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薄い暗闇に、複数の蝋燭の炎が揺らめくのが見える。その揺らめきの中に横たわる、青色のマントを、玄理はただ見詰めていた。大聖堂の中は、虚ろで、冷たいように玄理には思える。それでも、禎理が玄理の目の前に居ることが、玄理をほっとさせているのも事実だった。禎理は、本当に死んでしまった。もう、動くことは無い。誰かに理不尽に利用されることは、もう、無いのだ。
力を使い切り、ぼろぼろになってしまった禎理の亡骸を、王と須臾達は大聖堂の中に安置した。そして王達が去って行った後、大聖堂には次々と、沈んだ表情の人々が列を成して入って来た。年老いた者も居れば、若者も、保護者に連れられた小さな子供も居る。彼らは一様に、禎理の亡骸の側に少しだけ佇み、ある者は未だ信じられないように首を横に振り、ある者は微かな感謝の言葉を述べてから去って行く。おそらく、彼らは皆、身を賭して天楚を守っていた禎理のことを好ましく思っていた人達なのだろう。禎理の人望に、亡骸の横のベンチに腰掛けていた玄理は殆ど感動していた。
と。禎理に別れを言う人々が少なくなった頃を見計らったかのように、銀の板金鎧を身につけた大柄な騎士らしき人々が大聖堂に入ってくる。平騎士隊の人々と、須臾と、大円だ。騎士達の先頭に居た二人の、蒼く沈んだ顔に違和感を覚え、玄理は少しだけ首を傾げた。何故二人は、厳しい顔をしているのだろうか? 玄理の疑問は、すぐに悲しく解けた。
「市参事会の裁定を告げる」
丸めた羊皮紙を広げた大円の、低く沈んだ声が、大聖堂に蕭々と響く。
「因帰伯暗殺、そして天楚に騒動を引き起こした罪により、天楚市民禎理を明朝市内広場にて火刑に処す」
「おい!」
驚愕で固まってしまった玄理より先に、玄理の横に居たエクサが大円のマントを両手で掴む。
「何故禎理が! 禎理は利用されただけだっ!」
叫ぶエクサの震える両手を掴む大円の、俯いて首を横に振る動作が、玄理の瞳に哀しく映った。
「これが、裁定だ」
冷徹な響きを持つ、須臾の声が、耳を打つ。エクサの手を静かに振り払った大円と、俯いたままの須臾が去って行く様を、玄理は呆然と見詰めていた。
火刑。……何故、禎理が? ぐるぐると、思考が巡る。確か天楚では、殆ど絞首刑と晒し刑しか行われていないと、エクサから聞いている。火刑が原因で起こった天楚大火以降、天楚市内での火刑はほぼ禁忌になっているとも。禎理を利用した、主犯である禎理の異父兄とその仲間達は明日の昼に縛り首になると、これは先程六徳から聞いた。絞首刑より重く、残酷な火刑を、何故、亡骸を利用されただけの禎理が受けなければならない? 全身の震えを、玄理は止めることができなかった。
ふと、禎理の方を見る。静かになった空間に、禎理はただ静かに眠っている。
「このまま、家族の側で眠れたら良いのに」
累の言葉に、玄理ははっと顔を上げた。そうだ。今ならまだ間に合う。禎理を、生まれ育った蛇神の森の奥深くに運んで、再び埋葬することができる。玄理は無意識に一歩、禎理の方へ踏み出した。
だが。玄理と累の前に、ふわりと、黒いローブが立ちはだかる。
「エクサ」
玄理はきっと、目の前の、両手を横に広げた黒いローブを睨み付けた。エクサなら、玄理達と同じように、禎理を火刑になんてさせたくないはずだ。もう一度見詰めた玄理の視線に、エクサは首を横に振った。そして。
「禎理なら、天楚の裁定に喜んで従うはずだ」
暗い空間に響く、エクサのはっきりとした声に、息が止まる。確かに、禎理なら、天楚を大切にしていた禎理なら、天楚からのどんな理不尽な裁定でも従うだろう。だが、しかし。
「でも……」
玄理の横の累が発した、震える泣き声が、玄理の気持ちを代弁する。納得しない気持ちのまま、玄理は、泣き崩れる累の、華奢で温かい身体を受け止めた。玄理の頬にも、涙が流れる。その涙が、悲しみからなのか、それとも理不尽な仕打ちに対する怒りからなのか、玄理には分からなかった。




