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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『ぶっコ●ス』それは最上級の愛情表現

作者: 四則

『ぶっ殺す』

それはこの王国では最上級の愛情表現の言葉。


信じられるだろうか。

マーケットにできた人集りを野次馬根性丸出しで覗けば、一見して『異世界移転者』と分かるイカつい男が、見るもの触るものに愛を叫んで知るのだ。

『ぶっ殺す!』

と。


甘く切なく情熱的なその言葉は、言う側も言われる側も痺れるような甘い感覚に襲われ相手に身を委ねたくなるという。


そんな愛の言葉をその男は、筋肉隆々の男にも

「あぁ?やんのかコラ!ぶっ殺すぞ!」

「ドキン☆」

腰の曲がった老女にでも

「ジロジロ見てんじゃねぇババア!ぶっ殺されてぇか?!?」

「はぁん、ワシもまだまだ現役かの♡」

と吐き捨てる。

とくに若い女たちは全員腰砕けで、人だかりの山はみるみる低くなっていく。中には鼻血を倒して倒れるものまでいる。

男も女も年齢さえも関係なく、まさに老若男女を相手に強く熱く吠えるように叫ぶそのさまもバリエーションが多い。

顔を近づけて、時に上目遣いで、時に胸ぐらを掴んで引き寄せるように愛を語るその異世界転移者の男は、どれだけ手馴れたナンパ師なのだろうか。1人の女に言い寄ったとしても飽きさせない工夫なのだろうか?それとも、多くの女を落とすホストか何かだというのだろうか。いくらなんでも見境が無い。

だがしかし、これは1つのチャンスとも言える。今まで恋愛にご縁というものがなかったこの私でも、こんなに情熱的に愛を囁かれてみたい。なんなら嘘でもいい。そんな体験をしてみたい!!

そんな気持ちになりながらも躊躇していると、人だかりに残されたのは私1人となっていた。

「なんだ、ねぇちゃんアンタもなんか文句……」

「……っ!(ビクッ)」

「……」

「……」

「……」

「……?」

異世界転生者と目があう。むしろ見つめ合っている。愛の言葉はいまか、まだか、とドキドキして待ってるんだけど…。なにこの間…?

「アンタからは敵意を感じねぇ」

「は?」

「ちっ」

男はそういうと、くるりと背を向け立ち去ろうとした。

ちょ、待って!私にも愛の言葉を!このチャンスを逃したら、私はもう一生……!!

その一心で慌てて男の裾を掴み、ようやっと絞り出した言葉は

「お、お腹減ってませんか?」

だった。



我が国では古い時代、人食による弔いの風習があった。

敬愛、尊敬、愛情、馴染み、渇望、親近、などなど、そういった生前に『好意』を持っていた相手。その人の一部を取り込むことで自分の一部とし、その人を忘れずに、永遠の時間を一緒に生きて行く。そういった思いでの行為だ。

ところがいつからか、愛しさのあまりに『コ●して』『食す』という行為になってしまったのだ。

我が国ではそれがあまりにも自然にシフトチェンジしてしまったがゆえに、恋人を、親を、我が子をと広がっていってしまったのだ。

結果、国中に蔓延し、1度国は滅びかけたのだ。

異常事態にやっと国は禁止令を出し、なんとか回復したものの、すっかり習慣に近いレベルで浸透してしまったそれを全く無くしてしまいたくなかった人々がなんとか残そうとした結果、『コ●シて』『食べたい』の意味を込めて

『ブッコ●ス』

という言葉に思いを込めて愛する人に伝える習慣へとなっていった。


というわけで、今私は馴染みの食堂で異世界転生者と食事を囲んでいる。

彼はどれだけお腹が減っていたのだろうか。ズラリと並んだ料理を前に、一瞬だけ戸惑い遠慮したが、私が進めると貪るように食べ始めた。


私だって、女の端くれだ。日々、研究観測観察に追われ婚期を逃した行き遅れと囁かれようとも恋愛事に興味がないわけではない。あれほど誰にでも情熱的に愛を囁くこの男。私もあわよくば愛の言葉を言われようと近寄ったものの、ギロリと睨まれただけで、愛を囁いてはもらえなかった。私だけ、囁いて貰えなかった…。そんなに魅力がないのか。分かってはいたけど改めてガックリする。

私のことはさておき、よく見ればこの男、ちょっとイケメンだ。

外見を改めてまじまじと観察する。この王国ではみたことがない真っ黒い上下の服装には金色のボタンがついていて、上着の黒い服は膝まで長く伸びている。そして真っ黒な髪の毛は、みた事もないような髪型。なぜ髪の毛があんなにも突き出しているのか。日差しよけだろうか?それとも髪の毛にフランスパンでも隠しているのだろうか?ファッションは各国で独自の進化をしていくものだから、彼の世界では流行っているのだろう。私には理解が出来ないが。


それはさておき、なぜ私には愛情を囁いてくれないのだろうかと、ぼんやり彼を見つめ続けた。彼はあれだけあった机の上の料理を食べ尽くし、満足したようにお腹をさすっていた。

「いやぁ、助かったぜ。あんた…いい奴なんだな」

と、うっすら照れたように鼻をかきながら笑った。あれれ、なんだか仕草が可愛いぞ。

あぁ、こんな男に私も愛を囁かれたい!囁かれたいのに!そんな私の思いは露知らず

「しかし…。ここは一体なんなんだ?」

とキョロキョロと周りを見渡している。

「あなた別の世界から来たんじゃない?異世界転移ってやつ?」

なんて余裕ぶって返事をした。

「異世界?」

と、怪訝そうな顔をする彼。

「違った?」

「いや…。そうか、そういうことがあるのかもしれないな」

と、腕を組んで考える仕草をした。

「土地勘もお金もなくて困ってたんじゃない?」

「……。」

「……。」

彼は一瞬不機嫌そうな表情を浮かべた。

「……チッ。そうだよ。なんか文句あっかよ」

吐き捨てるように言いながら、睨みつけてくる。まるで野生の狼のよう。そう思うと、俄然興味が湧いてきてしまう。

だって、異世界転移者だなんて、古い古い文献の本にちょっぴり記録が残されてるだけで、まさか自分が会えるなんて、ほぼ奇跡よ!まるで天然記念物にでも、いやもっと希少なものに出会ってしまったのだ。このチャンスを逃す観察者がいるだか。

「文句なんてないわ。そんなに睨まないでよ、怖いじゃない」

と、不信感を与えないよう、笑顔で返す。

「そ、そうか…。一宿一飯の恩人を、怖らせるつもりはなかったんだ、すまん」

とシュンと小さく頭を下げる。

うん、ご飯はご馳走したけど、まだ宿は奢ってない。

でもまぁ悪い人じゃないんだなって、なんだかわかる。超ナンパ師だけど。

「ねぇ、これからどうするの?」

「……」

「あのさ、もし良かったらだけど……」

ウチ来ない?と言おうとしたその時


「居たわ!愛の伝道師様はアソコよ!!!」

「「「キャー!!」」」


さっき口説かれていた老若男女達が、ドドドっ!!と食堂のドアを壊さんばかりになだれ込んできた。

やんのかコラ?とばかりに身構える彼の手首を掴み、

「こっちよ!」

と私は彼を引きづるように店から逃げだしたのだった。




「はぁ、はぁ」

「ふぅ、結構走ったな。ここでいいのか?」

「そう、ここ、…はぁ、はぁ」

「そうか。しかしあんた、足遅くてビックリした。」

「ごご、ごめんなさい、重かったでしょ」

いえ、一般的な女性の脚力なんてこんなものですよ、私が特に足が遅いわけじゃないもん。

と、言い返したかったのだけど、流石に体力が無さすぎた。追手に追いつかれそうになるや、彼は私をお姫様抱っこしてここまで走って逃げてきたのだ。

「途中からしがみついてくれたから、抱きやすかったぜ」

ってニヤって笑われた。うぅ、恥ずかしい。

「そ、そろそろ…下ろして…」

「あぁ…」

と、今気がついたかのように、優しく下ろしてくれた。うん、地面に足がついてるって、安心だ。

「で、ここは?」

と、またキョロキョロする彼に

「ここは、私の自宅と研究所」

「あ?」

「乗り掛かった船だもの、面倒見るわ。あなたさえ良ければしばらくここで暮らさない?」

「……!」

あれ?思ってたのと反応違う。嫌だったのかしら。

「力仕事くらいは頼むかもだけど、衣食住ちゃんと用意するわよ?」

「……」

「嫌だった?」

下からそっと覗き込む。

「バッ!ちげぇよ!その……。こんなに親切にしてもらったの、生まれて初めてだからよ…」

彼は右手で顔を隠してくるっと後ろを向いてしまった。

「こんな、なんの下心もなしに、ただの暴れん坊の俺なんかに、あんな暖かくて上手い飯奢ってくれて…、優しく微笑んでくれて…」

ごめんなさい、下心アリアリです。研究対象として、貴重な男手として、愛を囁いて貰いたくて。

なんて言えずに私は彼の背中をそっとさすった。ビクッ!とする彼。

「いいのかよ、世話になって」

と、吐き捨てるように彼は言った。

「好きなだけ居ていいよ。もちろん、他に行く宛てができたら、好きな時に出ていっていいよ。」

と、背中をさすり続けた。大きな背中は小さく震えていた。

若く見える彼、彼の世界で、彼はどんな人生だったのだろう。きっと色々あって、良いものとは言い難い人生だったのだろう。

彼の踏みしめる大地の土がぽつりぽつりと濡れていく。それを、私は見ない振りをした。


しばらくし、落ち着いた彼がこっちを振り向き、片手を差し出してきた。

「じゃあ遠慮なく、しばらくやっかいになるぜ。

俺は豪血寺獅音。レオって呼んでくれ。」

って極上の笑顔を向けた。凄んだ顔もイケメンだったけど、笑うと眩しいくらいイケメンだった!

「私はパティ・グレイス・マクスウェルよ。パティって呼んでね。」

って、なんとか固い握手をした。男性の手に触れるのもドキドキだわ、こんちくしょう。




それから早くも1週間がたった。

私にとって、彼…もといレオが居る生活はとても楽で、充実したものだった。

朝の水汲み、薪割りもなんのその、力仕事はどんとこい。研究対象への餌やり、世話掃除もなんのその。もっと仕事ないの?って楽しそうに汗をキラキラさせながら体を動かしてる。服装もこちらのものに身を包み、初日のあのギラギラしたナンパ師っぷりはどこへ行ったのか、今はすっかり爽やかな青年だ。爽やかイケメンだ。

レオは稀少な転移者だというのに、私の中ではすっかり観察対象→鑑賞対象へとなっていた。うう、目の保養があるってありがたい。

だって、やり甲斐のある仕事、頼りになる男手、目の保養。ほらね、なんて充実した毎日……!

レオもレオで、

「あぁ、腹減った!昼飯食おーぜ!パティの研究が一段落するまで待ってたんだぜ。やっぱパティの顔見ながら飯食わないと、美味さ半減するからな。」

「パティの作るご飯最高だ。店じゃ食えない、心が暖かくなるっつーか、なんか幸せの味なんだよなぁ。」

「あんたさ、あんな軽いのにクルクルよく働くよな。俺の母親とは大違いだ」

「観察中ってさ、何考えてるの?って観察対象の事か。あんた普段ふにゃってしてるくせに、観察中ってキリッとしててカッコイイよな。…ちょっと妬けるんだけど。」

「なぁ、俺、あんたの役に立ってる?もっとなんでも言ってくれよ。俺、あんたの為に動くのメッチャ楽しいんだぜ。こんなの初めてだ。」

「あぁ、俺、毎日幸せだぁ…。パティの世界に来れてよかった。」

って、ニコニコしながら言うのよ。私もついつられてニコニコしちゃう。

「うん、私もレオがこっち来てくれて嬉しい。」

「……!そうかよ…」

って顔を真っ赤にして目をそらされた。

そう、最近目が合うとよくそらされるのよね。

結局私だけ『ブッコロス』って言われないまま、ズルズルと時間だけが過ぎていく。ちょっと焦る私にその反応はキツイわよ。まさか嫌われたのかしら…。さすがにそれは嫌だ。よし、ハッキリさせよう。

「ねぇ、最近私の事避けてない?」

「バッ!避けてなんかなっ…ちょ、近い近い!」

「目を逸らすからでしょ!こっち見なさい!」

って、両手で頬を掴んでぐぐぐっとこっちを向ける。

「〜〜〜!!!」

「こらっ!なんでそんなにめいっぱい目をつぶってるの!」

「察しろ!」

「察せられません!」

「それでも観察者かよ!!!」

「会話が通じる相手の心理は、語ってもらうほうが手っ取り早いでしょ!!」

「確かに」

「ほら、目を開けなさい!」

「くうぅー!」

と、パッと目を開けたと同時にばっちり目が合い、みるみる顔面が真っ赤っかになるレオ。

「え、熱っ!熱あるの!?」

ガクッと倒れるレオ

「バカ!!ちげぇよ!!お前本当に観察得意なのかよ!!」

と、握った拳で口元を隠して目線を逸らすレオ。

「失敬な。私はそれでおまんま食べてるのよ。」

「その研究結果、怪しいすぎる…大丈夫なのかよそれ…」

とブツブツいいながら、レオはガックリ肩を落としてお皿を片し始めた。

一体なんだと言うのだろうか。



1ヶ月が経った。季節は夏へと移り、暑い日差しにじっとりと汗をかく、日陰が愛しい季節になった。

レオと言えば、あんなに目を逸らされていたはずのに、この頃は気がつくと視線が痛いくらいに見られるようになった。寝起きの『おはよう』の挨拶は待っていたかのようにネットりと、寝室に別れる前の『おやすみ』は別れを惜しむかのように寂しげなニュアンスを含み、私は『望まれている』と勘違いしそうな熱い視線を感じている。けど、勘違いだってわかってる。

だって未だに『ブッコロス』って言われてない。

レオは町に行くと、時々絡まれて『ブッコロス』っていまだに言い放ってると聞く。そんな見ず知らずの人にあっさり愛をささやくのに、私には『ブッコロス』の『ぶ』の字すら言ってくれない。だから、彼の熱を帯びた視線も勘違いなのだ。それはよく分かってる。知ってる。

だけど、勘違いのソレは、私をその気にさせるには充分過ぎた。恋愛経験値がゼロの私には、刺激が強すぎたのだ。

「レオ…」

誰もいないラボの中で、新しい観察対象のカゴの前に座り観察を始める前のメモを取っている大切な前準備中なのに、うっかり名前を呼んでしまうくらい、私の頭はレオに占領されていた。

「呼んだ?」

いつからそこに居たのか。気配もなく私の後ろにレオが立っていた。

「! 呼んでない!」

「嘘つけ。」

笑いながら私の横に座るレオ。

「ねぇ、もっかい俺の名前、呼んで。」

と、優しく耳元で囁かれる。

「ちょっと、くすぐったい!」

こまった、顔が熱い。なんとか誤魔化しながらカゴを移動させようとカゴを持ち上げようとした。

「手伝うよ」

と、私の手にレオは手を重ねてきた。その触り方がなんだかいやらしくて、触れられた瞬間、ピクンと反応してしまい、逃げようとしたんだけど

「カゴ、落とすよ?」

と、逆にガッシリ掴まれた。

「あの、レオ……」

「うん?」

「その、近いんだけど」

「そうだね。」

「暑くない?」

「パティは冷たくて気持ちいいよ」

なんだそれ

首筋にレオの長い髪が当たってくすぐったい。

手こそカゴを支えてるものの、後ろから抱きしめられるかのようにピッタリとくっつかれて、心臓がバクバクだ

「その、私汗かいて汗臭いし」

「どれ」

って、首筋の匂いをクンクン嗅ぐなっ!

「やば、パティいい匂いにしか感じない」

「んなわけあるか!」

「マジだよ。俺、パティ食いたい」

今なら夜マックはプラス100円でパテ2倍です。

とか冗談はさておき、気がついた。

レオがナンパ師能力全開にしてきたんだ!と。

とうとう私もあの言葉を言われる時が来たのね!待ち焦がれていましたその瞬間を!サッコい!!と身構えて待つ。そう、自分でも驚くくらい体を硬直させて。

「そそそそそ、ソレッテドウイウイミデスカ」

「ぶっ!なんだよその反応」

レオはぶはっと笑いながら、とうとう私を包み込むようにしっかり抱きしめた。

「俺、今どんな顔してるかな。あんたに見られなくてよかった。」

「……?」

抱きしめられる腕に、より力が入ったのを感じた。

「パティ、俺、あなたが好きだ。愛してる。あなたが欲しい。一生傍に居させろよ」

キュンってどこかが音を出した。

「パティ…」

腕の力がそっと緩まり、お互い見つめ合う。

レオはとろけるような目をしていた。

「すきだよ。あんたは…?」

と言いながら、レオはそっと目を閉じて顔を近づけてきた。

私の答えはもちろん決まってる。

「私の求めてる言葉と違う!!!」

右手で思いっきりレオの顔を掴んで引き離し、大泣きしながら私は自分の寝室へと飛び込んだ。


どれほど泣いたのだろうか。

夜中、ドアの前で何か物音がした気がしたが、大泣きしていた私はその時は気がつくことが出来なかった。

正直、今まで恋愛事なんて興味もなかったし、自分には関係の無い事だと思っていた。

ただちょっと愛の言葉を言われてみたいなんて軽い気持ちだったのに、それが今やこの歳になって、まさかの異世界から来た若い男に1人本気で恋をしてしまっている自分がいる。

研究も観察も疎かにして、なんて情けない自分。それが情けないやら悔しいやらで、みっともなくわんわんと涙が止まらなくなってしまったのだ。

一晩泣き明かして、喉の乾きに気がついた。寝室のドアをそっと開けて周りを確認する。今、レオにあうのは気まずい。出来ればまだ会いたくない。

だけど……。2人で一緒にご飯を食べた机の上には、1枚の紙が置いてあった。

『今までありがとう』

と。

一瞬頭が真っ白になった。けどすぐに、レオが出ていってしまった事を察した。

ノリの悪いこんな私だ。非モテの私だ。捨てられて当然なのだと、最初から分かってた。


朝日が昇り、今までレオがやってくれていた水汲みや観察対象の動物たちの世話を、重い体を引きずりながらなんとかこなす。

身体がキツイというより、心がキツイ。むしろ空っぽに感じた。世話される側も『今日はレオじゃないの?』と不思議そうに私を見る。

そうか、レオの事を好きなのは、私だけじゃなかったんだ。人間よりも直感の働く動物たちの方が、レオの素直な優しさを感じていたのだろう。さすがレオだ、動物たちまでメロメロだと、レオを思い出す。自然と涙が溢れてくる。

ズルズルと座り込み、膝を抱えて必死で涙を堪えても、溢れ出てくるものは止められない。

でも、出ていってしまったものは仕方がない。きっとレオは次の相手のところに行ったに違いない。あんな素敵な男性だもの、相応しい人はもっといる。

そう自分に言い聞かせても、余計に泣けてくるから不思議だ。


それから3日ほど経ったのだろうか。いつもの食堂のおじさんが、我が家に訪ねてきた。

「パティちゃん、いるかい?」

「あ、マスター。最近ご飯食べに行ってなくてすみません。食欲なくて……」

「そんな事はいいんだよ。それよりレオが」

「レオは出ていきました!」

今1番聞きたくない名前が出て、遮るように叫んだ。

「……あんなに仲良さそうだったのに、何かあったのかい?話聞こうか?」

と、おじさんの作る料理のように優しく聞いてくれた。

「私、レオが分からなくて……私はレオの事一方的に好きになっちゃって、でもレオは…」

「一方的?」

「はい、私には愛の言葉を言ってくれなくて、それで……」

「それで、今レオはどこにいるか知ってるかい?」

「知りません。多分、私より若くて可愛い女の人か、頼りになる男のところか……」

「それは酷い勘違いだとおもうよ、パティちゃん」

おじさんは、真面目な顔をして言った。

「彼は今、診療所だよ」

「え?」

「何があったのかこの3日間、ゴロツキどもに喧嘩を売っては一方的に殴られて、ゴミ捨て場に転がってたらしい。」

「な…」

「何があったのか分からないけど、レオがヤケクソなのは痛いほど分かったよ。レオはね、パティちゃんに振られたと思ったんじゃないかな?」

「……」

本当に頭が真っ白になった。

どんな屈強な男に喧嘩を売られても、『ブッコロス』の一言でねじ伏せてきたレオが、一方的に殴られ続けた?それも3日間?

ガタガタと身体が震え出す。

「あの、それでレオは…?」

恐る恐る、震える声を絞り出す。

「まだ意識が戻ってない。とりあえず、診療所に行こう。」

と、おじさんは用意してくれていた馬車に私を乗せてくれた。


診療所のベットに寝かされたレオは、包帯でぐるぐる巻きだった。

夏のカラッとした風が、窓からそよそよと吹きカーテンを揺らした。カーテンが揺れる度に、日差しがカーテンをすり抜け、レオの端正だった顔にキラキラと当たる。そう、殴られ赤く腫れ上がり、青く痣ができ、見るからに痛そうだ。

ベットの横に椅子を動かし、レオの横に座る。

「レオ……。どうして……。」

そっと彼の手を握る。その手には全く怪我がない。

「本当にやり返さなかったんだ……。一方的に殴られてたって、なんで……」

全く理解が出来ない。

あんなに幸せそうに笑ってたレオが、たった3日でこんなにボロボロになったのも。そもそも殴られる理由すら分からない。

初めて会った時の、異世界での服もあちこちちぎれてボロボロだ。

「レオ、レオ。目を覚ましてよ。もう1回、笑いかけてよ。また、一緒にご飯食べようよ。」

あれだけ泣いたのに、まだ涙が出るから不思議だ。

「俺が目を覚ましたら、また一緒に飯食ってくれるの?」

どこからともなく、レオの声が聞こえてきた。

「うん、食べる!」

「俺が目を覚ましたら、あんたは嬉しいの?」

「うん、嬉しいよ!」

「じゃあ、俺が目を覚ましたら、また一緒に暮らしてくれる?」

「もちろんよ!」

「オレがあんたを独り占めしていい?」

「他に誰が欲しいのよ、私なんか!」

「俺の事、好きになってくれる?」

「もともと大好きよ!」

「……本当か?」

「こんな時に嘘つかないわよ!てか、心の声が多すぎよ!!!」

「……じゃあ、最後に…」

「最後に?」

「目を覚ますために、俺にキスして。」

「わかった!」

と、むーっと口を合わせようとする。

「って、バカ!!本気にするなよ、俺とっくに目が覚めてるから!!!」

と、真っ赤な顔をして慌てて起き上がるレオ。

「な!?いつから起きて???」

「……アンタが部屋に入って来た時にはもう…」

「なんだそれ〜…」

ホッとチカラが抜けてベットに倒れるようにうつ伏せた。

「そんな心配させたか、ごめん」

って、謝ってるんだか謝ってないんだか、レオはご機嫌そうに笑う。

「心配しないわけないでしょ、まったく。」

って怒ってるのに全く伝わらない。

「そか、あんたも俺の事、好きなんだな?じゃあ、もう遠慮しなくていいよな?」

と、幸せそうに、だけど真面目に私を見つめてくる。

「遠慮?」

「両想いの若い男女がひとつ屋根の下。分かるだろ?」

「わからん」

「なんでだよ」

「だって私、愛の言葉言われてない」

「好きです。パティ。」

「違う、それじゃない。」

「愛してます。」

「それでもない」

「狂おしいほどあんたを想ってる。」

「え、狂うの?」

お互い、なんだコイツって雰囲気になったが、耐えられなくなった食堂のおじさんが、コンコンとドアをノックして入って来た

「あー……。お邪魔かと思って外で待ってたんだがー……。」

「はい、邪魔です。」

「コラ、レオ!」

「そうだろね〜。おじさんもそろそろ砂糖吐きそうだから、一つだけ言わせて。レオ、この世界ではね、『ブッコロス』って言葉が最上級の愛の言葉なんだよ」

「それじゃね、パティちゃん。おじさんもう甘い空気に耐えられないから、先に帰るね。馬車も返しとくから、帰りは2人で帰れるね?」

と、それどけ言うとそそくさと出ていった。

「「……」」

無言の空気が流れた。

「は?最上級の愛の言葉…?」

「そう。それをレオは軽々と他の人に言うのに、私にだけは言ってくれなかったの。」

「いや。けどその言葉……」

「レオの国では、どんな意味なのよ?」

「そのままだけど……」

「ねぇ、言ってよ、私にも。」

自分の目が、トロンとしてるのを感じてる。自分から愛のオネダリなんて、はしたない。けど、なんかもうどうでもいいや!

「ぶ、ぶっこ……」

「……!」

「ブッコロ…」

「……」

「ブロッコリー!」

「は?!」

「言えるかよ!この世で1番大事なあんたに、そんなこと!」

「はぁ?!」

「ほら、帰ろうぜ!俺たちの家に。」

「ちょ、レオその怪我で無理しないで!」

「うるさい、こんなの唾でもつけときゃ治るんだよ!」

「治るか!」



それから、私たちはすぐに夫婦になった。今はお互いめいっぱい幸せだ。

だけど結局、彼は1度も私には言ってくれなかった。それだけはさすがに不満だけど。

「ねぇ?」

「ん?」

振り向く彼の耳元に、内緒話をするように彼を引き寄せた。

「ブッコロス♡」





お読み頂きありがとうございます。

なにか短編を書きたいな、と思った結果こんな形になりました。

2人はこの後、双子を含む男3、女2の親となり、一生を共に過ごします。レオンはパティに一目惚れだったので、生涯でパティしか目に入らないくらいパティだけを愛しましたとさ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シンプルな設定でかつストーリーもしっかりしてておもろい [気になる点] 特になし [一言] もっと注目されてもいい作品なのにまったく有名じゃないのもったいない
[良い点]  序盤の獅子音の『ぶっコ◯ス』に対する表現に始まる、日本の感覚とのギャップで生まれる違和感が読んでいてとても面白かったです。  この作品の主軸であり大きなギャグ要素を作り出している、『ぶっ…
[良い点] 短編でもしっかり起承転結があり、サラッと読める楽しいお話でした! ブッコロスから始まっていたので、最後どう落とすのかなぁと考えながら読んでいましたが、可愛い落とし方でほっこりしました(*´…
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