1-22
ぐったりとした禎理を背負う千早の後ろを、黙って歩く。気が付いたときには、玄理の身体は地下から地上へ出ていた。
初夏の鋭い、久し振りの日差しが、玄理の目を射る。耳に響く喧噪と、視界の広さから察するに、玄理達は天楚の広場に出てきたのだろう。これから、どうするのだろうか? 玄理はふっと息を吐いた。まさにその時。耳を劈くような轟音が、空間全体を震わせる。
「市庁舎が!」
叫ぶ声に顔を上げると、先程までは確かに視界にあった石造りの市庁舎が粉々の残骸になっているのが、玄理の瞳にはっきりと映る。その残骸の上にいたのは。
「天の輩」
叫び声を、飲み込む。ぐるりと辺りを見回すと、破壊された市庁舎のみならず、広場をぐるりと囲んでいる商館の周りにも、大聖堂の上にも、翼を持った人影が見える。何故、天の輩が、天空神の眷属であるはずの存在が、天楚の広場に、こんなにたくさん?
「まさか、秘密を守る為に、天楚市を破壊しようとしているのか?」
遠くに響いた轟音に、千早の声が掻き消される。建物を次々と破壊していく天の輩の存在は、普通の人には見えない。突然崩れていく建物に戸惑い逃げ惑う人々の叫び声と、半狂乱になった人々を広場の真ん中へと誘導する騎士達の姿がやっと、玄理の視界に入ってきた。広場に集まり、大きな塊になっていく人々の隅、大聖堂に近い位置には、六角公須臾の背の高い細身の影に守られるように、天楚王活破七世の金色の髪が見える。
「これでは、広場を攻撃されたらひとたまりもないな」
阿鼻叫喚に掻き消されかけた千早の唸り声に、はっとして空を見る。玄理の瞳に映ったのは、空を覆う天の輩と、宿した雷が微かに見える多量の雲。不吉な灰色をしたその雲から待ちきれないように放たれた雷が、大聖堂の塔を僅かに壊した。叫び声に、囲まれる。このままでは、ここに居る皆が殺されてしまう。震えが、玄理の全身を支配する。しかし玄理に何ができる? 歯噛みすることしかできないではないか。
と、その時。
「千早」
既に動かなくなったと思っていた、千早の背中の禎理が、僅かに動く。
「王のところに、連れて行って」
禎理の言葉に、それでも動揺一つ見せず、千早は王の居る場所まで禎理を運んだ。そして青ざめた顔の須臾と天楚王の前で、背中の禎理を下ろす。
「陛下」
驚愕を隠せぬまま腰に吊した剣の柄に手を掛けた須臾と、唇を横に引き結んだまま禎理を見詰める天楚王の前で、禎理が膝を折るのが見える。続いて禎理が発した言葉は、玄理を更に驚愕させるに十分だった。
「剣を貸してください」
剣を借りて、何をするつもりなのだろうか? 膝を折って頭を垂れた禎理と、王が腰に吊している、たくさんの宝石で飾られた剣を交互に見る。まさか、このような時に、禎理は王を本当に暗殺するつもりなのではないだろうか? だとしたら、止めなければ。玄理は一歩、前に歩を進めた。だが。玄理が禎理に近付くより早く、王は一瞬で鞘から剣を抜き、禎理にその剣の柄を示した。
「ありがとうございます」
王から剣を受け取った禎理が、その剣を切っ先を上にして高く掲げる。嶺家一族しか精製することができないといわれている、魔力を秘めた古代金属ポリノミアル製の刀身が反射した光が、広場に落ちかけた雷を空へと跳ね飛ばした。禎理が持つ剣から発する光が傘となり、空から次々と降り注ぐ雷から広場に居る人々を守る。その様子を、玄理はただただ感嘆の思いで見詰めていた。さすが、禎理だ。だが。天空神側も、禎理の存在に気付いたらしい。天の輩が四体、禎理の方へ降りて来る。
「させるか!」
魔物であり、玄理と同じように天の輩を視ることができる千早が、その拳で四体の内二体を跳ね飛ばす。残り二体は、見知った光に跳ね飛ばされた。
「全く」
肩で息をしているエクサが、剣を掲げる禎理の横に立っている。その横には、エクサと一緒に地下を探索していた累の姿が見えた。玄理に、手伝えることは? 考える前に玄理は禎理の前に立った。天の輩を視ることができる自分なら、禎理の盾になることができる。だが。
「禎理!」
エクサの声に、振り向く。禎理が取り落とした剣が石畳に当たって響く音が、虚ろに、玄理の耳に響いた。見上げるまでもなく、雷雲も天の輩もまだ、空に残っている。しかし禎理の力は、尽きかけている。どうすれば? 玄理は再び、自分の力の無さに歯噛みした。
と。玄理の横を、金色の髪がすり抜ける。禎理より少しだけ背が高いだけの天楚王が、石畳に膝をつく禎理に拾った剣を渡すのが見えた。そして。片手で剣を持ち、何とか立ち上がった禎理の左手を、王の右手が掴む。同時に、王は側に居た玄理の右手を、その左手で強く掴んだ。そうか。王の意図に気付き、近くに居た累の華奢な手を掴む。禎理独りでは、天空神の攻撃を阻むのは無理だ。しかし、ここに居る人々の力を合わせれば。
累の手が、千早の大きな手を掴むのが見える。一瞬躊躇った千早の手が、エクサの手を乱暴に掴んだ。同時に、大円の手を掴んでいた須臾が、エクサの空いている方の手を掴む。
「一時休戦だ」
小さく呟かれた千早の言葉に、玄理は思わずにっこりと笑った。
『力』を得た禎理が、再び片手で剣を掲げる。先程より確実に力強い光が、激しく降り注ぐ雷は勿論、禎理を襲う為に次々と降下する天の輩を次々と弾いていく。建物の破壊も、人々の叫び声も、いつの間にか消えていた。あるのは、静寂だけ。そして、ついに。玄理の視界から、天の輩が消える。
「やっと諦めたか」
空を見上げた千早の、ほっとした表情に、玄理もほっと胸を撫で下ろした。次の瞬間。
「禎理さん!」
累の悲鳴に、はっと禎理の方を見る。石畳に膝をついた王が抱き上げた、禎理の身体は、見る影もなくぼろぼろに朽ち果てていた。
「禎理さん!」
あまりの無惨さに、動けない。
禎理の亡骸を須臾に引き渡した天楚王が、身に着けていた青色のマントを外して禎理の身体を包む様を、玄理はただただ呆然と見詰めていた。




