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明日の風に・中世追憶編  作者: 風城国子智
断章 その、物語
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断章-3

 王宮の中にやっと見つけた、小さな子供なら楽に隠れることができる空間に身を潜め、ほっと息を吐く。


 七つになった開理かいりが王宮に上がり、同い年の王子である憶都おくとの小姓として王宮に寝起きするようになってから、一つの季節が過ぎようとしている。しかし、王宮の暮らしに、何故か慣れることができない。王宮は、ずっと暮らしていた六角公の屋敷と殆ど変わらないはずのに、何故だろう? 自分が情けなくなり、開理は薄暗く冷たい空間に膝を抱えて座り込んだ。


 いや、王宮に馴染めない理由は、分かっている。天楚てんそ活破(かつは)七世の唯一の息子、憶都は、身体が弱い為か勉学を好み、そして退屈な講義の後に乳母や他の小姓達が記憶のままに話す古今東西の物語が大好きな少年だった。物語が好きなだけなら、開理も馴染むことができたはずだ。だが、憶都が好む物語に、禎理ていりが天楚市やその周辺で『やらかした』冒険譚が含まれている。それが、開理がこの場所に馴染むことができない、唯一の理由。禎理の物語なんて、聞きたくない。禎理を「嘘つき」と罵ってしまった自分には、禎理の冒険譚を、聞く資格は無い。それが、開理の偽らざる思い。泣き言を言えば、父や母に叱られるだろう。それでも、父や母に泣きついて王宮から下がりたい。自らを責める幻覚の声で、開理は自分の心を傷付け続けていた。


 と。


「見つけた」


 涼やかな声に、はっとして顔を上げる。涙で曇った開理の視界にいたのは、主君である王子、憶都。誰にも見つからないと思っていた場所なのに。開理は足を動かし、薄暗い隅の更に片隅に、自分の身を隠した。


 その開理の横が、不意に温かくなる。横を向くと、憶都が開理と同じように薄暗い空間に腰を下ろしたのが、見えた。王である活破七世に似た、黄金の髪が、開理の視界で踊る。王子であり、主君でもある憶都のことが眩しすぎて、開理は再び憶都から瞳を逸らし、俯いた。


「お父さんやお母さんに会えないから、淋しいの?」


 憶都の問いに、首を強く横に振る。開理が泣く理由は、ホームシックの所為でも、誰かに苛められた所為でも、横に居る憶都が嫌いな所為でも無い。ただ、禎理に酷いことを言ってしまった悔恨の所為。


「僕は、開理が僕の小姓になってくれるのを、楽しみに待ってたのに」


 小さく呟かれた、憶都の言葉に、心が沈む。自分は、名付け親である禎理を心無い言葉で罵ってしまった自分には、この心優しい主君に仕える資格なんて、無い。小さな棘が胸を刺したように感じ、開理は憶都から目を逸らした。だが。


「開理は、僕と同じ名付け親を持ってるって、母上がおっしゃってたから」


 続いて聞こえてきた言葉に、はっとして憶都を見詰める。憶都の名付け親は、確か憶都の母である王妃の父だと聞いている。


「それは、『建前』だって、母上が」


 開理に向かって微笑む憶都が、開理の気持ちを穏やかにさせる。憶都が産まれる前に三度、産まれたばかりの息子を亡くした王妃は、流浪の魔術師の占いに従い、守護する神が居ない呪われた夜である『風の日の夜』に天楚市を彷徨い、最初に出会った、丁度夜警をしていた禎理に産まれたばかりの赤ん坊の名付けを依頼した。そして禎理は、赤ん坊に、初代の天楚王を守護し、二代目の天楚王となった者と同じ名を付けた。それが、憶都。


「その時の羊皮紙も持ってるよ」


 見せてあげる。立ち上がって差し出した、憶都の小さな手を、そっと握る。初めて握った憶都の手は、禎理と同じくらい柔らかく、そして温かかった。


 その温かさに誘われるまま、憶都の寝室へと向かう。ベッド側に置かれていた小さな箱を、憶都は開理に差し出した。


「開けてみて」


 言われるままに、おずおずと小箱を開く。中に入っていたのは、羊皮紙の切れ端。その羊皮紙に書かれていたのは、確かに、禎理の筆跡で書かれた嶺家文字。禎理は、古代の魔法文字である嶺家文字を誰よりも詳しく知っていた。そのことを思い出し、開理の頬を涙が流れ落ちた。


「ね」


 その開理の横で、憶都が微笑む。名付け親である禎理のことを、きちんと知りたい。それが、憶都が禎理の冒険譚を好む理由。そして。


「父も禎理も、天楚を大切に思っている。その意志を、継ぎたいんだ」


 もし良かったら、開理にも、その手伝いをして欲しい。優しく響く憶都の言葉に、開理は涙を堪える為に俯いた。


「わ、私は」


 言葉が、溢れる。


「禎理の、あの人の、名付け子を、名乗る、資格、なんて」


 そのまま、開理は憶都に、あの日口にした言葉を告白した。


 次の瞬間。ふわりと、開理の全身が温かいものに包まれる。憶都の、腕だ。顔を上げると、憶都の優しげな微笑みが、開理の心を少しだけ軽くした。




 あの時、禎理を罵った罪は、消えることは無いだろう。でも、禎理と同じように天楚を心から大切に思い、守ろうとしている憶都を守ることができれば、罪は軽くなるだろうか。再び何処かで巡り会った時に、禎理は開理にあの、少し戸惑ったような優しい微笑みを返してくれるだろうか。




 禎理が天楚と、其処に暮らす人々を守り続けたようにはいかないかもしれない。でも憶都を守ることなら、開理にもできる。その想いと共に成長した開理が、文武に優れた美丈夫だと噂されるようになるまでには、長い時間は掛からなかった。

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