第5話 議員報酬適正化問題
ヴァレンシュタインの人々は、国議会議員が収入をもらいすぎだといつも批判している。私にはまったく理解できない。私が国議会議員になったら、絶対に議員報酬を下げるような真似はしないと決めている。むしろ増額させても罰は当たらないと考えている。こんなことを言ったらきっと落選するだろうから、選挙中は言わないけれど。
パパが国議会議員に初当選してから、ずっと私は「高給取りの娘」だとか「貴族国民」だとか言われてきた。この国に貴族はヴァレンシュタイン家しかいないというのに。もしもハイゼンベルクがヴァレンシュタインに見えたり聞こえたりしているのだとしたら、眼科か耳鼻科を受診したほうが……おっと、失言。
確かに、額面だけを見れば一般会社員の平均収入より大幅に高い額の報酬を国議会議員は受け取れる。ただし、法律の規定により国議会議員である間は副業を行うことができない。仮にどこかの会社の社長が国議会議員総選挙に当選した場合は、政治の公平性を保つためにその会社を辞職しなければならない。復職できるかどうかはその会社次第。たった4年の議員生活のために安定した地位を捨てる人だっているのだから、ある程度の保障はあるべきだ。
また、在職中の活動費用は政党活動金による補助を除いて、全て議員報酬または自らの財布から支出しなければならない。秘書の人件費、ポスターや広報紙の印刷代、合同議員事務所の家賃、答弁に使う資料の作成費、出張費、その他諸々。小国の議員と侮るなかれ、国政には何かとお金がかかる。パパの友人議員さんは政治資金パーティーを開いたところ、パーティー費用が集まった支援金を上回ったということもあったらしい。
それだから家庭で使えるお金など僅かしかない。贅沢な夕食を食べられるのは、パパが誰か偉い人とホテルで会合するときだけ。結婚している議員の半数がそうであるようにママがパパの秘書の1人として働いているけれど、ママの報酬はパパの報酬の一部から支払われているわけで、家に入る収入は変わらない。実際は自分や家族を犠牲にしなければ務まらない職業なのに、国民からは上流階級だと家族も含めて笑われる。
この現状はおかしい。根強く誤解が広まっているのは、総務局が国議会議員の活動を正しく広報できていないせいだと思う。議員たちは決して遊んで暮らしているわけではない。任期が終わるまで閉会することのない国議会で、時に自分以外全員を相手に弁論で戦っている。それは自分の利益のためではなく、自分を信じて投票してくれた国民の権益を守るため。だからこそテレビでタレントたちに笑われようとも、簡単に引き下がるわけにはいかない。
……やっぱり、堂々と公約に入れてみようかな。私、リリィ・ハイゼンベルクは、国議会議員の報酬適正化に反対します。理由は、これまで税金泥棒とか言われてきた割には裕福な思いをしたわけでもないからです。違うな。国議会議員は皆さんが思っている以上にお金がかかるからです。事実だけど響かないだろうな。綺麗事に聞こえても、国議会議員は皆さんのために働いているからですって言うほうがいいかな。
ちょっとネットで調べたら、シンガポールの議員はヴァレンシュタインの議員よりはるかに高額な報酬を得ているみたい。ちょっとでも「いいなぁ」と思ってしまって自己嫌悪。政治の質を維持するため、か。その表現はわかりやすい。政治の質を維持するために議員報酬は減額しません。よし、これはマニフェストに盛り込もう。