1-3
列は長かったが、それでも程無く、玄理も累も城門横に設えられた木組みの小屋の中に案内される。
「神官か」
小屋の中、長机を玄理の肩の高さぐらいの衝立で小さく仕切って作られたブースの中にある丸椅子に腰掛けると、机の向こうに居た革鎧の男性が玄理をちらりとだけ見た。
「なら共通語は読めるな」
天楚の王、活破七世よりこの天楚市の治安を預かっている平騎士だと誇らしげに名乗ってから、男は玄理の方へ羊皮紙を一枚押しやる。大陸のほぼ全域で通用する共通語で書かれた、申請書のようなものを、玄理は机の上に置かれていたインク瓶に刺さっていた毛羽だった羽根ペンで丁寧に埋めていった。
「それは、嶺家文字か?」
羊皮紙の上に玄理が書いた文字に、平騎士の男が目を見張る。
「お前フビニの神官だろ。なんで嶺家文字が書けるんだ」
「名前だけです」
驚いた調子で尋ねられて、玄理は少しだけ微笑んだ。玄理の名前を、禎理は共通語ではなく、大昔にこの大陸を支配していた伝説の一族嶺家が作り出したとされる『嶺家文字』を使って名付けた。禎理が居なくなっても禎理を思い出してくれるような名前を、おそらく禎理は付けたかったのだろう。玄理はそう、理解していた。
「珍しいな」
嶺家文字を使った名前を持っているのは、天楚やその周辺に住んでいる者くらいだと思っていた。平騎士の男の言葉にはっとする。禎理は、おそらく、禎理自身が大切に思っている天楚と、同じく禎理が大切にしている文字のことを玄理に知っていて欲しかったのだろう。心が温かくなったように感じ、玄理はもう一度、微笑んだ。もう少しで、禎理に、玄理を救ってくれた恩人に、逢うことができる。温かい想いを胸に、玄理は書き終わった羊皮紙を男に戻した。
と。
「そんな、嘘よ!」
隣からの叫び声に、はっと顔を上げる。立ち上がった累の、短い銀色の髪が、玄理の隣の衝立の向こうに揺れていた。そして。
「禎理さん、死んでしまったなんて」
累が叫んだ言葉に、思考が止まる。
「冒険者や貴族を暗殺して回ってるなんて、そんなの、嘘に決まってるわ!」
テーブルを叩いて叫び続ける累の声を、玄理はただ呆然と、聞いていた。