第7話 個人所得税増税問題
今回の選挙における争点のひとつに、個人所得税増税の是非が挙げられている。先に各党のスタンスを明かしておくと保守党が増税、革新党が現状維持、新興党が消費税と共に減税。名前の割に改革しない革新党と、私は同じ意見を持っている。増税せずとも国庫に余裕はあるし、私が心に秘めている議員報酬増額の野望をいつか実現させるためには、歳入を減少させるわけにもいかない。
ヴァレンシュタインには個人所得税の他に法人税、消費税、贈与税、相続税、固定資産税、酒税、観光税などがある。個人所得税はほとんどの国と同じように所得額に応じて税率が変わる累進課税制度を導入していて、保守党はその税率を引き上げようとしている。
目的は富の再分配。ヴァレンシュタインでは経済格差が分離独立時から大きな社会問題になっていて、最近ではウクライナやアフリカ大陸から新たに入国した難民たちが職に就けず、路上生活を送っている。その一方、保有する美術館などの観光収入で潤う富裕層は郊外に豪邸を建て、海外に別荘をいくつも持っている。2015年にヴァレンシュタイン家がスイスの別荘を購入したときは、経済格差の象徴だとバッシングされていた。
そこでパパたち保守党はデンマークの社会福祉制度を参考にして医療費、出産費、教育費の将来的な全額国庫負担を党の公約に掲げた。そのためには個人所得税をはじめとした税収入の増加により、財政のバランスをとる必要がある。「ヴァレンシュタインの市民権を持っている限り、あらゆる個性に関係なく誰もがヴァレンシュタイン国民として尊重されるべき」というのは、パパが今年度の予算審議で述べた言葉。
ところが革新党の大多数の議員は別の考え方をしている。経済的に豊かな人は、誰でも相応の努力をしている。だから現状の社会保障をこれ以上向上させる必要はない。それに、生まれも育ちもヴァレンシュタインの人と、そうでない人に対する国の保障は分けて考えたほうがいい。差別主義という批判もあるけれど、それでも働いて納税しているヴァレンシュタイン人の利益を守ることが最優先だと思う。
パパたちは2019年、個人所得税に先立って消費税の税率を引き上げた。私から見て、パパに最も反対意見をぶつけていたのはママだった。消費税率引き上げによって国民が受けるであろう打撃を毎晩の食卓でわかりやすく再現していた。
「俺のだけ肉が少なくないか?」
「テーブルのこっち側は今のまま、そっち側は消費税が上がった世界よ。金額は大体同じだわ」
というような会話があったことを覚えている。
それでもパパたちは社会福祉を充実させるための消費税率引き上げに踏み切り、国議会での賛成多数を得ることに成功した。決議があった日の夜、パパはこれから自分たちのせいで高くなるお酒を飲みつつ、ママのおかげだと嬉しそうに言っていた。ママはしばしば、パパに反対の立場から意見することがある。パパが言うにはママのおかげで反対派の言いたいことが事前にある程度わかって、答弁を有利に進められるらしい。
私も当選したら、議員報酬の一部を使って秘書を雇おうと考えている。これまでは私の夢を応援してくれる友人の誰かにやってもらおうと思っていた。ところが本格的に国議会議員を目指し始めて、その考え方が変わってきた。ただのイエスマンには秘書は務まらない。時には雇い主である私に反論してもらわないと、私が国議会の中で立ち回れなくなってしまう。私はパパのような、秘書と強い信頼関係のある議員を目指したい。