悪役令嬢は魔眼の少女を盗み出す
王立エルダーシス学園。
この学園には数多くの名門貴族の生まれの者が通っています。
その目的は、将来を有利に事を運ぶためです。
例えば男は有益な人材を見つけ取り入るために。
女は有望な男を見つけ地位を得るためです。
どれもくだらない勢力争いであり、それらに何の関係のない方々には退屈と散漫な気持ちだけが募る一方でした。
そんな中、生徒達は自分達の身を守るため、将来のために集団を作りました。
まったくもってくだらない話ではありませんか。
しかし私のポジションは--
「全く、よくもまあ私の前にづけづけと。恥を知りなさい」
「申し訳ございません、アンジェリー様。どうか、どうかお許しを」
「許す許さないではありません。早くそれをもって去りなさい」
「は、はい!」
私は少女を追い払いました。
彼女は確か伯爵令嬢のはずです。私にクッキーの入った箱を渡して吐きましたが、おそらく家の者に渡せて言われていたのでしょうね。
「全く。不愉快ですわ」
私は紅茶をストレートで飲み干しました。
甘くもなく、むしろ苦みの方が強く舌に残ります。
「賄賂など、毒物が行う卑劣な手法ですわ。何も持たない者が、権力を得るために行う非道な行為など、私は断固として許せません」
1人だけの部屋の中でそう呟きました。
そう私はこの学園では侯爵令嬢としての権力を振りかざす、いわば嫌われ者。
悪役令嬢という役回りをしていました。
しかしー-
「本意ではないのですがね」
大きなため息をつきました。
確かに私も立場というものがあります。
侯爵という王族にもそれなりに関わりを持つ地位であり、ましてブラック家とは名も名ではありますが、有名な政治家です。
しかし私はそのような行為に興味はなく、従者もつけないことから変わり者などと呼ばれることもありました。
「まして私が自ら侯爵の地位を得てしまうなんて……はぁー」
大きなため息がついつい零れてしまいます。
ここに通う目的も婚約者探し。などという名目で入れられたにもかかわらず、今となっては既に無視していました。
私の目的。それは--
「さて、今日の獲物はあそこですか」
夜の町。
静かな町はその名の通り静寂に包まれていました。
そこに現れたのは暗がりの中、月の光を受けて黒を奏でる怪盗の衣でした。
建物の中は厳重な警備が敷かれていました。
重たい鋼の鎧を着こんだ騎士達がわんさか群がっています。
「おやおや。思ったより少ないですね」
私は屋根の上から建物の中を覗き込みました。
騎士達が守る部屋の真ん中。
そこには四角く透明なガラスの箱に入れられた、宝石の姿があります。
「さてと……」
シュゥ
私は夜の暗がりに姿を隠しました。
「いいか。今夜必ず来るはずだ」
「しかしネンブル伯爵。これだけの警備の数です。流石に来ないのではないでしょうか?」
「馬鹿かお前は。いいか、奴は貴族専門の怪盗だ。予告状を送った相手の元には必ず現れる。どんな状況だろうと、意表を突いた方法で……なに!?」
ネンブル伯爵は部屋の真ん中を見た。
するとそこにいたのは、黒いマントに身を包んだ正体不明の怪盗。
マスカレードマスクを身に着け、その手の中には青白い宝石が握られていました。
「予告通り、青の種を頂戴させていただきますね」
「つ、捕まえろ!」
騎士達は一斉に取り囲みました。
しかしながら私はこんなことでは捕まったりしないのです。
「やれ!」
騎士達が一斉にとびかかりました。
しかし私は簡単に騎士達の間を飛び越え、窓際に辿り着きました。
「これでお終いですか?」
「な、何をしている!」
私は窓から外に出ました。
騎士達を押しのけ、ネンブル伯爵は窓の外を睨みました。
しかしそこに怪盗の姿はなく、
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ネンブル伯爵の汚い笑い声が夜の中にこだましました。
それを聞いた私は不敵な笑みを浮かべ、夜の狭間をすり抜けては、合間を駆けるのでした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
私は次の標的に予告状を突きつけるべく、その対象を吟味していました。
そこで私は、学園に通う人達の中で特段宝石などのお宝に詳しい人に話を聞いてみるのでした。
「そうですね。噂ではありますが、メラルダの瞳と言うお宝があるそうです」
「メラルダ瞳?」
「はい。シュミッタ家に眠ると言われるお宝で、エメラルド色をしたものだとは聞いています。噂では、魔力が宿っていて、心の奥底まで読み取ることができるとか」
「なるほど。ありがとうございます」
私は悪役令嬢にはそぐわない笑みを浮かべました。
しかしこの人は大丈夫です。
何故ならこの方は情報通。私のクラスメイトの、シグナ・ハルマッタン伯爵令嬢です。何故か私に興味を抱いていて、こうして仲良くさせていただいております。
「でも気をつけてくださいね。そのお宝、一般公開されたことがないらしいんです。ですから、形も何もかもわかっていないそうで」
「情報ありがとう。もう行ってくださって、いいですわよ」
「はーい。じゃあね、アンジェリー」
「ええ。シグナ」
私は紅茶を飲み干して、見送りました。
さて、怪盗として予告状を送ると致しましょう。
全く、これだからやめられませんね。
私は怪盗紳士として、お宝を貴族達から奪い去り、貧しい方々に分け与えているのですから。
「さて、早速……」
私は怪盗紳士「ツキルナ」として先に予告状を送ることにしました。
しかしその前に下見として、潜入してみます。
まずはそうですね。シュミッタ家主催のパーティーに参加してみるのです。
「これはこれはブラック侯爵令嬢。わざわざ、私のようなものの開くパーティーに参加していただきありがとうございます」
「いえ。こちらも予定にはなかったものの、突然の参加快く受け入れていただき感謝いたします」
「ぜひ、楽しんでいってください」
「そうさせていただきます。ところで、シュミッタ家にはメラルダの瞳と言う、お宝があるそうですが、本当ですか?」
「何故その話を」
「噂です。私だけではありませんわよ。他に多くの貴族の方々の耳に噂は広まっているはずです」
私はそう説明いたしましt。
すると、シュミッタ伯爵は顔色を変えるのです。
目の色を変えて、眉根を寄せます。
頬の筋肉は硬く硬直し、笑みは剥がれ落ちました。
「是非とも、一度見てみたいものです」
「申し訳ございません。大変傷物でして、とてもお見せできません」
「そうですか」
「はい。もう失礼いたしますね。最後まで楽しんでください」
そう言い残すと、そそくさと去っていった。
しかしその足取りは重く、遠く離れた場所で岸と連携をとっているようでした。
如何やらメラルダの瞳とは、大変貴重な代物のようですね。
(先ほど視線が左奥を見ていた。ということは、別館ですね)
人間とは無意識のうちに、他人の行動に左右されてしまう生き物です。
つまり私の言葉に心を乱され、その結果無意識化ではあるもののお宝の位置を確認しようとしたみたいですね。
(それにシュミッタ家が汚職をしているという噂もあります。このネタを売って、身を守るとしましょうか)
仮に私が怪盗として疑われたとして、その時の言い逃れネタを持つことは決して悪いことではありません。
シュミッタ家は他の伯爵令嬢との間で、賄賂のやり取りや浮気などをしています。
こんなこと、貴族の間ではざらですが、ネタとしては十分でしょうね。
「さて、行きましょうか」
私はパーティーに参加した痕跡を残し、替え玉としてシグナを用意すると、
「頼んだよ。シグルーン」
「はい、ツキルナ」
私はシグルーンの魔法で姿を入れ替えました。
そして堂々と騎士の1人として外に出ると、
「今宵の月も綺麗ですね」
私は怪盗紳士に変わるのでした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夜も更けるころ。
私は虚空を渡り、別館2階に来ていました。
「ここですね」
警備の騎士やシュミッタ伯爵本人はパーティー会場にいるので、私の存在を確認できませんでした。
しかも外から侵入したので、いくら予告状を送っているとはいえ、時刻は書いていないので、注意は散漫になるのでしょうか。
それに、
「まさかあんなに弱いなんて……」
あまりに警備を任された騎士達が弱くてびっくりしました。
本職であるはずにも関わらず、不意打ちをまるで警戒せず、気づいた後も剣を取り出す前に簡単に倒せたのです。
本当にざるですね。
「さて、行きましょうか」
私はシグルーンから聞かされていた窓を見つけました。
この窓が設置された部屋にお宝があるはずです。
それにしても、
「こんな普通に部屋に隠しておくなんて。不用心ですね」
そう思うのも不思議ではありませんよね。
ですが気にしても仕方ありません。
私は外側から侵入するため、窓を開けようとしましたが、
(軽い!?開いているのですか。もしや!)
ふと警戒して一度離れます。
これは何かの罠。そう思ったのですが、魔法の跡はありません。
しかし不用意に近づくわけにもいかないので、いったん態勢を立て直そうとするのですが、
「誰かおられるのですか?」
部屋の中から声が聞こえました。
可愛らしくもあり少々怯えたようでもあります。
「仕方ありませんね」
私は窓から部屋の中に侵入することにしました。
パサッ!
窓際のカーテンが揺れました。
窓枠に足をかけ、中を覗くとそこにいたのは茫然と座りつくす少女だった。
しかし少女は目を隠していて、
「そこにいるんですね」
「・・・」
「黙らなくても大丈夫です。私は何も見ていませんから」
馬鹿な。
もしかして、この子は五感が異常に研ぎ澄まされているのかしら。
洗練されているわね。
「(はぁー)こんにちはお嬢さん。私は怪盗。お宝をいただきに参上いたしました」
「怪盗?」
「はい。つきましては、この部屋にお宝が隠されているそうですが、何か知っていることはございませんか?」
私はそう尋ねました。
残念なことに、前情報がほとんどないので、致し方ありません。
「お宝。それが見つかったら、どうなるんですか?」
「そうですね。盗み出します。ここから」
「どんなものでも、ですか?」
「はい。どんなものでも、この手で盗み出して見せましょう」
私はそう答えました。
丁寧にお辞儀をしてです。
すると、
「では盗み出してください。この……」
少女は目隠しを外しました。
白い布がゆっくりと落ちます。そして私が見たものは、
「エメラルド色の瞳?」
「これがメラルダの瞳の正体です。私の目は魔眼なんです」
少女はそう答えた。
そこにあったのは大きなエメラルド色の瞳。
手にしたくて仕方がないほど、魅力的で美しい輝きがありました。
「申し遅れました。私はメラルダ・シュミッタです。シュミッタ伯爵に養子として育てられました」
「そうですか。養子?」
「はい。私の両親は既に他界しています。顔すら覚えておりません。昔あった事故で死んだとは聞かされていますが」
その言葉を聞いて、頭の中を様々な情報が電気信号のように駆け巡りました。
シュミッタ伯爵は、以前自身の量で村人の大量虐殺があった記録があります。
犯人は未だに捕まってはいませんが、おそらくシュミッタ伯爵自身が手を下したのではないかと、言われています。
もしそうだとしたらーー
「親の顔や名前、住んでいた場所などに心当たりは?」
「ありません。ただ、シュミッタ伯爵の領地にあった小さな村だとは聞かされています」
当たりでした。
これは余罪ありですね。無性に腹が立ちます。
心臓の鼓動がけたたましい音を立て、全身を熱が走っているみたいですわね。
「あの」
「なんでしょうか」
「私を盗み出していただけませんか。ここから、何処か遠くへ」
「どうしてでしょうか? 貴女はここで大切に扱われていたのでは」
嘘だ。
そんなことすぐに察しがつきました。
ドアには外側から鍵がかけられ、別館で隔離。
大衆の前にすら顔を出したことがない。完全な軟禁状態で、目が傷つかないように目隠しをつけての生活です。
既に度が過ぎていますわ。
「何でもします。雑用でも、盗みでも。とにかく私はここから出たいんです」
「何故私にそれを頼むですか。もし私が悪人でしたら、貴女を売って……」
「貴女が優しい人だからです」
「なっ!?」
何を馬鹿なことを。
私は学園ではまともなことを言って、相手を傷つける悪役令嬢としての振る舞いをーー
「魔眼ですか」
「はい。私の魔眼は相手の心の奥底に眠る、真実を見通すことができます。貴女は優しい。表面では他人を蔑ろにしているみたいですが、その裏には相手を思いやる強い気持ちが隠れています」
「占い師にでもなったら如何ですか」
「必要でしたら」
メラルダさんは笑っていました。
その柔らかい笑顔を見てしまうと、私はやるべきことがはっきりとしました。
「メラルダ・シュミッタ伯爵令嬢。その名を捨てるお覚悟はありますでしょうか?貴女をここから盗み出して見せましょう」
私は月明かりに照らされながら、深くお辞儀をしました。
まるで紳士のように。
ブロンドヘアーは黒く染まり、その顔は仮面で覆う。
そんな私でしたが、
「はい」
少女は今にも泣き出してしまいそうでした。
そこで私は少女の手を取ると、騎士達の目を盗み窓枠を掴んで、
「行きますよ」
外に出ました。
暗い暗い夜の静けさ。
それが私達のような暗がりに住む者達を隠してしまい、月明かりだけがひっそりと見守るのでした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
私はメラルダさんを夜の町に連れ出しました。
上から見る景色は、鳥だけの特権。
しかし私にも見えるのです。有象無象の人達が行き交う、美しい町の景色が。
「綺麗ですね」
「そうだね。でもこの中には、良い人もいて悪い人もいるんだよ」
それが当たり前のことです。
でも私は、それが大層気に入っているのですわ。
「私の役回りを良く思う人もいれば悪く思う人もいる。ほとんど悪く思う人達だけだね」
「そんなことないですよ!」
「それは貴女が知らないだけです」
私はメラルダさんにそう言い聞かせます。
私のやっていることは、表も裏も誰かを傷つけるもの。
それが人間らしいと言えば、とても人間らしくそしてどうしても儚い。
「私はそんな貴女が好きです」
「えっ!?」
「すみません。心、読みました」
心を読む目。
本当に恐ろしい。だけど、ついつい手元に置いておきたくなる。
シュミッタ伯爵がしていたことが何となく解ってしまう私がいて、それがどうしても嫌いで仕方ないけれど、メラルダはそこまで読んでいたのでしょうね。
「えーっと」
「ツキルナです。私は怪盗紳士、ツキルナ。狙った獲物は逃さない」
「ツキルナさん。私は外の世界を知りません」
「そっか。それも一つの手だね。こんな薄汚れた世界で、穢れを知らないなんてさ」
「ですが、それも今日限りです。この目は汚れました。でも、それはここだけは汚れていません」
メラルダはそう言って、自分の胸を指さします。
可愛いことを言いますわね。
私は自然と笑みを溢しました。
その時、
チュッ
「えっ!?」
「これが私の答えです。私は、貴女のことが好きです、ツキルナさん」
左頬にキスをされてしまいました。
私のファーストキスを奪われてしまったみたいです。
「好きって……面白い冗談ですね」
「冗談ではありませんよ。私をあの籠から解き放ってくれました。それに、言ってくれたじゃないですか。どんなものでも盗み出して見せましょうって」
如何やら私の言葉を逆手に取られてしまったみたいですね。
仕方ありませんか。
「わかりました。それで、如何したいですか?」
私はそう尋ねます。
するとメラルダはーー
まさかこんなことになるなんて。
私は昼間の学園で、ため息を吐きながらぼやいていました。
「聞きましたかアンジェリーさん」
「何をです?」
「シュミッタ家のことですよ。没落したそうです。メラルダの瞳が、瞳が! って最後に言い残してたそうですよ」
「そうですか」
紅茶を啜り飲み、私はシグナからの話を聞きました。
シュミッタ家がやったのは、決して許されることではありません。
怪盗紳士として、少しでもの手向です。
その思いでこの事件を暴いて差し上げましたが、人助けはいいものですね。
「それでメラルダの瞳は、結局如何なったんですか?」
「それでしたら……」
私はティーカップを皿に置きました。
すると、部屋の外からこんな会話が聞こえてきたした。
「貴女綺麗な瞳ね」
「ほんとですわね。あっ、その部屋は!」
ガチャ
部屋の扉が開けられます。
するとそこにいたのは、
「こんにちはブラック侯爵令嬢。私、この度学園に転入することになりました、メラルダ・グリムーンと申します。以後、お見知り置きを」
「そうですか。それより、いつまでそこに突っ立っているのですか。邪魔な置物ですこと。その瞳以外は飾りですの?」
「そこまで言わなくてもねー」
周りでは、私のことを悪く言う声が聞こえましたが、気にも留めません。
それに、
「わかりました。これからよろしくお願いします、アンジェリーさん」
「ええ、メラルダさん」
メラルダは私のそばに擦り寄りました。
それからジロっと扉の向こうに目をやると、怯えた令嬢達が扉を閉めて逃げてしまいます。
「如何言うこと?」
シグナは首を傾げました。
それから私はメラルダさんに、
「それではメラルダ。よろしくお願いしますね」
「お任せください! 私はアンジェリーさんの従者ですから!」
「従者?」
混沌とした空気が流れました。
しかし私は気にせず、ティーカップに紅茶を入れ直すと、ストレートで飲むのでした。
「今日も美味しいですね」
独り言。
私は揺蕩う虚空の中で、そんなことを思うのでした。
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