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玄理と千早、エクサと累。二手に分かれて地下を探る。グループ分けには少々不満があったが、二手に分かれた方が迅速に禎理を探すことができる。その考えで、玄理は自分を納得させた。なぜ累と組みたいと思うのか、その理由は自分でも分からなかったが。
「魔法がメインの奴で組んでも仕方無いだろう」
発光木を詰め込んだカンテラを掲げる玄理の前を、垂れ耳の犬型に戻った千早が鼻と耳を忙しなく動かしながら歩く。組分けの案を出したのは、千早。玄理の不服に気付いたのだろう、千早は不意に足を止めると、玄理に向かって済まなそうに笑った。
「俺はエクサとは組みたくない。そうなるとどうしてもこうなってしまうんだ」
禎理の方は気にも留めていなかったが、エクサは、自分の欲望を叶える為に、禎理にも様々な迷惑を掛けた。それが、未だに許せないんだ。千早が吐いた言葉に、玄理は諦めたように息を吐いた。やはり、エクサはエクサで、禎理は禎理だ。再び歩き始めた千早の後を、今度は玄理も周囲に気を配りながら歩いた。
と。不意に、千早が垂れ耳を上げる。
「話し声だ」
驚いて立ち止まった玄理にそれだけ言うと、聞こえた音を確かめるように、千早はゆっくりと首を動かした。
「ここだ」
千早の前足が、壁の一部を叩く。カンテラの明かりで見えた小さなひび割れが、黒い前足の先にあった。そのひび割れに、耳を近づける。確かに、複数の声が聞こえてくる。
「……それで、夏至祭の首尾は」
「大丈夫だ。誰も気付いていない」
嘲笑が、玄理の耳に響く。
「しかし、禎理を使って王を暗殺しようとするとは大胆な」
「王を暗殺し、禎理の評判を地に落とす。華琿公の望みも、私の望みも同時に果たせる。これ以上の策は無いだろう」
武術の腕だけなら、禎理に敵う者は誰も居ない。ただ、禎理自身が無意識に自分の力にブレーキを掛けている。かつてボルツァーノ師匠が玄理に話した言葉が脳裏に蘇る。操られている、心を失った禎理なら、王を守る全ての騎士達を惨殺した上で、王の胸に短剣を突き立てるのに一瞬の躊躇も無いだろう。我知らず、全身が震える。
「そうはさせるか」
玄理と同じ話を聞いていた千早が、その前足で玄理の背を叩く。
「足留めできるか?」
人型を取った千早に、玄理はこくんと頷いた。禎理に、これ以上の非道なことは、させない。玄理の答えに満足したのか、千早の唇がにっと横に伸びた。
「では」
カンテラを消して。千早の言葉に急いでカンテラを黒い上着の下に入れる。発光木は熱を発しないので、服の下で抱えていても平気だ。暗闇になった空間に玄理の目が慣れるのと、ほぼ同時に。
「行くぜ!」
気合いの入った言葉と共に、ひび割れの入った壁が粉々に砕ける。もうもうと立つ砂煙の向こうに見えたのは、蝋燭の明かり一つと、四人の人影。その一人は、確かに、禎理に似ていた。累の知り合いが話していた、禎理の異父兄。自分と父を身勝手に捨てた母に怒りを覚え、母が産んだ異父弟である禎理を残酷な操り人形にした、張本人。突然の襲撃者に浮き足立った四人の内の一人に、千早は素早く拳を叩き込んだ。四人の内、扉近くに居た一人が、逃げようと扉の取っ手に手を掛ける。させない。玄理は床に手を当てると、大地母神に祈り、その法力で動いている敵全員の足を止めた。
「やるな!」
玄理の法力を見た千早が口の端を上げるのが見える。幾許もしないうちに、部屋に居た四人は全員、千早の拳を喰らって床に伸びていた。
「こいつが、主犯か」
その四人を、部屋にあったロープでしっかりと縛っていた千早が、禎理に似た男を認め、唾を吐く。しかしすぐに、千早は何か見つけたように、何も無い壁を見詰めた。
「嫌な予感がする」
四人が縛られて身動きできないことを確認してから、千早はその何も無い壁の前に立つ。敵を全て沈めたその拳で壁を叩くと、意外に簡単に壁は崩れた。そして。
「うわっ」
壁の向こうで微かに光る、妖しい影に、思わず目を瞬かせる。明かり一つ無いにも拘わらず光っているのは、机の上に置かれた複数の、微かに色が付いた透明の鉱物。この大陸のものなら何でも揃っているのが自慢であったフビニの丘の博物館でも、こんな鉱物は見たことが無い。千早の後からその部屋に入った玄理は思わず、その鉱物の一つに手を伸ばした。だが。
「触るなっ!」
鋭い千早の声に、全身がびくっと震える。次の瞬間。石に触れた玄理の指先から全身に鋭い痛みが走った。
「玄理!」
視界が、霞む。足の力が抜けた玄理はそのまま、床にぺたりと尻餅をついた。
倒れかけたその背中に温かいものを感じる。見上げると、千早の青ざめた顔がずっと上の方に見えた。
「大丈夫か?」
心底心配に満ちた千早の言葉に、何とか頷く。息を吸って気持ちを落ち着かせてから、玄理はもう一度、玄理が触れた鉱石を見、そして自分の目を疑った。玄理が触れた鉱石が、半分溶けたようになっている!
「『力有る石』が!」
戸惑った千早の声が、耳を打つ。
「まさか。『担い手の素質を持つ者』?」
玄理をじっと見詰める千早の丸い瞳に、玄理はもう一度息を吸った。その玄理を、千早がぎゅっと抱き締める。
「禎理の奴」
泣いているような千早の声が、玄理をますます戸惑わせる。
「後継者もちゃんと見つけていたのか」




