断章-5
それは、開理と憶都が十五になった、年のこと。
いつもの通り、朝食の前に、王である憶都は幼い頃から王の傍に付き従っている小姓達全員を連れ、天楚の安寧を祈る為に王宮内の礼拝所に向かう。
古代の魔法国家嶺家帝国の後継を自称する天楚だから、礼拝所に祭られた神も、他の地域では異端とされることが多い十三神。しかし信教の自由を保障する天楚では、そのようなことは関係無い。だからその日も、憶都は質素な礼拝所で十三神を拝し、憶都の後ろで開理も冷たい床に跪いた。次の瞬間。鋭い気配に、顔を上げる前に目の前の憶都を地面に引き倒す。王を庇った開理の背中を、鋭い気配が掠めた。
「王の御前に、何の用だ!」
王を守る小姓頭である、憶都の乳母の息子の罵声が、空気を切り裂く。顔を上げると、目だけを見せる頭巾で顔を覆った、不気味な雰囲気を纏う男達が開理達を包囲しているのが見えた。彼らの手にあるのは、鋭利な刃。その刃の一つが、開理の横に居た小姓の一人を切り裂くのを、開理は呆然と見詰めていた。とにかく、憶都を守らなければ。息を吐いて気持ちを切り替えながら、憶都の背を傍らの祭壇に押し付ける。大きく目を見開いた憶都に背を向けると、開理は降ってきた刃を腰の剣で留めた。しかし力の差があるのか、頭の上で留めた刃がじわじわと自分の方へと降りてくる。とにかく、敵を憶都から離さないと。開理は足に力を込め、眼前に迫った刃を精一杯の力で跳ね返し、そして手の中の剣で目の前の影を素早く薙いだ。血の匂いと開けた視界が、敵を屠ったことを開理に告げる。だが、立っている味方が少ないことに開理が愕然とするより早く、次の刃が開理の横と上から現れた。二方向を一度に留めることはできない。脇腹に走った鋭い痛みに、開理は思わず呻いて身を捩った。
「開理!」
憶都の叫び声が、耳を打つ。開理が身を捩ってしまった所為で、憶都の方へ敵の刃が向かってしまっている。祭壇に刺さった槍の穂先と、それを避けて尻餅をついた憶都の姿を確かめる前に、今度は上と左右から鋭い光が迫ってきた。ダメだ。留められない。憶都を庇うように両腕を広げ、目を閉じる。だが、予想していた痛みは、来なかった。そして。そろそろと目を開けて、あっと声をあげる。開理の左右にいたのは、腕を切られ、床に倒れて呻く敵の姿。そして、開理の眼前で、開理の腰に有ったはずの禎理の短剣を使って死の刃を留めているのは。
「禎理」
目の前にある、見慣れた小柄な背中に、小さく叫ぶ。禎理は開理の方を向いて少しだけ笑うと、短剣を大きく振って開理達から敵を引き剥がした。引き剥がしたその敵に一瞬で肉薄し、手の中の短剣で敵の喉を切り裂く。怜悧で無駄の無い、禎理の剣技は、開理がこれまで目にしたことの無いものだった。その剣技で、禎理は全ての敵を屠る。そして。静寂を取り戻した空間で、禎理は開理の方を振り向き、血に濡れた短剣を開理の手に返すと、次の瞬間には風のように消え失せていた。
名付け親である禎理からの、名付け子である開理と憶都への贈り物は、その生命。
そのことに開理が気付いたのは、異変を感じて礼拝堂へと駆けつけた五次と須臾が絶句する姿を見た時だった。




