喫煙所にて
骨董通り脇のコンビニの駐車場、灰皿があるだけの簡素な喫煙スペースで、秋斗は煙草に火をつけた。
肩をすぼめながら煙を吐く。何か羽織るものを持ってくるべきだったかもしれない。
夏の終わり、昼間でも少し肌寒かった。
喫煙者に風当たりが強い昨今、煙草一本吸うために英梨といたカフェからここまで歩いてくる必要があった。
同じ境遇の同志たちだろう。灰皿か少し離れた位置で
二人の若い男が同じように肩をすぼめて煙草を咥えていた。
学生だろうか。今時の若者も吸うんだな、良いことだ。
秋斗は二人を横目で見ながらぼんやりと思った。
秋斗と英梨はこの近くの大学の、漫画研究サークルで出会った。漫画研究と言っても実態は所謂「飲みサークル」で、講義が終わった者から学食に集まり飲みに行くのが日常だった。
漫画家志望の秋斗も、田舎から出てきたばかりの当時は
とにかく大学で孤立しないことしか考えていなかった。
漫画研究サークルのビラを受け取ると、活動内容は特に確認せずに新歓コンパに参加、そのままだらだらと四年間居座ったのだった。
英梨と出会ったのは新歓コンパの時。
初めての飲み会で努めて明るく振る舞った秋斗は途中でガス欠になり、トイレと言って居酒屋の外に避難した。
横開きの扉から出てすぐ右のベンチに目をやると、
上下スウェットという余りにも気合いがない格好の女が
足を組んで座っていた。口に咥えたマイルドセブンからは
細い煙がゆらゆらと登っている。
「あ、新入生だ。一本吸う?内緒だよ」
秋斗に煙草を勧めながら、英梨はいたずらっぽく笑った。
少し強い風が吹いた。
昔を懐かしんでいた秋斗を現実に引き戻す。
先ほどの若い男二人が、火を消すために灰皿に近づいてきた。そろそろここを去るのだろう。二人とも半袖で寒そうだ。
「これってわりにあってるんすかね?」
一人の細身の男が言う。
「あってるに決まってるだろ。俺たちの働きによっちゃあ報酬は約束の倍は出すって話だ。」
もう一人のやや太った男が応える。学生らしくない、
秋斗でもわかるほどの高そうな服を着ている。
黒く光る革靴はなんだか似合っていない。
「本当かなあ。俺あの人少し苦手なんすよ。一見優しそうだけど目の奥がギラギラしてて。」
細身の男は少し不安そうだ。
「それはお前が久遠寺さんのことをまだわかってないだけだ。あの人に着いていけば間違い無いんだよ。」
小太り男がまた応える。
秋斗は二人の方は向かずに聞き耳だけ立てていた。
漫画家のネタ探しに夢中だったころからの癖である。
結局それ以上の会話はなく、二人は小さな喫煙所から立ち去った。
「英梨を待たせすぎたな。ここは驕りねとか言われる前に戻ろう」
秋斗も煙草の吸い殻を灰皿に捨てて歩き出した。
「最近独り言が増えたなあ。歳ってことだろうな。」
続きます。