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記憶に全く違わぬ後ろ姿が、目の端を過ぎる。
「禎理さん!」
思わず叫んでしまった玄理の声が聞こえなかったかのように、禎理は市に入る為の列に並んでいる玄理の脇を通り抜け、列の先頭にある石造りの巨大な市門の方へ歩を進める。その、冒険者には全く見えない小柄な背中を、玄理の足は知らず知らずのうちに追っていた。
まだ着慣れない神殿文官の制服、重い黒色の生地で作られた上着の長く伸びた裾が、急ぐ玄理の足に絡み付く。禎理は、玄理の名付け親であり、命の恩人。禎理に会う為に、玄理はマース大陸南部に位置する神官国家フニビの都エルミからはるばる、大陸東方に位置するこの天楚市まで旅をしてきた。意外に遠い距離、そして時折現れるならず者や、神官だと知って難癖を付けてくる者達に音を上げそうになったことも何度かある。その度に思い出したのは、この世界から除外されている神『風神』の名を冠した日に産まれたというだけで生みの親から虐げられ、蔑まれていた玄理を救ってくれた、禎理の、はにかんだような控えめで優しい笑顔。その笑顔に、もうすぐ会える。目の前に近付いた小さな背中に、玄理はつと腕を伸ばした。と、その時。
「きゃっ」
横から飛び出してきた華奢な影に、玄理の腕は阻まれる。勢いのある、柔らかなその影に体当たりされ、玄理の身体はバランスを崩し、地面に無様に尻餅をついてしまった。
「ごめんなさい!」
ぶつかってきた影が、慌てた様子で玄理の腕を掴む。短い銀色の髪と、膨らみの小さい胸が、玄理の前で揺れた。女の子。それだけ認識する。しかし、今はそれよりも。助け起こしてくれる女の子の身体越しに、天楚の市門の方を見る。禎理らしき人影は既に、市門を通る大勢の人々の間に消えていた。もう少しで、会えたのに。がっくりと肩を落とす。しかし天楚市内に入れば、天楚の歓楽街一柳町にある三叉亭という冒険者宿に行けば会うことができる。それは、禎理自身に確認済み。気を取り直し、玄理は自分にぶつかってきた少女をまじまじと見詰めた。上に着ているチュニックは、垢染みてはいないが色褪せてぶかぶか。緩んだ首回りから見える細い、日焼けした肩が、初夏の日差しに眩しく映る。しかもそのチュニックは裾も短い。少女が少し動くだけで、下着を身に付けていない腹が見えそうな気がする。少女が穿いているズボンは、借り物のように大きい。しかし足下のブーツは、玄理のものよりもしっかりしているように見える。歩くことの多い少女なのだろう。数瞬見詰めるだけでそこまで判断する術は、エルミの丘での師匠である神官ボルツァーノから習った。
「ごめんなさい」
その玄理の前で、少女がもう一度頭を下げる。
「人を追ってたの」
小さい頃、助けてくれた、大切な人。その人に会う為に、天楚に来た。小さく呟かれた少女の言葉に、玄理は親近感を覚えた。自分と、同じだ。