断章-9
エクサの指示に従って、開理と憶都は神殿国家フビニ帝国の神官に身をやつし、エクサが修行したというフビニの首都、エルミの丘へ向かうことになった。フビニは昔から、亡命する各国の貴族達を理由を問わずに預かっている。エクサを見出し、そして禎理が一冬だけ仕えたエルミの神官ボルツァーノの許に行けば、彼が匿ってくれる。エクサの言葉に、開理も憶都も頷く他無かった。天楚では、二人は死人のうちに数えられている。何時までもエクサの庇護下に、天楚の国にいるわけにはいかないことは、理解していた。
そして。
「ついでだから、禎理と同じ経路で行けばいいさ」
禎理よりは下手かもしれないが、もうすぐ十六になるのだから、二人なら助け合って旅をするくらいはできるだろう。エクサの言葉に、憶都が微笑むのを、開理は止めることができなかった。
だから。禎理が大陸を一周したのと同じ経路で、フビニに向かう。まず北へ向かい、直和の港で船に乗って北西にある港、リーマンへ向かう。禎理が乗ったという貨物船『無限号』は今も現役で長航路を走っていたし、船長ダインも副船長エルグも現役で働いていた。リーマン近くにある森でひっそりと暮らしている森人には逢えなかったけれども、大陸西側を南下して、禎理が時折話してくれた街や遺跡の幾つかを見ることはできた。小柄な二人連れと侮った盗賊に囲まれることもあったし、道に迷って寒い空気の中で惨めに野宿することもあった。それでも、禎理が話してくれた冒険譚そのままの場所を、憶都と共に旅することが、開理にとっては嬉しかった。
その幸せが、ずっと続けば、良かったのに。
フビニ帝国に近づく頃から、憶都がおかしな咳をするようになった。
「大丈夫ですか?」
開理の問いに、憶都は静かに笑って首を横に振る。しかし憶都の具合がかなり悪いことは、その顔色からすぐに分かる。身体の弱い憶都に、無理をさせた。早く、エルミの丘に辿り着かなければ。焦りのままに、開理は憶都の熱い身体を背負った。
と。
「やっとここまで来たか」
焦りを含んだ、それでも冷静な声に、顔を上げる。開理の目の前には、エクサと同じ黒色のローブに身を包んだ、艶やかな黒髪の青年がいた。
「遅かったな」
そう言いながら、青年は開理の背からぐったりとした憶都の身体を抱き取る。彼がおそらく、エクサが話していたエルミの丘の幽霊神官ボルツァーノ。華奢な憶都の身体を軽々と運ぶボルツァーノの後ろを歩きながら、開理の背は際限無く、震えていた。
「……ごめんね。黙っていて」
柔らかなベッドに横たわる憶都の小さな声に、静かに頷く。
天楚で助けられた時にエクサに指摘されて、憶都は自身の不治の病を知っていた。病気のことを、開理に黙っていたのは、一緒に楽しく旅をしたかったから。消え入りそうな声の告白に、開理はただ静かに、頷き続けた。憶都の気持ちは、分かる。開理が憶都だったら、開理も憶都と同じ思考を辿り、同じ結論に達しただろう。だから、悔しさも悲しさも無く、開理はただただ、憶都の声に耳を傾けた。
次の季節がやってくる頃、エルミの丘にあるボルツァーノの学寮で、憶都は静かに息を引き取った。
悲しかった。だが、後悔だけは、無い。憶都が、開理の唯一人の友人であった憶都が幸せなら、それで良い。それが、開理の偽らざる感情だった。




