プロローグ
“おふたりさま~”が途中ですが、新しいお話を始めます
今回は恋愛物、ハピエンです
プロローグからエピローグまで全20話です
お付き合い、宜しくお願いします
貴族の設定などの甘い所は広い心で流して下さい
初春。
空は薄曇り。
馬に乗った老女がゆるやかに続く丘陵地帯を進んでいる。
先ほどまで案内の冒険者が一緒だったが、目的の丘が目視できた時点で帰したので、いまは彼女ひとりだ。
登り続けた先、小規模な花の群生や樹々が生えている変哲のない丘の上まで来て、彼女は馬を降りた。手には唯一の荷物である花束をひとつ。
馬の手綱は結わえもしないでそのまま自由にしてある。老女は開けた方へ20歩ほど歩いて立ち止まった。あと5歩も歩けば崖だ。
彼女の視線の先には、崖の際に建てられた一基の墓があった。
世話をする人もいないのだろうその墓は長く風雨に晒されて、角は丸みを帯び、表面は細かい傷が無数についている。
ゆくりと噛みしめる様に墓に近づき、そして腰を落とした老女は墓石の表面をやさしく撫でる。注意深く見ると、傷にかき消されそうではあるがここに葬られている人物の名が読み取れる。
パトル・ジアゾキシド、22歳没。
墓石を見つめる老女の瞳は愛おしげだ。
視線を墓石の向こうに移すと、くっきりとした山の稜線と、牧草地が見えた。麓の村の者達の物だろうか小さな作業小屋が見える。馬らしき動物が点在していて草を食んでいる。人はいるのかいないのか、小さすぎて目視できない。
「素晴らしい眺望ね、パトル。馬が大好きだった貴方にはぴったりの場所ね」
老女は再び墓に視線を戻した。
そして手に持っていた小ぶりな花束をそっと供えた。
「来るのが遅くなって本当にごめんなさい。中々入国の許可が下りなくて。私、すっかりお婆ちゃんになってしまったわ。こんな皺くちゃでびっくりしたんじゃない?」
墓石に話しかけながら、老女の心にはパトルと庭を駆け回っていた子供の頃の幸せな記憶が蘇っていた。
▲▽▲▽▲▽
パミドロル国の伯爵令嬢であったアマラ・シャルパンティエが初めてパトル・ジアゾキシドと出会ったのは3歳の時、両親に連れられて行ったジアゾキシド男爵家の庭だった。パトルと彼の兄カーンと3人で遊ぶように言われたのだが、カーンはパトルにアマラを早々に押し付けて、自身の友達と出かけて行ってしまった。
パトルは当時5歳だった。彼はちょっと困った様に笑って、アマラと手を繋いでくれて、庭を案内してくれた。男爵家の庭は質素でそれ程広い物ではなかったが、3歳の子供にはちょっとした冒険だった。
当時、シャルパンティエ家とジアゾキシド家はどちらも貴族の派閥は護国派に所属しており、どちらも騎士を多く輩出した家であり、王都の屋敷も隣同士であったため、気が合いよく行き来していた。お陰で、アマラとパトルは何度も一緒に遊んだりお喋りしたりした。馬に乗れるようになってからはふたりで遠乗りにもよく出かけた。
成長し、ふたりとも騎士としての教育を受け始めてからは、剣の技を競う様にもなった。アマラは剣の才能があったので令嬢としてよりも騎士として成長することを望まれたのだ。
アマラはパトルより非力ながらも、受け流す技などを駆使し、パトルに勝つことも少なくなかった。
アマラが勝った時は、パトルは悔しいくせに平気そうな顔をして、「勝ちを譲ったのだ」とか「年下の女性相手に本気を出すわけない」とか言って耳を赤くしていたものだ。
結婚の約束をしたのは14歳頃だったと思う。ジアゾキシド家の屋敷の庭の池の畔でお喋りしていた時だ。
「男より剣の腕の立つ女なんか嫁の貰い手がないかも知れないぞ?」
と憎まれ口を叩いたパトルが、そっぽを向いて耳を真っ赤にして言葉を繋いだ。
「仕方がないから、俺が嫁に貰ってやるよ」
アマラはただ、「うん」としか答えられなかった。
嬉しすぎて、それ以上の言葉を口にしたら涙がこぼれ落ちそうだったからだ。
両家の両親もアマラとパトルが成人したら婚約をさせようと、口約束ではあるが話していた様だった。
ふたりの状況が変わったのはそれから僅か半年後の事だった。
シャルパンティエ家が護国派から第一王女派に転向したのだ。
パミドロルの貴族は護国派、第一王子派、第一王女派、日和見派に分かれていた。第一王子は成人直前であったが放蕩者で性格も横暴。未来の王として相応しいとは言い難い人物であった。対して、第一王女は13歳だったが聡明で、清貧。自愛の心を持ち、臣下や国民にも人気の高い人物だった。
第一王子と第一王女の実母は既にお隠れになっていた。新しく就いた王妃は自身の生んだ第二王子を後継者にと強く望んでいたが、王子はまだ5歳であった。王が第一王子を王太子に中々指名しないのも、これが原因であった。
護国派はあくまでも、王の決断を待つ姿勢を示していたが、第一王女派は女王の誕生を願う様になる。
派閥の違う貴族同士で対立が起き、アマラとパトルも気軽に会うことができなくなってしまった。父のお供で登城するときにたまたま遠目に見かけると言う程度であった。しかしふたりが騎士見習いになって、騎士寮に入った事でまた会えるようになる。派閥の人に見られて両親にバラされない様に人目を忍んでの逢瀬だったが、幸せだった。
第一王女が成人する頃になっても王は決断できなかった。派閥の違う貴族同士の対立が徐々に激化してゆき、不穏な空気が王城を覆う様になる頃、アマラは第一王女付の近衛騎士に配属された。パトルは第四騎士団に配属されて、王都周辺の治安に当たるようになる。再びアマラはパトルに会えなくなってしまった。
そんな状況が1年ほど続いた頃、それは起こった。
第一王子が自分を立太子させるように王に迫り、諫められると王を剣で刺し殺し、自らが国王になると宣言した。第一王子は同時に私兵を第一王女暗殺のために差し向けていたが、第一王女は素早く王都を脱出し、自身の軍を立ち上げた。その対応は素早く、恐らく第一王子の動きを掴んでいて予め準備していたものと思われた。
王妃に指示された護国派の貴族と近衛兵士は、国王を殺害した謀反の罪で第一王子を捕らえて牢に入れた。しかし第一王子は派閥の手の者によって牢を破って逃げて王都を脱出し、こちらも軍事蜂起した。
そうしてこの軍事蜂起は内戦へと発展してゆく。
王妃と護国派は第二王子を担ぎ上げ、パミドロル国の正当性を主張し、王都を守る事に固執した。軍は近衛騎士と王都内の治安維持を行う第三騎士団、王都周辺の治安維持を行う第四騎士団と派閥貴族の私兵が付いた。
第一王子は我こそがパミドロルの正当な後継者として、王都の南側で新生パミドロル国の建国を宣言した。私兵と南の国境警備を担う第七騎士団、パミドロルの南方に領地を持つ貴族達の私兵を自軍とし、パミドロルの南に隣接する2つの小国レチノールとエタノルとも手を組んだ。
それらに対し、第一王女派は王都よりも北側に陣取った。第一王女は、第一王子を「父親殺し」と不当性を非難し、その王子の反逆を許してしまった護国派をも治世能力無しと非難。そして王妃が貴族を優遇して国民を顧みず、贅沢三昧の生活をしていたとしてこれを強く非難した。そして我こそが国を立て直すのに相応しいと主張した。
軍は最精鋭の第一騎士団と騎兵を中心とした第二騎士団、北の国境警備を担う第五騎士団、東の国境警備を担う第六騎士団と派閥貴族の私兵に加え、北の隣国アルギル、東の隣国プリルベン、ラミプルとも手を組んだ。
アマナは第一王女の護衛として王女に付いていった。シャルパンティエ家も私兵を招集して第一王女に合流した。領地は王都よりも北方にあり、地理的にも好都合であった。
パトルは第四騎士団でありジアゾキシド家も護国派であるので、王都に残った。
こうしてアマナとパトルは敵味方に引き裂かれてしまったのだった。
▲▽▲▽▲▽
内戦は第一王女軍の圧勝に終わった。王都の南に栄える第二都市クロピドから北側、ダルベート大陸のほぼ半分を手に入れ、内戦勃発後から5年目の年にパミドロル帝国を樹立。自ら初代女帝に着いた。
護国派と第二王子軍は北からの第一王女軍の攻撃に王都を守り切れず、南へ逃れる様に進軍し、第一王子派を更に南へと退けたが、元の国土の1/7程度の地域を手に入れるに留まった。
第一王子派は護国派に惨敗して南に押されたあと、内輪もめを起こし、更なる内戦へと発展した。この内戦は10年ほど続いた。
結局、ダルベート大陸の南半分は10ほどの小国に分裂し、大きな戦争は収まった。収まったが、小競り合いは続き、国境線が幾度も塗り替えられた。
アマナはパトルに会いに行きたかったが、不安定な情勢の南方諸国に行く事は叶わなかった。そして父の決めた相手と結婚した。政略結婚だったが、夫は穏やかな人でアマナを大切にしてくれた。子宝にも恵まれ、今や孫、玄孫も大勢いる。
それなりに幸せな人生だったと思う。
しかし、「でも、」と思うのだ。パトルとの結婚の約束が未だに忘れられない。彼と共に幸せになりたかった。彼だけを愛したかった。
▲▽▲▽▲▽
アマナは先月77歳になり家族に誕生日を祝ってもらった数日後、出先で気を失って倒れた。そして医者の見立てで自身に残された時間がもうあまり長くない事を知った。大規模な内戦が終結してから45年が経っていた。
アマナは家族に内緒で南方へ旅立った。辛い体に鞭打って、1ヶ月程をかけて方々を探し歩き、漸くこの地へやって来た。そしてパトルの死を知り、墓参りに訪れたのだった。彼女の体はもうボロボロだった。
アマナはパトルの墓のそばで横になった。
彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
「私がもし男だったら、もっと早くにあなたを迎えに行けたのかしらね。
あ、でもそしたら男同士だから結婚は無理だったわね。
そうしたら、親友になってたわね。
ふたりで冒険者にでもなって気ままに旅したら楽しかったかしら」
優しい風が吹き抜けてアマナの髪を揺らした。
風は優しすぎて流れ落ちる涙を乾かすには足りなかった。
「パトル、何で迎えに来てくれなかったの?私待ってたのに」
瞳から溢れた涙がこめかみを通って、髪を濡らしたあと地面にパタパタと落ちる。
「でも、無理だったわよね。あんな大きな時代のうねりに逆らうには、私たちはあまりにも無力だったわ」
止めどなくパタパタと涙は零れ落ちた。
「ずっと昔のパミドロル国の王弟妃が、前世持ちだって言ってたって噂、知ってる?
もしそれが本当なら、私たち来世で出会えるかしら?
そうしたら、今度こそあなたを離さないわ」
翌朝、崖近くの墓の傍に老女の遺体が横たわっていた。
彼女の遺体は誰にも発見される事なく、不思議と魔獣に荒らされる事もなく、そのままゆっくりと朽ち果てていった。
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