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再び、エクサの小さな背中を見失わないように歩く。エクサの歩みが速くなったのは、日が落ちかけている所為だろうか、それとも先程の話で苛立っている所為だろうか? 自分の心に押し寄せる小波に、玄理は思わず首を横に振った。その時。一瞬、エクサの背が見えなくなる。光の所為だろうか? 玄理は無意識に目を瞬かせた。次の瞬間。
「なっ!」
人通りの絶えた小路に、戸惑うエクサの声が響く。蹌踉めいたエクサの黒いローブの左脇腹部分が濡れているのを認め、玄理はその場に立ち尽くした。玄理と、横の壁に沿ってずるずるとその身を地面に沈めるエクサの前にあるのは、冷たい色をした瞳。その茶色の瞳にも、少女と見紛いそうな丸い顔にも、肩まで垂れた灰茶色の髪にも、そして小柄で敏捷そうな身体にも、確かに、見覚えがある。
「禎理さん」
小さい声しか、出て来ない。立ち尽くす玄理には構わず、禎理は、脇腹を押さえてよろよろと立ち上がったエクサの方へ、血の滴る短刀を向けた。その短刀が、目にも止まらぬ速さで今度はエクサの左肩を貫く。とにかく、止めなければ。息を吸って我に返った玄理は、一度止めた息を吐き出すなり、再び短刀を構えた禎理を、その短刀がエクサの無防備な胸を貫く前に横へ突き飛ばした。
禎理の手から落ちた短刀が、石畳に当たってカラカラと音を立てる。横様に倒れ、身動きしない禎理の身体を、玄理は呆然と見詰めていた。禎理が、友人であるはずのエクサを襲った。そして今、禎理の身体は、冷たい石畳にくったりと倒れている。
ぎくしゃくと身体を動かし、微動だにもしない禎理の横に膝をつく。抱き上げた禎理の身体は冷たく、黄昏の光でも分かるほどに血の気の無い顔色をしていた。生きた人間では、絶対に無い。少し痩けているように思える禎理の頬を、玄理はそっと、撫でた。次の瞬間。強い力が、禎理の身体を玄理から引き剥がす。突き飛ばされ石壁に激突した玄理の身体を、一拍遅れて打撲の痛みが貫いた。
「玄理!」
自らの回復魔法で怪我を治したらしいエクサの叫び声が、耳を打つ。顔を上げると、ぐったりとした禎理の身体を担いだ、禎理よりも一回り大きい影が、玄理の瞳に映った。その影の顔は、無表情の白い仮面に隠されている。
「禎理さん!」
玄理が腰を上げるより早く、仮面を身につけたその影は禎理を担いだまま路地裏に消える。後に残ったのは、呆然とする玄理。
「あれは、……禎理」
玄理と同じように呆然としたエクサの言葉に、頷く。
すっかり日が落ち、辺りが薄闇に包まれても、玄理は、禎理と、禎理の身体を背負った仮面の男が消えた路地裏を見詰めていた。