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豪奢で清潔に見える部屋の、臨時に設えられた小さなベッドで眠る小さな物体を、じっと見詰める。産まれたばかりの頃は真っ赤で、とても人間だとは思えなかったのに、今はしっかりと人間の形をしている。そのことが不思議に思え、玄理はまじまじと赤ん坊二人を見詰めざるを得なかった。
「ありがとう、玄理」
その玄理に、ベッドに上半身を起こした七生が笑いかける。
「禎理から名前を預かってきてくれて」
その七生の言葉に照れを感じながら、赤ん坊から目を逸らす。ベッドサイドに置かれたスレート板には、玄理が書いた変な線と、その線と辞書を見比べながら、天楚大学の言語学教授で禎理の後見人であったという金衡教授が書いた嶺家文字が並んでいた。
「全く、嶺家文字に詳しい金衡教授が居て良かったぜ」
『壱』と『零』。それが、禎理から預かってきた双子の名前。嶺家文字を知らない玄理が預かってきた禎理からの伝言をきちんと嶺家文字にする為に一騒動した後で吐かれたエクサの言葉を、思い出す。玄理が覚えていた線と音から、禎理が書いた嶺家文字と同じものを探し出してくれた教授に、玄理は心から感謝していた。
と。玄理が見ていたスレート板の横に転がっていたチョークを、手持ち無沙汰に部屋の中をうろうろしていたキイロダルマウサギの模糊が掴む。それは食べ物じゃないよ。エルミの丘に居たときも常に禎理の腰に配したポーチで惰眠を貪っているか禎理が与える食べ物をぱくぱく食べているかであった悪食のダルマウサギ族を心配した玄理の言葉は、しかしすぐに消えた。スレート板に、模糊が何か字を書いているように見える。
「こいつ、いっちょまえに字が書けるのか?」
六徳からの食糧の差し入れを七生のところまで運ぶ玄理と累に付いて来たエクサが、面白そうな顔をしてスレート板をひっくり返す。何も書かれていない、少しだけざらざらと光を反射する板に、模糊は身体と同じくらいの長さのチョークを器用に動かし、玄理には分からない複雑な線を幾つも幾つも書いた。
「これは……?」
模糊が書く線を見て、エクサが怪訝な声を上げる。
「この文字は、禎理、だよな」
エクサが指し示した、模糊が書いた線を見詰める。確かに、嶺家文字の『禎理』だ。禎理が何度も書いてくれたので、その文字は覚えている。
「そしてこの文字は、……天? 空?」
模糊からスレート板を取り上げたエクサが、不意に何かを思いついたように口の端を上げた。
「これが本当に嶺家文字なら、教授に解読させてみるのも面白いかもな」
そして。エクサは玄理に向かって普段通りのある意味横柄な命令を発した。
「俺は模糊と一緒に三叉亭に帰ってるから、玄理と累で教授を呼んでこい」
「はいっ?」
エクサの言葉に、むっとしてエクサを見る。金衡教授のことも、恩人だと禎理が話してくれたから知っている。しかし教授が天楚のどこに住んでいるのか、玄理は知らない。天楚市の地理だって、未だにおぼつかないのだ。
「訳分かんない玄理のへぼな伝言をちゃんと解読してくれた教授にお礼言いたいしな」
「それならあなたが直接教授のところへ行きなさい」
窘める七生を無視して、エクサは模糊とスレート板を手にするなり部屋からさっさと消えてしまった。残ったのは、途方に暮れる玄理。
「仕方無いわね」
教授の下宿までの地図を書いてあげるわ。呆れた顔のままの七生の言葉に胸を撫で下ろしながら頭を下げる。七生の横では、累が、七生と同じ苦笑を浮かべていた。




