勝ちを譲らざるを得なかったんだよな。八百長だよ?仕方がねぇじゃねぇか。それが貴族の仕来りってもんだ。
兎に角、前世の知識と5年間の自主鍛錬でそこそこ腕を上げていた俺は家臣の兵士と肩を並べて鍛錬できる程度には強くなっていた訳だ。
ツェツェアーリの強さに、兵士の「お嬢は剣聖になれるんじゃないですか?」と言うガキと変わらない発言にちょっと笑った。
同時に俺は魔術も頑張った。屋敷の書庫には魔術の鍛錬の為の書物も多くあるし、家臣の中にも魔術に長けた兵士もいるのだ。勿論前世の知識もある。
適性のあった水系統の魔術と風系統の魔術は中級魔術まで習得した。『身体強化』と『障壁』は前世の経験が役立って直ぐに習得できた。
「馬で遠乗りに出掛ける」と言っては、魔獣の出る森に出掛けて、ホーンラビット、ナインテールフォックス、ゴブリンなどの低級魔獣を討伐したりもした。
そうして、14歳になったツェツェアーリは帝都の屋敷の父上に手紙を書いた。
「騎士になりたいから、騎士見習いに上がれるように手配してくれ」と。
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