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明日の風に・中世追憶編  作者: 風城国子智
第一章 遺されたもの
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1-11

 石畳が綺麗に敷かれた天楚てんその街路を、丘の上に聳えるように建つ王宮の方へと進む。五次いつぎに案内されて辿り着いた、天楚でも指折りの貴族、五公の一人六角ろっかく須臾(しゅゆ)の屋敷は、三叉さんさ亭と王宮との中間地点、貴族が住む町の中では王宮から少し離れた、どちらかといえば町の外れの方に位置していた。


「王宮を護る最初の砦だからね、この屋敷は」


 周りに比べて広さには遜色がないが何処か質素に見える三階建ての屋敷に驚く玄理に五次が笑う。


「六角公には変人が多いし、一族自体も贅沢とかには興味が無い人達ばかりなんだ」


 外見ばかりではなく、屋敷の中も、貴族の館にしては質素に見える。五次の説明に笑って良いのか判断できなくて、玄理げんりは表情を元に戻した。その屋敷の中の、清潔で広い部屋に、五次は玄理達を案内した。


「兄上は夏至祭の準備で市庁舎の方に行っているみたいだ」


 この屋敷を差配する家令と少し話した五次が、申し訳無さそうに肩を竦める。


「まあとにかく座りなよ。兄上が戻ってくるまで、禎理ていりの活躍を話してやるから」


 ミルクの入った水差しと、美味しそうな焼き菓子が並んだ皿が、部屋のテーブルの上に並べられる。五次に促されるままに、玄理は座り心地の良さげな椅子に座り、テーブルの上の焼き菓子を一つだけ口にした。一方、玄理の向かいの、クッションの置かれた椅子に座ったかさねの方は、遠慮無く焼き菓子を口にしている。


「さて何から話そうかな」


 その二人を見てにやりと笑った五次は、心底楽しそうに禎理の、天楚市とその周辺での活躍を話してくれた。天楚の広場で細々と物を売る人々にちょっかいを出す貴族や学生をいなして追い払うのは日常茶飯事。人助けだけではなく、時には幽霊を宥めたり、妖精とのいざこざに巻き込まれたりもする。五次と、婚約者である天元てんげん千尋(ちひろ)の仲を取り持ってくれたことも一度や二度ではない。五次はそう、玄理達に話してくれた。


「……こら。法螺話ばかり吹き込むな」


 不意に、呆れたような声が降ってくる。振り向くと、腰に剣を差した細身の人物が、玄理達を見てにこりと笑っていた。


「法螺じゃ無いですよ、兄上」


 その影に、五次がぷっと頬を膨らませる。


「ちゃんと街の噂通りに」


「しかし虚実入り交じっている」


 その五次に、細身の影は少し責めるような視線を返した。五次の言葉からすると、目の前の細身の人物が、禎理の武術の後輩である、天楚の高位の貴族、六角公須臾なのだろう。玄理を見る須臾の視線に気付き、玄理は会釈を返した。


「そういう話を、名付け子に聞かせてどうする」


「私は、面白かったです」


 更に五次を怒る須臾の言葉に、累が五次を助けるような言葉を出す。玄理も、五次の話を鵜呑みにはしていない。五次が話した通りの活躍を全て、禎理が成せるとは到底思えない。しかし、累の言う通り、多少の嘘や誤りがあるとしても、五次の話は純粋に面白かった。だから玄理も微笑みながら、須臾に向かって強く首を縦に振った。


「なら、良いのだが」


 一瞬だけ目を伏せた須臾が、一足で玄理の横に立つ。そして須臾は、静かに、玄理の顔をまじまじと見詰めた。


「君が、禎理の名付け子か?」


「はい」


 静かになった須臾の言葉に、こくんと頷く。頷いてから見詰めた須臾の瞳は、涙が溢れそうなほどに濡れていた。


「そしてそちらのお嬢さんも」


 玄理の向かいの椅子に座った累にも、須臾は同じ質問をする。


「はい」


 累の返答に、須臾は寂しく笑った。


「そうか。開理かいりの他に、禎理には名付け子が居たのか」


「開理?」


「兄上の息子」


 小さく呟いた玄理の質問に、五次が優しく答えてくれる。


「自分の先輩で嶺家れいか文字の権威だからって、子供の名付け親になるよう、兄上が無理に頼んだんだ」


「それでも、禎理の死への衝動を止めることはできなかったがな」


 須臾の言葉の中に有ったのは、悔恨と、諦観。声の響きにもの悲しさを覚え、玄理は思わず俯いた。


「兄上」


 部屋の空気を察したのか、五次が須臾を窘める。


「禎理のことを話す為に、兄上はこの者達を呼んだのではないのですか」


 五次の言葉に、須臾が寂しく笑う声が聞こえてきた。


「どちらにせよ、楽しい話ではないがな」


 そう言って、須臾は傍らの従者に何事かを言いつけてから、五次が座っていた椅子に腰を下ろした。


「禎理の死の理由は、私も知らない」


 そして一拍も置かずに話し始める。


「しかし禎理の死は、私も確かめた」


 天楚に病気を撒き散らし、天楚の王を暗殺しようとした実姉を、エクサ達を助ける為に刺し殺した禎理は、華琿かぐんの広場に晒されたその姉の亡骸を奪い、三叉亭に模糊もこを置いて行方を暗ませた。須臾とエクサ、そして禎理の友人である千早ちはやは手分けをして禎理を探し、そして天楚市の西方に広がる蛇神の森の奥深く、かつて禎理が家族とともに暮らしていたという、木々の間の小さな広場で、禎理が仰向けに倒れているのを発見した。


「発見した時にはもう、禎理は息をしていなかった」


 須臾の悲痛な声が、玄理の耳に響く。エクサが玄理達に話したことと、同じだ。悲しみに震える思考の中で、玄理はそう、判断した。やはり禎理は、亡くなってしまったのだ。……しかし、何故? 玄理の疑問に答えるかのように、須臾は従者が持ってきてテーブルの上に置いた包みを大きく開いた。包みの中身は、深紅の外套。目の詰まった毛織りの生地から細かい土が零れ落ちるのを、玄理は首を傾げながら見ていた。


「森の中に禎理を埋葬するときに、着せたものだ」


 静かな、だが悲しげな声が、響く。土の汚れ以外になんの汚れも染みもない深紅の外套を、玄理はまじまじと見詰めた。禎理の死を確認した後、須臾はエクサに自分が着ていたこの外套を渡し、死衣にするよう言った。そして、禎理が因帰いんき伯を白昼堂々暗殺した事件が起きた後、須臾は五次とともに蛇神の森の、禎理を埋葬した場所に足を運び、そして土の中にうち捨てられていたこの外套を持ち帰った。


「倒れていた禎理には、外傷は無かったんだ」


 しかし禎理の口から零れた血を、エクサは自分の肩布で拭ったと、玄理は聞いている。と、すると。禎理は冬の寒さで病気になって、亡くなったのだろうか。玄理の推測を、しかし累の言葉が破った。


「禎理も流浪の民だったのよ。冬の野外で暮らす術は心得ているはずだわ」


 先の冬は、珍しく雪が積もらなかったし、森の中で暮らしていても普段の冬よりはさほど寒いとは感じなかった。累の言葉に、須臾は少しだけ頷いた。


「私の見たところでも、何か病気に罹っているようには見えなかった」


 では何故、禎理は亡くなったのだろうか? 再びの疑問が、頭をもたげる。


「禎理が死んだ理由が分からないのが、これほど辛いとは」


 玄理と同じ想いを、須臾は首を横に振りながら吐露した。


「千早なら、禎理の死の原因を知っているかもしれない。でも、あいつは、……あの時何も言わなかった」


 須臾がそこまで玄理達に話した、丁度その時。


「須臾様!」


 先程外套の包みを持ってきた従者が、大慌てで部屋に入ってくる。


「あ、あの、お……」


 続いて入ってきた、フード付きの軽そうなマントに身を包んだ小柄な人物に、顔を上げた須臾が目を丸くするのが見えた。


「へ、陛下!」


 声を震わせながら跪く須臾を、小柄な人物は右手だけで軽く制する。フードを外した小柄な人物の、きらきらと輝く黄金の髪を、玄理はただ呆然と見詰めた。黄金の髪を持つ人物は、天楚国内には一人しか居ない。西方の民の血が混じる六角公家の娘を妻の一人とした先代の天楚王の息子、現在の天楚王活破(かつは)七世のみ。


 予告無く現れた天楚王活破七世は無言のまま、玄理を見、累を見、そして須臾を見る。


「彼らが、禎理の名付け子です。陛下」


 冷静さを取り戻した須臾が、天楚王にそう説明する言葉が、聞こえてきた。


 そして。不意に、王の髪が、玄理の鼻先に翻る。玄理を抱き締めた王の温かな腕を、玄理は確かに感じていた。

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