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明日の風に・中世追憶編  作者: 風城国子智
第一章 遺されたもの
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1-5

 日が傾きかけた天楚てんその通りを、大円たいえんに案内される形で歩く。かつて禎理ていりが言っていた通り、天楚市の石畳の道は大通りも脇の小路も清潔で、その日に落ちたのであろうまだ誰も踏んでいないゴミの他には落ちているものは無かった。そのゴミも朝早く、道の周りに住居を持っている人々が掃除をする。出てきた廃棄物は全て天楚市の外へ運ばれ、使えるものは全て使われて天楚に戻ってくる。天楚市に住むものは皆、天楚を大切に思っている。自慢げに、大円はそう、呟いた。……禎理と同じように。


「禎理の死の理由は、俺も知らない」


 玄理げんり達の方を見ずに、ぽつりぽつりと大円が言葉を紡ぐ。


「俺が知っているのは、禎理が蛇神の森で死んだことと、その禎理が何故か今、天楚の冒険者や貴族達に攻撃を仕掛けていること、だけだ」


 静かだが、悲痛に満ちた大円の声を、玄理は押し黙ったまま聞いていた。


 大円が、天楚の大貴族の一人であり、天楚でも一、二を争う武術道場における禎理の後輩だった六角ろっかく須臾(しゅゆ)から、禎理が死んだことを聞いたのは、春先のこと。先の冬、禎理は王を弑逆しようとした罪を着せられた。その禎理を、大円は三叉さんさ亭の主人六徳(りっとく)の指示で天楚第二の都市華琿(かぐん))に逃がした。その華琿市で、禎理は王を暗殺しようとした実際の犯人である、禎理自身に良く似た女性を見つけ、その女性が禎理の仲間を殺そうとしたが故に刺し殺した。その後誰にも理由を告げることなく行方を暗ましてしまった禎理を、須臾は禎理の友人達と共に探し、そして天楚の西方に広がる蛇神の森の奥深くで、倒れている禎理を見つけた。見つけたときには既に、禎理は息絶えていたという。その禎理の亡骸を、須臾は一緒に禎理を探していた禎理の友人達と共に森の中に埋めた。それが、大円が須臾から聞いた全て。そして、春が夏に変わる頃、禎理が天楚市内にいる冒険者を傷付けて回っているという噂が広がった。抵抗する間もなく殺された者も、抵抗して命は助かったものの冒険者として働くことができなくなってしまった者もいる。そして襲われた全ての者が、加害者は禎理に似ていたと、天楚市の治安を預かる平騎士達に告げた。そして。初夏のある日、多くの人々が歩いている天楚の大通りで、天楚市の真ん中にある広場に毎日立つ市を見回っていた天楚の貴族、因帰いんき伯が殺された。殺害者は、白昼堂々顔を晒し、気配を無くして因帰伯の前に立つと、手にした鋭利な短刀で躊躇い無く、老人である因帰伯の嗄れた喉を切り裂き、そして返り血を浴びた凄惨な姿で風のように去って行ったという。因帰伯を殺した者の顔を見た者は皆、因帰伯を殺したのは禎理だったと言っている。それに。短刀を使いこなす鮮やかな手並みは確かに、禎理のものだ。冒険者達が被った傷と、因帰伯の致命傷を見た大円ははっきりとそう、思った。


「しかし、俺は」


 そこで大円は言葉を中断する。


「禎理があそこまで非情だとは思えない」


 禎理の武術の腕は、ならず者に囲まれた禎理がその度に短剣を振るって危機を脱したところを何度も見ている大円にはよく分かっている。しかし禎理は、他人や天楚を守るときにしか短剣を抜かなかった。それも、大円の記憶だ。なのに何故、今、禎理は情け容赦無くそして理不尽に、他人の命を奪っているのか? その理由が分からない。大円は独り言のようにそう、玄理達に呟いた。


「三叉亭に居る、禎理の友人なら、分かるかもしれない」


 天楚の広場の脇を少しだけ通り、小さな運河に掛かる階段状の橋を渡りながら、大円が呟く。玄理の視界に、運河の脇でゆらゆらと揺れる柳の姿が映った。おそらくあれが、禎理が話していた町の目印である柳の木。そしてこれから行くところは、天楚の歓楽街、一柳町。その町の隅にある、食事が美味しい三叉亭という冒険者宿で冒険者としての仕事を引き受けていると、禎理は玄理に話していた。

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