断章-6
「……陛下の、具合は?」
その言葉と共に差し出されたのは、天楚の市で売られていたものらしい朝露が付いた果物の入った籠。憶都の見舞いに来た、叔父である五次からその籠を受け取ってから、開理は五次に向かって首を横に振った。
「そうか」
顔を上げると、らしくなく唇を歪めた五次の顔が見える。
「やはり、襲撃のことが、堪えているんだな」
小さく呟かれた五次の言葉に、開理はこくんと頷いて俯いた。
王宮内の礼拝所で何者かに襲われ、憶都と開理が九死に一生を得てから一つの季節が過ぎようとしていた。襲撃の日から、微熱が続く憶都は王宮内の自室で床についていた。憶都が寝付いている原因は、おそらく、襲撃者の黒幕が貴族達であり、その黒幕が王の近親者である天楚の高位の貴族の一人、華琿公だと推測されること。そしてもう一つは、憶都が子供の頃から周囲にいて、憶都とも開理とも仲が良かった小姓達が、開理を除いて全て殺されてしまったこと。近親者であり信頼していたはずの者に命を狙われた上に、大切な仲間達は惨殺された。憶都の怯えはどれほどのものか。
「僕から離れないで。ずっと傍に居て」
目覚めている間、憶都は常に、部屋の中で憶都の世話をする開理を探すように瞳をきょろきょろさせている。信頼している者に裏切られたことで疑い深くもなっているようだ。毒を警戒してか、食事を殆ど摂らなくなってしまっている。口にするのは、開理の父である須臾や叔父である五次が時折持ってくる果物と、憶都の乳母が作る粥と菓子のみ。そして、開理が食事の毒味をすることも、厭がる。憶都は、大丈夫だろうか? 寝室に残した憶都のことが気になり、開理はそわそわと憶都の寝室の方を振り向いた。
その開理の様子に、五次も何か気付いたらしい。憶都の、王としての職務は、開理の父である六角公須臾が中心となって行っている。その点は心配要らないから、憶都がすっかり良くなるまで開理は憶都の傍にいなさい。五次の言葉に、開理は当たり前だと言わんばかりに強く頷いた。
果物の籠を持ったまま、音を立てずに憶都の部屋に入る。耳に入ってきた安らかな寝息に、開理はほっと胸を撫で下ろした。薄暗がりで見る憶都の顔色は、襲撃後に熱を出して倒れた頃よりも随分良くなっているように見える。これならば、政務を執ることはまだ無理だとしても、もうすぐ外に出ることができるくらい回復するだろう。憶都が歩けるようになったら、昔のようにまた一緒に王宮を抜け出して、禎理が冒険者登録をしていた冒険者宿三叉亭に行こう。三叉亭の主人六徳が作るシチューを食べて、冒険者から禎理の話を聞けば、憶都もきっとまた元気を取り戻す。そう思いながら、開理は籠を持ったまま憶都の部屋を出、中庭の周りに設えられた回廊を通って乳母が菓子を作る台所へ籠を持って行った。
「丁度良かった。お菓子が焼けたから持って行ってちょうだい」
籠と引き替えに、まだ温かいビスケットがたくさん乗せられた皿を渡される。憶都はまだ目覚めないと思うが、とにかく皿は部屋まで持って行こう。開理は来た道を引き返した。
と。らしくなくバランスを崩し、皿のビスケットを一つ回廊に落としてしまう。憶都に仕えていた小姓の一人が飼っていた犬が早速、開理が落としたそのビスケットを好機とばかりに飲み込んだ。次の瞬間。ビスケットを食べた犬が、口から泡を吹いて地面に倒れる。戸惑いの感情が開理の頭に達するより先に、開理の身体は強い力に押され、中庭の地面に倒れた。
「なっ」
倒れる時に頭を打ったらしく、もうろうとする視界に映ったのは、開理の上に馬乗りになる憶都の乳母の姿。そういえば、この乳母の息子も、憶都に仕えていて、そしてあの襲撃で殺された。そのことを開理が思い出したのは、乳母の冷たい手が開理の首に掛かった時。
「何故、私の息子が死んで、貴方が生き残っているの!」
悲痛な叫び声が、開理の耳を引っぱたく。息苦しさを感じる前に、開理の意識はゆっくりと闇に染まっていった。だが。不意に、首の圧迫が消える。僅かに目を開けると、手で顔を覆って肩を震わせる乳母の姿が、開理の傍に見えた。
「そうね。貴方が死んでも、息子は帰ってこない。憶都王を、殺しても」
乳母の悲しみが映ったのか、開理の頬を涙が流れるのが分かる。いつの間にか、開理は自身の意識を手放していた。




