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明日の風に・中世追憶編  作者: 風城国子智
第一章 遺されたもの
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「ほう、模糊もこ嶺家れいか文字をね」


 七生ななおが書いてくれた地図で、何とか金衡かねひら教授の教場に辿り着く。玄理げんりの言葉に、金衡教授はすぐに興味を持った笑みを浮かべた。


「おそらく、禎理ていりが教えたのだろうな」


 金衡教授の言葉に、頷く。大陸中で使われている共通語を書く為の文字ではなく、天楚てんそ周辺のみで使われている嶺家文字を、禎理は模糊に教えている。禎理らしい。何となく、玄理はそう思った。


 学生に課題を出したらすぐに三叉さんさ亭に向かう。金衡教授の言葉を背に、玄理とかさねは帰り道を急ぐ。天楚の大通りは、どの道も必ず広場に繋がっている。だから三叉亭へ帰るときも広場を横切ることになる。エクサや須臾しゅゆが口にしていた夏至祭が間近に迫っている所為か、広場は玄理は最初の日に見た以上の賑わいを見せていた。人も多い。急ぐ人々にぶつからないよう気をつけて歩いていると、前を歩く累の小さい背を見失ってしまう。対して累の方は、人混みには全く物怖じせずに歩く。天楚の道も、既に頭に入っているようだ。


「もう、道を覚えたの?」


 揺れながら人混みをすり抜ける累の敏捷な背に、思わず、そう訊ねてしまう。ある意味間抜けな玄理の言葉に、累が少しだけ笑うのが見えた。


「道を覚えるのは、森で暮らすには必須だから」


 そして再び、累は前を向いて人混みをすり抜ける。その累の態度に微かな違和感を覚え、累の後を一生懸命追いながら玄理は首を傾げた。累が、少し余所余所しいような気がする。初めて天楚市を訪れ、天楚の市門から三叉亭に向かった時も、三叉亭から六角ろっかく公の屋敷に向かった時も、累と玄理は手こそ繋がなかったが横に並んで歩いていた、と思う。しかし今は前後になっている。人混みの中を歩いているからだろうか? それとも。ある考えに思い至り、玄理は少しだけ俯いた。もしかしたら、累は、禎理が振りかざした凶刃から、玄理が累を庇ったことを、怒っているのだろうか? そうに違いない。かつて、禎理が自分の命も顧みずに玄理を守ったときも、玄理は微かに怒りを覚えた。同じことだ。少し寂しくなり、玄理は思わず累の背を見詰めた。今なら、禎理の気持ちも、分かる。大切な人を、禎理は守りたかっただけなのだろう。


 と。


「怒ってるんじゃなくって、戸惑ってるの」


 玄理の気持ちを読んだかのような、累の意外な言葉に、顔を上げる。


「『夢見』と同じ、光景だったから」


 振り向いて玄理を見ていた累の顔は、少し青ざめているように見えた。


 『夢見』? 聞いたことのない言葉に、首を傾げる。『流浪の民』特有の言葉だろうか? しかし禎理からは聞いたことの無い単語だ。玄理はもう一度首を傾げ、累にその意味を聞こうとした。その時。


「累!」


 太い声に、累が視線を玄理から外す。累の視線を辿ると、大柄な身体に累と同じようなぶかぶかのチュニックを纏った短髪の男が、累に向かって手を振りながら近付いて来るのが見えた。


「小父さん!」


 どうやら男は累の知り合いらしい。累も手を振り返してにこりと笑う。


「どうしてここに?」


「勿論、夏至祭を当て込んでさ」


 『流浪の民』の生業は、芸能や巫覡。だから祭がある街には、街の規模に拘わらず多くの『流浪の民』が集まってくる。これも、禎理から聞いたこと。禎理自身、上手に歌を作り、自分で作った歌をよく口ずさんでいた。


「小父さん。血は繋がって無いけど、私を育ててくれた一族の人」


 近くに寄ってきた男を、累は屈託の無い口調で玄理に紹介する。


「禎理さんに助けてもらったことがあるんだって」


 禎理が『風神の花嫁』であった累を拾ったその夜、大狼に襲われていたこの男を助けたのが縁で、累はこの男の、産まれたばかりの子供を亡くしたばかりだった姉夫婦に引き取られた。その頃の禎理はまだ、大人であると天楚で正式に認められる年齢である十八にすらなっておらず、赤ん坊を拾ったのは良いのだが育てられるかどうか不安を持っていた。だから、累を自分と同じ『流浪の民』に委ねた。そう、累は一族を率いる長から聞いていた。


「ところで」


 累の話に深く頷いた玄理の横で、男が累に話しかける。


「禎理には……」


 男の問いに、累が哀しい顔をして首を横に振る様子が、玄理の心にも哀しく映った。


「そうか」


 禎理が天楚市で貴族や冒険者達に危害を加えて回っていることは聞いている。累の答えに、男も俯いて首を横に振った。そして。


「その事件に、『流浪の民』が関わっているらしいと、長が言っていた」


 思いがけない男の言葉に、玄理は驚いて顔を上げた。どういうことなのだろう? 玄理の横では、累も目を丸くしている。その玄理と累の前で、男は更に言葉を紡いだ。


「禎理の『兄』が、関わっていると」


 禎理の、兄? 玄理の頭が混乱する。確か、禎理の家族は、禎理が物心付く前に皆流行病で亡くなったと聞いている。いや、流行病に似た呪いを撒き散らし、天楚の人々や禎理の仲間達に危害を加えた、禎理が自ら刺し殺した姉が居たと、これは確かエクサが言っていた。しかし更に兄が居たとは。驚きで、声が出ない。


「兄といっても、異父兄らしいが」


 その玄理の耳に、男の言葉が入ってくる。禎理の母は、蛇神の森の端で、人里と森とを往復して暮らす『流浪の民』の一員だった。結婚して息子も一人居たらしい。しかし、他所から流れてきた歌の上手い男に一目惚れし、その男が自分の『夢見の相手』だと言い張り、男と共に蛇神の森の奥深くに駆け落ちした。その、捨てられた息子が、自分を捨てた母に復讐する為に、蛇神の森の奥深くに埋葬された禎理の遺体を掘り出し、邪な術を使って『動く人形』にしているのではないか。それが、蛇神の森に棲む『流浪の民』達の推測。


「『夢見の相手』とは、何ですか?」


 男の話に出てきた不明な言葉を、訊ねる。


「女性が初潮の時に見る、夢のこと」


 玄理の質問に、躊躇うような声で答えてくれたのは、累だった。


「将来の婚姻の相手が、見えるの。……その人と結婚するのが、一族の定め」


 そして。


「私の『夢見』は、玄理、あなたみたいな黒服の少年が、銀色の刃から私を庇ってくれる夢だった」


 もう少しで消えそうな、累の声が、玄理の心をひっぱたく。荒唐無稽な話だが、玄理と累は結ばれる運命なのか? いや、玄理は慌てて首を横に振った。女性を交わることは、神官には禁忌だ。でも。目だけで累の銀色の髪を見て、玄理はもう一度慌てて首を横に振った。……累のことは、好ましく思っている。それは、確かなこと。夢のことがあるから、今日の累は玄理を避けるような感じに見えたのだろう。真相が分かり、玄理は正直ほっとした。


「とにかく、禎理の異父兄のことは気をつけた方が良いな」


 男の言葉が、玄理を元に戻す。そういえば。ふと、思い出す。累が蹴り倒した、仮面の男は、禎理に似ていた。まさか、あれが、……禎理の異父兄?


「長は、全ての原因は禎理の異父兄にあるだろうって確証を持っていたようだし」


 その推測は、正しいだろう。男の言葉に、頷く。玄理と同じことを考えていたのだろう、玄理の横では、累も唇を引き結んでいた。


 その表情のまま、三叉亭へ戻る道を歩む。今度は累は、玄理の横を歩いていた。


 歩きながら考えるのは、やはり、禎理のこと。


「……流浪の民、って、言われているほど自由じゃないんだね」


 ふと、思ったことをそのまま、累にぶつける。


「あら、どうして?」


 玄理の言葉に、累は不思議そうな顔をした。


「夢見の相手、とか、風神の花嫁にしたって」


「風の日生まれの子の迷信だってそうじゃない」


 玄理の言葉に、累が反論する。そして。


「風神は、実際に居るのよ」


 不意に、累が真顔になる。玄理の方をじっと見詰めた累は、少しだけ笑って玄理に言った。


「禎理が風神だったと、私は思ってる」


 それこそ、荒唐無稽だ。それが、玄理の正直な感想。だが、笑いそうになるのを、玄理の何かが押し留めた。

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