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明日の風に・中世追憶編  作者: 風城国子智
第一章 遺されたもの
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1-14

 はっと、目を覚ます。


 見慣れぬ天井の横に、切り揃えられた黒髪が揺れているのが見えた。エクサだ。玄理げんりの胸に手を当てて、得意の回復魔法で玄理が受けた傷を治そうとしているのだろう。


「玄理! 気が付いたのかっ!」


 玄理の息づかいに気付いたエクサが、玄理の方を見てほっとした笑みを浮かべる。そのエクサの横には、見慣れぬ黒髪の人物が居る。誰だろう? まだ少しぼうっとした視界で、玄理はその人をまじまじと見詰めた。天井に頭がぶつかりそうなほどの長身。黒髪に黒服。そして鋭い視線と気配。常に黒い服を着た、長身の友人のことを話してくれた禎理ていりの、少しはにかんだような顔を思い出し、玄理は心の中ではたと手を打った。この人は、おそらく。


「起きたか」


 玄理の、ある意味無遠慮な視線には全く頓着しない笑みを浮かべた長身の男が、玄理の横、エクサの向かいに現れる。


「俺の名は、千早ちはや。禎理は九七一くないと言う名の方を話しているかもしれないな」


 そしてその長身の男は、禎理が話してくれた通りの名前を口にした。


 千早、またの名を九七一。禎理の友人の一人で、実は黒犬の魔物。禎理が千早のことを話してくれたのが、つい昨日のことのように感じられる。しかし、今は、禎理は。


「お前のことは、禎理から聞いて知っている。フビニの神官、玄理だろ」


 千早の言葉に、何とかこくんと頷く。視界が霞んだように感じ、玄理は頭を乗せている枕に顔を擦りつけた。


「玄理?」


「どこか、痛むか?」


 意外に優しいエクサの声と、心底玄理を心配している千早の声が同時に響く。玄理はほっと息を吐くと、枕から顔を上げ、二人に向かって首を横に振った。エクサの回復魔法は確かに優秀で、傷の痛みはもう、無い。だが、玄理を無造作に刺した禎理の仮面のような無表情と、玄理の魂が出会った禎理の申し訳無さそうな泣き顔が、玄理の脳裏に同時に浮かぶ。エクサの言う通り、禎理は既に亡くなっており、その身体だけが無惨にも悪事に利用されている。そのことが、玄理にはただただ悲しかった。


 と。不意に聞こえてきた、苦しげな息づかいに、はっとしてエクサを見る。


「まだ、やってるのか」


 視線を遠くに向けたエクサの、苛立たしげで、それでいて心配をしっかりと含んだ声が、玄理の耳に響いた。


「仕方が無い」


 そのエクサに、千早が俯いて首を振る。その声も、無限の悲しさに満ちていた。


 玄理が禎理に刺されたすぐ後に、まだ早いのに産気づいてしまった七生ななおを、大円たいえんは近くの、六角ろっかく須臾しゅゆに縁のある屋敷に、重傷の玄理と共に運びこんだ。無事だったかさねがすぐに三叉さんさ亭の六徳りっとくに連絡し、六徳がエクサと女手を屋敷に送ってくれたのは良いのだが、赤ん坊が七生のお腹から出て来ない状態が続いているという。おそらく、禎理が、名付け子であるはずの累と玄理を襲い、累を庇った玄理を無慈悲に刺した場面を目撃したショックで、禎理との子を産むことを躊躇っているのだろう。エクサの言葉に、玄理の悲しみはますます強くなった。悪いのは、禎理を無理矢理操り、玄理達を殺させようとしたあの白い仮面の男だ。禎理は操られているだけなのだから、七生が苦しむ必要はこれっぽっちも無いのに。そうだ。重要なことを思い出し、玄理はエクサの袖を強く引いた。


「どうした?」


「七生さんのところに、連れて行って」


 平静に戻ったエクサの声に、胸に力の入らない小さな声で、頼む。禎理からの伝言を、七生に伝えなければ。


「分かった」


 頷いた千早が、その太い腕で玄理を抱き上げる。安定した千早の腕が、玄理を七生が居る階下まで運んでくれた。


「誰?」


 七生の呻き声の間から、聞き慣れた高い声が近くに響く。累も、無事だったんだ。今更ながら、玄理はほっと胸を撫で下ろした。


「玄理が、七生に話があると」


 産室に男性は入れない決まりだが。そう言いながら累に頭を下げた千早のぼさぼさの黒髪が、玄理の視界を塞ぐ。禎理の子が無事で生まれて来てくれれば。階下に来る途中で小さく呟かれた千早の言葉を、玄理は静かに思い出していた。


「良いわ」


 累が承諾の言葉を発するまで、ずいぶん長い時間が掛かったような気がする。次に玄理が目を開けると、すぐ横に、七生の青ざめて汗ばんだ顔があった。


「嫌、嫌!」


 玄理と千早が目に入っていないのか、掠れた声で七生が叫ぶ。


「こんな子、産めない!」


 エクサの言葉通り、自身が愛し、子供まで成した禎理が、名付け子を理不尽に刺したことがショックだったのだろう。悲しい言葉が、玄理の胸を突く。こんな言葉を、禎理が愛した人に吐かせてはいけない。玄理はすっと息を吸うと、首を横に振り続ける七生に静かに言った。


「禎理さんから、子供の名前を預かってきました」


 玄理の言葉に、七生の動きが止まる。次の瞬間、血の匂いが急に濃くなった。


「子供が!」


 女性達の騒ぐ声に、はっと我に返る。玄理と千早の目の前で、先程までは確かに無かった赤い物体が二体、蠢いていた。


「双子だよ。男と女の」


「七生も、大丈夫だ」


 赤ん坊の泣き声と、安堵した女達の声を聞きながら、玄理は千早の腕の中で再び深い眠りへと落ちて行った。

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